閃光少女 荒野のヴァルチャー

天涯クゼイ

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第1話 閃撃

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『ブラボー2よりHQ、敵主力戦車2輌確認、対戦車班要請!』

『HQ了解、タイタン3を回す。到着予想時間90秒、粘れ!』

『アルファ1、ジャミング発生! 敵味方識別機能ダウン! 撃つ前に識別確認を徹底しろ!』

『こちらフォックス4! フレンドリーファイア発生! くそっ、IFFが死んでるんだ!』

『チャーリー3、負傷者2名、医療搬送要請!』

『こちらメディック1、接近中だが敵狙撃主の射線あり! 抑えろ、誰か奴を落とせ!』

 

 前線に近づくにつれ、無線の頻度が増していく。

 耳の奥で、絶え間なく声が交錯する。

 

『こちらブラボー3! 東側から敵装甲車接近! 対戦車支援を要請する!』

『了解、ブラボー3! だがこっちも手一杯だ、持ちこたえろ!』

『くそっ……誰か……うわあああああっ!!』

 短い悲鳴の後、無線が途切れる。

 カイは眉一つ動かさず、煙草をくわえ直した。

 

――エンジン音と硝煙の匂い、それが俺の朝だ。

 地平線の向こう、砂塵を割って昇る陽は鈍い色をしている。昨日も戦争、今日も戦争。だがそれが俺たち傭兵の「日常」だ。

 ハンドルを片手で操りながら、煙草に火をつける。

 口に含んだ煙が肺に重く沈んでいくのを感じると、かえって落ち着く。

 

敵陣まで残り2キロ。カイは愛機《ヴァルチャー》のハンドルを握り、アクセルを踏み込んだ。

 2人乗りの小型戦闘車両――低いシルエットと獣のようなエンジン音は、まるで戦場の猛禽の名にふさわしい。

運転席と助手席のみの2シーター。狭い車内は無駄な装備が一切なく、計器類と通信機器がむき出しで配置されている。

後部座席は存在せず、弾薬と非常用補給品が積まれているだけ。

低いシルエットと傾斜した装甲。小型ながら防弾性のある合金プレートで覆われ、重量は軽め。前方には衝突防止の強化バンパーと簡易ラミネートシールド。

最高速度240km/h超。ターボブースト機能を備えており、短時間なら戦車砲をかいくぐる加速が可能。

排気音は獣の咆哮のようで、敵陣に突っ込むときはまるで死神が迫るかのような威圧感を与える。

固定武装はなし。車両そのものは純粋に“運搬と機動”に徹しており、射撃はもっぱら助手席の狙撃手が行う。

カイはあえて車体に重火器を載せない。「スピードと機動こそ最強の防御」が持論だ。



タイヤが砂を巻き上げ、車体が大きく跳ねた。

荒れ果てた道を、カイは片手でハンドルを操り、もう片方の手で煙草に火をつける。

助手席では、レナがスコープを覗き込み、素早く調整ノブを回していた。

 結んだ髪は砂塵でざらつき、汗で額に張り付いた前髪が少し乱れている。

 戦場に似つかわしくないほど整った目鼻立ちだが、薄く焼けた肌や唇の乾きが、過酷な環境を物語っていた。

 動きは精密で無駄がなく、指先はスコープを触れるたびに迷いなく動く。だが、ふとした瞬間に眉間がわずかに寄り、焦りの色が滲む。

「……おい、前方、地雷原!」

「知ってるよ」

 カイは口から煙を吐き出しながらニヤリと笑う。

「心配すんな。地雷の癖は見りゃわかる」


 次の瞬間、彼はさらにアクセルを踏み込み、左右に蛇行するように車を走らせた。

「ちょっと、大丈夫なの!?」

「黙って見てろー!」

 

地雷の埋設パターンを読むのは経験だ。微妙に膨らんだ土、色の違う砂、わずかな金属反応。長年の勘が、彼のステアリングを導いていく。

 

回転する車両を操りながらカイはフロントガラス越しに迫る敵兵を見据えた。十数人、機関銃を構えた兵士がバリケードを張っている。

 

