インミシべルな玩具〜暗殺者として育てられた俺が普通の高校生に〜

涼月 風

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第23話 心のトゲ

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白来館女学院の高等部1年Sクラスでは、ウエノ美術館にジャン=フランソワ・ミレーの絵画が展示される事を受けて従来の校外学習を急遽変更してミレーの観賞会となった。

今日から展示が始まるらしく女学院の生徒達が行くのは明後日となる。
警備関係の調整で、初日には間に合わなかったようだ。

「楽しみですわね。ミレーの『オフィーリア』を見るのはロンドンのテート・ブリテン美術館で見た以来ですわ」

お淑やかにそう話す黄嶋家きじまの令嬢、黄嶋琴音きじまことねは、お付きの前沢園恵まえさわそのえに嬉しそうに話している。

黄嶋家は、芸術面でも特に絵画に惹かれており、黄嶋美術館を持っているほど絵画に目がない一族だ。

「そうですね。お嬢様がテート・ブリテン美術館を訪れた時、帰りたくないと我が儘を言われたのは記憶に残っております」

「園恵、その事は言わない約束でしょう。全く、園恵は、いつのその事を言って私を辱めるのですから、嫌いになりますよ」

前沢園恵は、いつものことのように笑みを浮かべて話す。

「琴音お嬢様、私が居なくなったらお困りになるのは琴音お嬢様ですよ。例えば……」

「わ、わかったわ。好きにしなさい」

小さい頃から一緒にいるこの2人には、隠し事はできないようだ。

そんなSクラスの中で最後部の席に座っているのは白鴎院百合子だった。
百合子はクラスのそんな風景を見て微笑ましく思っていた。

「皆さん、お付きの方とは仲良しですわね」

「そうですね、お嬢様」

百合子の問いに答えたのは遊佐和真里。
百合子のお付きの女性だ。

「百合子様はミレーの『オフィーリア』は、初めてですよね」

「ええ、パリで「落穂拾い」は見た事があります。『オフィーリア』は写真でしか見た事がないですよ」

「これは楽しみですね」

「ええ、日本で見られるのですから今から楽しみです。それと黄嶋家が所有していらっしゃるモネの作品もいつか拝見してみたいです」

百合子がそう話しているのが聞こえたのか、黄嶋琴音が百合子の前に立ちゆっくりと頭を下げた。

「百合子様、ご機嫌麗しゅうございます。私のような者が白鴎院百合子様にお声がけするのは失礼と存じましたが、当家所有のモネの作品について見てみたいとおっしゃられておりましたので、失礼を存じてお誘いに参りました」

「まあ、琴音様、そんな堅苦しい物言いされなくて大丈夫ですわ。確かに機会があればモネの作品を見てみたいですわ。お誘いを受けてもよろしくて?」

「はい、今日は記念となる日となりましたわ。百合子様とお話ができた日ですし、ミレーを見られると知った日でもあります。私、今日という日を一生忘れませんわ」

「私こそ、琴音様とお話できて嬉しいですわ。できましたらミレーの作品もご一緒に拝見したいと思ってます」

「まあ、更に良い事がありました。私の幸運は今日という日に全部使ってしまったようです。こちらこそ、ご一緒させてくださいませ」

名家同士の令嬢は、些細な事で家との対立が起こる可能性を秘めているので、基本的には同じクラスの生徒でも話す相手はお付きの者だけだった。

琴音が思い切って百合子に話しかけた事は、他の名家にとって驚きのことでもあったが、百合子はどこか嬉しそうだった。






クレープ屋さんの横にあるテラスで俺達はまさかの再会を果たした。

「あの~~東藤先輩、下の名前は和輝と言うのですよね。どのような漢字なんですか?」

沙希に質問され、慌てる俺。
ニタニタと笑みを浮かべるメイ。

「え~~と、昭和の和にかがやくという漢字で和輝だ」

『同じだ……』

沙希は小さな声で呟いたが、俺にはしっかりと聞こえている。
これ以上、情報を与えたらいけない気がする。

「メイ、そろそろ行こうか」

俺は立ち上がってメイを促す。
しかし、メイは座ったままだ。

「まだ、いいネ。もう少しみんなと話したいネ。仲良くなる秘訣は会話なのヨ」

こいつ、後で覚えてろ……

「その、東藤先輩は帰国子女なんですよね。どこの国から来られたのですか?」

どこの国と言われても世界中のあちこちに居たから返答のしようがない。

「それはネ。私とグーグは世界中を渡り歩いてたネ。一か所に定住する事は殆ど無かったヨ。特に長かったのは合衆国ネ。免許をとる為、3ヶ月は居たよ」

「東藤君って凄いんだネ。それってお父さんの仕事か何か?」

鴨志田さんは悪気もなくそう聞く。

「違うネ。私とグーグは親はいないネ。保護してくれた女性と仕事をしてたネ」

「メイ、それ以上は……」

俺はメイだけに殺気を当てた。
既に多くの情報を沙希に渡してしまっている。
勘の良い子ならおかしいと気づくはずだ。

「お~~怖い、わかったヨ。もう何も言わないネ」

「メイ、もう行くぞ。鴨志田さんノートありがとう。それから皆さん、また」

俺はメイを動きづらい手で捕まえてその場を去る。
店から離れた場所で俺はメイと話した。

「メイ、どういうつもりだ?」

「グーグ、何を怒ってる。全部本当の事ネ」

「だから、なぜ沙希に……」

「今の言葉で予想が確信に変わったネ。神宮司沙希、一応同姓同名の可能性も考慮したけどあの沙希はグーグの実の妹の沙希なのネ」

「ああ、そうだ。会うつもりも会話する予定も無かった。ただ、遠くから見守るだけで良かった」

「良くないよ。実の妹が目の前にいるネ、なのにどうして名乗りを上げない。メイは会いたくてもそれができない。グーグはバカだ。世界中どこ探してもいないほどのバカなのネ」