「任せなさい」

 レナが窓から身を乗り出した。

 彼女が担いでいるのは、通常の狙撃銃ではない。片手では到底扱えない大型の荷電粒子砲――肩に固定した瞬間、高い金切り音が周囲に響き渡る。

「おい待て、撃つならスピード落とすぞ...」

「このまま進んで!」

 轟音が響いた。青白い光線が放たれ、敵のバリケードが一瞬で吹き飛ぶ。爆発の衝撃波が砂煙を巻き上げ、視界が真っ白になる。


爆発の衝撃波がヴァルチャーに直撃し、車体が大きく跳ねた。

「ぐっ……!」

 カイはステアリングを必死に押さえ込み、タイヤが砂地を滑る音に歯を食いしばる。

 砂煙が視界を覆い、爆風の熱が車内に流れ込んでくる。

その中で、レナはさらに身を乗り出し、砂煙の奥に見えた敵の影へ砲口を向けた。

「もう一発……!」

 高音が再び響き、粒子砲が閃光を放つ。

 青白い光が敵のタレットを直撃し、炎と破片が荒野に散った。
 二度目の衝撃に合わせてカイがハンドルを切った瞬間、レナはボンネットに飛び移った。

「はあ!? 何やって――!」

 粒子砲を抱え、片膝立ちでボンネットに座る彼女。その短いスカートがはためき、戦場の中で場違いな光景が広がる。

タイヤが石に乗り上げ車体が大きく跳ね上がった。

「ッッ、ちょっと!どうしたの!」
「――前が見えねぇっての!」

 レナは構わず砲を構え、次々と撃ち抜いていく。装甲車のタレット、迫りくる敵兵、果ては空を舞う無人機までも、青白い閃光が一撃で葬っていく。

 カイは煙草を咥えたまま笑い、ステアリングを切る。地雷の誘爆が連鎖し、左右で土煙が花火のように咲き乱れる。

「いい腕だな……!」
「そっちこそ、よくこの速度で走れるわね!」

 互いに叫び合いながら、しかし息は完璧に合っていた。カイが突っ込む先をレナが掃除し、レナの視界をカイが確保する。まるで昔から組んでいたかのような噛み合いだ。

「……楽しいな!」

 カイが笑い、アクセルをさらに踏み込む。

「同感!」

 レナは笑い返し、再び引き金を引いた。

 閃光が再び戦場を裂く。

----------------------------------------------------------

最後の敵兵が倒れ、辺りに静寂が訪れた。

 カイはハンドルを切り、車を廃墟の陰に滑り込ませると、ようやくブレーキを踏んだ。

「……ふぅ……」

 煙草の灰を指で弾き、窓を開けて外に捨てる。心臓がまだ速く打っているのに、不思議と手は震えていなかった。

 ボンネットの上から、レナが軽やかに降りてくる。粒子砲を背中に掛け、砂を払う仕草もどこか優雅だ。

「……お疲れ」

「お前のほうこそ。あんな撃ち方、初めて見たぞ」

 カイは苦笑しながら煙を吐いた。

「荷電粒子砲なんて、据え置きで撃つもんだと思ってたが……」

「据え置きなんて悠長な真似、実戦じゃしてられないでしょ?」

 レナが片眉を上げて笑う。

「それに、あんたがあんなスピードで地雷原抜けるなんて思わなかった。普通なら車ごと吹っ飛んでるわよ」

「……まあ、慣れだ」

 そう答えつつも、内心では驚いていた。今までの狙撃主は慎重すぎて足を引っ張る奴ばかりだったが、この女は違う。動きながら、撃ちながら、確実に仕留めていく。

「……悪くない」

 レナがぽつりと呟く。

「即席コンビにしちゃ、呼吸は合ってたと思う」

 二人の視線が交わる。ほんの一瞬だが、戦場では滅多にない静かな間だった。

 

「俺もそう思うぜ。……ま、パンチラはおまけだがな」

 カイが口角を上げると、レナは一瞬固まり、頬を赤く染めて粒子砲のストラップを握り締めた。

「……今度言ったら撃つわよ」

「冗談だ、冗談」

 カイは笑いながらシートを倒し、煙草の火を消した。

 外はまだ煙が立ち込めている。遠くで爆撃音が響き、戦争が終わっていないことを思い出させる。

 それでも、今だけは妙に心が落ち着いていた。

 

---------------------------------------------------------

 



基地に戻ると、カイは真っ先に精算カウンターに向かった。

 無機質なカウンターに端末を置き、支払い処理を開始する。

「……よし、出るぞ」

 カイが操作すると、端末のプリンターが唸りを上げ、長いレシートがずるずると吐き出されていく。討伐数、破壊目標、運搬実績……細かい数字がびっしりと並んだ明細は、今日の地獄をそのまま紙にしたような重みがあった。