メイは怒りながら涙を流していた。
メイの環境もわかってた。
だから、沙希に会う事はメイを悲しませる事に比例する。

でも、そんな考えは建前だ。
怖いんだ。
ただ、怖い……

「メイ、俺は怖いんだよ……」

「うん、それはわかるネ。メイも同じだから……」

裏の世界で人を殺し続けた俺とメイ。
光り輝く表の世界は眩しくて息が詰まりそうだ。

この世界で生きる事は俺とメイにとって苦痛でしかない。
何気ない日常が胸を抉る。
無邪気な生徒の会話は刃物のように俺達を斬り裂く。

逃げて闇の世界で密かに生きる事がどんなに楽な事か。
そういう風にしか、生きてこれなかったのだから……

俺はメイを胸に抑え落ち着くのを待っている事しか出来なかった。





和輝とメイが帰って行ったクレープ屋さんの横のテラスでは、尋常じゃない様子だった和輝の事で話し合っていた。

「なんかおかしかったよね。東藤先輩」

瑠美は突撃型のタイプだが、空気が読めないわけではない。
寧ろ、みんなの空気を読んで行動しているところがある。
それは、カズキの事を知りたかった沙希の為でもあった。

「鴨志田先輩、東藤先輩ってどんな人なんですか?」

沙希は胸に刺さったトゲが取れない、モヤモヤした気持ちを感じていた。
確信などは全く無い。
生きている可能性の方が低いのだ。
父はもう諦めている。
母は心労がたたって入退院を繰り返しており、近年は、ずっと自分の病院に入院している。

「東藤君は、私も良くは知らないんだぁ。同じ美化委員なんだけど無口であまり喋らないの。だけど仕事は真面目に一生懸命するんだよ」

「仲の良い友達とか知りませんか?」

「クラスで話した事のあるのは多分、私だけだよ。いつも1人で本を読んでいるの」

「沙希、なんでそんなに東藤先輩の事を知りたいの?私はてっきり助けてもらったから好意を持ってるのかな、って思ったけど、そんな感じとちょっと違うよね」

沙希は、自分で納得させるかのように小さく頷いて話し始めた。

「電車の中で助けてもらった時から感じてるの。名前は今日初めて知ったけど、とても暖かくて居心地がいいのよ」

「それって好きなんじゃ……」

「瑠美、ちょっと違うの。うまく言葉にできないんだけど、ふう~~、お兄ちゃんに似てるの!」

「それって行方不明になったお兄さんってこと?」

「12年前、ベトナムのホーチミン市のプーミー港湾地区に停泊中だった豪華客船シー・サマー号がテロリスト集団に襲われた事件があったの。私の祖父母と兄が乗ってたわ。私とお母さんも行く予定だったんだけど出発前に風邪を拗らせてしまったのよ。結局、お母さんと私は日本に残ったわ。でも、それが、あの事件に遭ってしまって……」

沙希は涙ぐんでいた。
今まで誰にも言えなかった事だ。
心の奥底から記憶と感情が押し寄せてくる。

「沙希、辛いのなら話さなくていいから」

「そうよ。沙希ちゃん」

「いいえ、聞いて下さい。お願いします………」

沙希は大きく深呼吸をして心を落ち着かせた。

「それで、ホーチミン市のプーミーで停泊中の豪華客船に押し入ったテロ組織『血塗られた鷹ブラッディー・ホークは、客船に乗泊していた乗客の約半数を殺し、そこにいた子供達6名を拉致したのよ」

「「えっ!」」

「その話は聞いた事があるわ。でも拉致されたなんて事実はなかったはずよ」

「その船にたまたま乗っていた白鴎院家の御子息が一緒に拉致されたから情報規制がかかったの。いまだ生死もわからない状態なのよ……」

「そんな……」

「お兄ちゃんはその船に乗っていてテロ組織に拉致された。お祖父ちゃんもお祖母さんも銃撃されて殺された。生き残った人の証言からお兄ちゃんが拉致されたとわかったの。そのお兄ちゃんの名前が和輝。昭和の和にかがやくと書いて和輝なの。あのお兄ちゃんみたいって思ってた東藤さんと同じ名前なのよ」

「「…………」」

あまりにも衝撃な告白で瑠美も鴨志田結衣も言葉にならなかった。
さっきの沙希を前にした東藤和輝の違和感が『スーー』っと嵌まっていく様子をみんなが感じていた。

「東藤君って不思議な男の子なんだ。どこか影があってみんなとわざと距離を置いてる。まるで仲良くなっちゃいけないって心で縛ってる感じなんだ。だから、沙希ちゃんの話を聞いて、もしかしたらそうかもって考えてしまう。でも、東藤君がそうだとしても自分からは絶対言わない気がする」

「沙希、さっきみんなと連絡先を交換したよね。あのメイって子なら話してくれるかもよ。それに東藤先輩が電車の中で泣いた話し、それと今日の様子からすると東藤さんが沙希のお兄さんなら東藤さんは先の事妹だって気付いてるって事でしょう。もし、違うなら残念だけど諦めるしかないと思う。でも、少しでも可能性があるのなら、沙希が失った12年間を取り戻して……」

「鴨志田先輩、瑠美……」

「そうだね、私、お兄ちゃんが居なかった12年間を取り戻したい!」

「うん、協力するわ」
「私もね」

先が見えない状態で動こうとする神宮司沙希。

(親友と先輩が背中を押してくれたから動き出せるよ。お兄ちゃん、待っててね……)

沙希は心の中で刺さったトゲがゆっくり溶け出していくのを感じていた。


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