「相変わらず、これ長いのね……」

 レナが呆れ気味に笑う。

「まあ、今日の分は特に派手だったからな」

 カイはレシートをくしゃくしゃにしてポケットに押し込みながら、軽く肩をすくめた。

 振り返ると、レナが荷電粒子砲をカバーに仕舞い終え、ゆっくりとこちらに歩いてくる。その顔には戦闘の緊張はもうなく、淡い疲労と、少しだけの達成感が混じっていた。

「今日はありがと。あんたがいなきゃ、地雷原で足止め食らってた」

「お互い様だ。お前の腕前がなきゃ、途中で吹き飛んでただろうな」

 二人は自然と笑い合った。

「……またいつか組もう」

 レナがそう言った。軽い調子ではあったが、その声には本心が滲んでいる。

「そうだな」

 カイは一拍置いて、少しだけ真剣な表情になる。

「だが、その前に……腹減った。飯でも行かないか?」

 レナは目を瞬かせた。

「いきなりね」

「戦場の後は腹が減るんだよ。奢るから付き合え」

「……ふふ、わかった」

 

夜。基地近くの無骨なダイナー。

 油とスパイスの匂いが染みついた店内は、戦場帰りの兵士と傭兵たちで賑わっている。

 皿のぶつかる音、誰かの笑い声、遠くで流れる古びたジュークボックスのブルース。

 その喧騒の中で、カイはカウンターに腰を下ろし、ビールを片手に横に座るレナを見ていた。

 戦闘中は鋭い目をしていた彼女が、今は肩の力を抜き、ハンバーガーを頬張っている。そのギャップに、カイは妙な違和感を覚えた。

戦闘中のレナは、鋭い眼光で粒子砲を撃ち抜く無敵の狙撃手だった。だが今、目の前にいるのは、照明に柔らかく照らされた頬と、少し整え損ねた前髪が額にかかる若い女。

 頬をふくらませてハンバーガーにかぶりつくその仕草が、妙に幼く見える。

 さっきまで硝煙の中で粒子砲を撃ちまくっていた女とは思えない。

 この場所で見るレナの横顔は、戦場のそれとは別人のようだった。

 ――こんな顔もするんだな。

 カイは思わず視線を逸らし、ビールを一口飲む。喉を通る冷たい液体が、火照った身体をわずかに冷やす。

「……そういやさ」

 何気ないふりをして口を開く。

「お前の相棒……元のやつ、どんな奴なんだ?」

 レナは一瞬だけ手を止め、指に持ったフライドポテトを弄びながら視線を少し逸らした。

「……どんなって、そうね……」

 言葉を探す間、短い沈黙が落ちる。

 やがて、レナは少し笑って答えた。

「まあ、あんたとは真逆」

「真逆?」

「冷静沈着。私が突っ走るタイプだから、よくブレーキ役になってくれた」

 カイは苦笑した。

「……ブレーキ役か。そりゃ俺には無理だな」

「そうね。あんたみたいな運転手なら、余計に加速するだけだもんね」

 冗談めかした会話に二人の間だけ小さな笑いが生まれたが、次の一言で空気が変わる。

「……彼氏だしね」

 その一言が、重く胸に沈んだ。

 店内の喧騒が遠ざかるように感じた。

 顔には出さない。出したら終わりだ。

 カイは笑みを貼り付けたままビールを飲み干し、喉の渇きを誤魔化す。

「……そうか」

 無理に声を絞り出した。

「そりゃ、そいつもお前を放っとけないわけだ」

「ふふ、そうね」

 レナは穏やかに微笑む。その笑顔が、やけに遠く感じられた。

 カイは視線をグラスに落とし、指でその縁をなぞる。

 戦場よりも静かなこの空間なのに、胸の奥だけがざわついている。

 言葉にできない感情が渦を巻き、喉に詰まったような息苦しさだけが残る。

「……次の任務はいつ入る?」

 カイは話題を切り替えるように呟いた。

「今回の紛争は停戦合意が結ばれそうだから、、また別のエリアで通知があれば行くと思う。……あんたも?」

「同じだな」

 二人の視線が一瞬交わり、すぐに外れた。

 レナは気づいていない。いや、気づいていても、あえて触れないのかもしれない。

 ジュークボックスから、古びたブルースが流れ続ける。

 ビールの泡が消えていくのを眺めながら、カイは黙ってグラスを回した。

 

 

 

 荒野を駆け抜けるヴァルチャーのエンジンが、低く獣のように唸りを上げる。

 カイは片手でステアリングを握り、もう片方の手で煙草を咥えた。砂混じりの乾いた風が開け放った窓から吹き込み、肺に煙を流し込むと、不思議と落ち着く。

 数週間前――

 レナと組んだ任務が終わり、命を拾った後も、カイの生活は何も変わらなかった。

 銃声が響く場所に行っては、金を稼ぎ、帰ってきては酒をあおる。

 ケセラセラ――なるようにしかならない。そんな生き方が、もう染みついていた。

 レナの粒子砲が閃光を走らせた光景は、まだ頭のどこかに残っている。だがそれも、戦場でよくある記憶のひとつに過ぎない。傭兵にとって、昨日一緒にいた奴が明日も生きてる保証なんざない。

「……まあ、生きてりゃいいだろ」

 そう呟いて、カイは煙を吐き出した。

 助手席では、復帰したばかりのボリスが腹を揺らしながらシートベルトを締め直していた。

「おい、糖尿明けの俺にゃ荒地走行はきついっての」

「痩せりゃいいんだよ」

 カイは鼻で笑い、荒れた地面にタイヤを食い込ませる。

「久々に乗ったが、このヴァルチャー……やっぱ乗り心地最悪だな」

「快適な車なら戦場じゃ生き残れねぇ」

 そんな他愛もない会話をしていたとき、無線機から砂嵐混じりの声が飛び込んできた。

『――……こちらハウンド1レナ! 援護を……!!』

 カイは一瞬だけ目を細め、煙草を灰皿に押し付けた。

「……レナ?」

『目標に待ち伏せをされた!敵に囲まれてる!目標は敗走、座標送信した、急いで!』

 通信の背後で銃撃音と爆発音が混ざる。

 ボリスが怪訝な表情でカイを見た。

「おい、レナって……あの粒子砲の女か?お前、前に組んだんだろ」

「ああ」

 カイは短く答え、受信した座標を確認すると即座に進路を切り替えた。

「おい、やめとけよ!」

 ボリスが眉をひそめる。

「俺たちの任務は別方向だ! 勝手に離れたら契約違反だぞ!」

「クソ食らえだ!」

 カイはアクセルを踏み込み、車体が唸りを上げる。

「おい! 本気かよ!?」

「命預けた仲だ。放っとけるわけねぇだろ」

 地図を確認すると、レナたちの戦闘地点はすぐ北東。だがそこは敵の前線に近く、地形も悪い。無謀だった。

 それでも、足は止まらない。

 カイはアクセルを踏み込み、ヴァルチャーが荒野を切り裂く。

 遠方に黒煙が上がり、銃声が微かに届く距離まで迫る。

「……待ってろよ、レナ」

 カイは低く呟き、ギアを一段落とした。

 

 現場に到着した瞬間、カイは息を呑んだ。

 瓦礫と炎の中、横転した車両の陰でレナが荷電粒子砲を構え、必死に敵を薙ぎ倒している。

 その傍らには、血だらけの男――彼女の本来の相棒が倒れ込んでいた。

 レナは傷ついた身体で彼を庇いながら撃ち続けている。

「レナっ!」

 カイが叫ぶと同時に、ボリスが怒鳴る。

「無茶だぞ、あんなのっ!」

ヴァルチャーが急停止。

「ボリス、後方援護頼む!ここで降ろす」

「はっッ!?……チッ、早く行け!」

 ボリスが重機関銃を抱え高台に身を潜めた。カイはアクセルを踏み直して敵陣を切り裂くように突っ込む。

 突如として現れた高速車両の突進に敵が怯んだその隙に、レナが敵兵を次々に撃ち抜いていく。

「カイ……来てくれたのね……!」

「遅れて悪かった!」

 しかし、その声の後ろで、彼女の相棒が弱々しく呻いた。

 血の気の引いた顔。明らかに致命傷。

「……ダメ、持たない……」

 レナが必死に肩を支える。

「喋らないで……お願い……」

 彼女の声が震えていた。戦場で決して見せない声だ。

その瞬間、彼女の背後の粉塵から敵車両が現れ機銃の銃口を彼女に合わせた。

 

「危ねぇッ!」

 カイが叫ぶより早く、鋭い銃声が響いた。

 敵兵が頭を撃ち抜かれ、砂の上に崩れ落ちる。

 ボリスがライフルを持ち替え、煙を上げる銃口をニヤリと見下ろした。

「ふぅ……俺だって、たまにはいい仕事するだろ?」

 レナは一瞬驚いた表情を見せ、すぐに粒子砲を構え直した。

「助かったわ……! でも、まだ終わってない!」

 



 敵を殲滅し終えた時、戦場は一気に静まり返った。

 カイがヴァルチャーから降りて駆け寄ると、レナが膝をつき、血まみれの男の顔を覗き込んでいた。

「……大丈夫だ、すぐ医療班を――」

「カイ……もう……遅い……」

 レナが振り向く。その瞳に涙が浮かんでいる。

 男が微かに笑った。

「……守れたな……お前を……」

「やめて……!怪我が治ってなかったのに嘘ついて、無茶して!」

 レナの叫びは、戦場のどこまでも響き渡るかのようだった。

 カイは何も言えなかった。ただ、二人を見つめるしかなかった。

 次の瞬間、男の手が力なく落ち、息が止まった。

「ルーカス――ッ!」

 レナがその胸に顔を埋め、声にならない嗚咽を漏らす。

 カイは拳を握りしめ、奥歯を噛んだ。

 胸の奥で、言葉にならない感情が渦巻く。

 嫉妬か、悔しさか、それともただの無力感か――自分でもわからなかった。

 

 

煙の残る空の下で、レナは瓦礫に腰を下ろし、ドッグタグを見つめていた。

 血に濡れた指先がわずかに震えるが、顔には感情がなかった。

「……なぁ、レナ」

 カイが隣に立ち、煙草をくわえたまま問いかける。

「復讐する気はあるか?」

 レナはゆっくり顔を上げた。その目は虚ろで、どこか焦点が合っていない。

「……もう、どうでもいい……何もかも……」

 カイは煙を吐き出し、苦笑した。

「そうかもな。確かに、復讐しても何も変わらねぇ。死んだ奴は戻らない」

 レナはうつむいたまま沈黙する。

「……けどよ」

 カイは肩をすくめて、煙草を指先で弾く。

「すっきりはするんじゃないか?」

 一瞬。

 レナの口元が、かすかに緩んだ。

「……ふふっ……なにそれ……」

 不覚にも、レナは笑ってしまった。自分でも驚いたように口元を押さえ、涙交じりの笑みを浮かべる。

「戦場でそんな軽口、よく言えるわね……」

「俺はいつだって本気だぜ」

 カイはにやりと笑い、立ち上がる。

「行くぞ。敵の位置は割れてる」

 

 

ヴァルチャーがエンジンを唸らせ戦場を疾走している。

 運転席にカイ、助手席にレナ。そして――

 

数分前

「おいカイ! 本当にこのまま走るのか!?」

 車体の上部にしがみついたボリスが怒鳴る。

「悪いな、デブ! 車内は満席だ!」

「お前ら頭おかしいだろ! 俺を盾にすんなよ!?」

 カイはアクセルを踏み込む。

「落ちんなよ!最大速で突っ込む!」

「ふざけんなぁぁぁぁぁ!」

 ヴァルチャーはタイヤを空転させた後、敵地へ弾丸のように突入した。

 レナは荷電粒子砲を肩に構え、窓から身を乗り出した。

「……じゃあカイ、やるわよ」

「おう、俺がフォローする!ガンガン撃て!」

 レナが短く笑い、引き金を引く。

 その笑みには、ほんの少しだけ生気が戻っていた。

 青白い光が闇を裂き、敵陣の監視塔が次々に吹き飛ぶ。

 ボリスが上で必死にしがみつきながら叫んだ。

「こんなの、絶対まともじゃねぇぇぇぇ!」

 

 敵陣の奥――砂塵を割るように、巨大な影が現れた。

 ヴァルチャーの数倍はある鋼鉄の車体。分厚い装甲に覆われた重戦車が、地面を揺らしながらこちらに迫ってくる。

 ハッチから顔を出すのは、片腕が重機関銃に置き換えられた巨漢。漆黒の義手が鈍く光り、その口元には歪んだ笑みが浮かんでいた。

「……あいつよ」

 助手席で粒子砲を握りしめるレナの声が震えた。

「あの義手の男……! 彼は、あいつにやられて……あいつはすぐに撤退した……」

 カイは煙草を咥えながら低く頷く。

 無線スピーカーから、くぐもった声が響く。

「狙撃手の女。……運転手をやった時点で、お前なんざ羽のもがれた鳥のようなものだと思っていたが……なぜまだ生きている?」

 男はあざ笑うように低く嗤う。

「……黙れ」

 レナが粒子砲を構えるが、その瞳には怒りが燃えていた。

 カイがギアを落とし、ヴァルチャーのエンジンが唸りを増す。

「デカブツ相手にやるには十分だな」

「……おいカイ、あれは……」

 屋根にしがみつくボリスが、声を震わせて即席で解説を始めた。

「あれは《グラディウス級》だ。対地殲滅用の重戦車……」

「聞いたことねぇな」

 カイが短く言う。

「そりゃそうだ、前線でこいつ見た奴はだいたい死んでるからな!」

 

 グラディウス級重戦車の主砲が、雷鳴のような轟音を上げた。

 次の瞬間、荒野の地面が抉れ、土煙が吹き上がる。

「うおっ、今の一発で俺ら蒸発するぞ!」

 ボリスが屋根の上で叫ぶ。

「なら当たらなきゃいい!」

 カイが低く唸り、ヴァルチャーを横滑りさせる。地面すれすれでタイヤが跳ね、砂が壁のように舞い上がった。

 敵ボスの義手の重機関銃が唸りを上げる。鉛玉が砂を削り、車体に火花が散った。

「……おい小鳥共!逃げ回るだけか!」

「カイ、右旋回して!装甲の継ぎ目が見えた!」

 レナが助手席から叫ぶ。

「了解!」

 カイが急ハンドルを切る。ヴァルチャーが戦車の側面へ滑り込み、レナが粒子砲を構える。

「撃て!」

 青白い閃光が走り、重戦車のサイドアーマーに直撃。金属が悲鳴を上げるように歪んだ。

「まだ抜けてないわ!」

 荷電粒子砲は一瞬のクールタイム。戦車の主砲がこちらを向く前にもう一度撃たなければならない。

「ボリス、タレット狙え!」

「任せろ!」

 ボリスの機関銃が火を吹き、戦車上部の副銃座を潰す。

 敵ボスがまたレナを嘲笑する声が響いた。

「悪あがきだな!運転手をやった時点でお前は終わりだった!」

「……最高の運転手が今ここにいるんだよ!」

 カイは叫び、戦車のキャタピラへとヴァルチャーを滑り込ませる。

「レナ、今だ!」

 レナの粒子砲が再び閃光を放ち、キャタピラを直撃。金属が爆ぜ、重戦車が傾いだ。

「……仕留める!」

 レナが最後の一撃を構える。

「ルーカス……これはあなたの分よ!」

 轟音。粒子砲が砲塔の基部を貫き、内部で連鎖爆発が起こる。

 爆炎が戦車を包み込み、義手のボスが絶叫しながら炎の中に沈んだ。

 荒野に、ようやく静寂が訪れる。

 

 

 

戦場から少し外れた、小さな丘の上。

 簡素な墓標が風に晒されて立っていた。無骨な鉄板に刻まれた名――

「ルーカス・ヴェイル」。

 レナは荷電粒子砲を置き、膝をついた。

 復讐は果たした。仇は消えた。だが、胸の奥に空いた穴は埋まらない。

 冷たい風が髪を揺らし、頬を撫でる。

「……終わったよ」

 レナの声はかすれていた。

「全部、終わった……あなたの仇、取った……」

 墓標の前にドッグタグを置く。かつてルーカスの胸元で揺れていたそれは、今や彼の唯一の形見だ。

 

 カイは煙草をくわえ、レナの背後に無骨に立っていた。ボリスは少し離れたところで空気を読んでいる。

「……すっきりしたか?」

 カイの問いに、レナは小さく答えた。

「そんな簡単じゃない……けど……少しは」

 カイは墓標の前にしゃがみ込み、刻まれた名前をじっと見つめる。

「それなら十分だ」

 そう言って煙草をくわえ、火をつける音だけが静かに響いた。

 レナは涙を拭い、微笑んだ。

「……ありがとう。あなたがいなかったら、ここまで来られなかった」

 カイは振り向かずに煙を吐き、ぼそりと答えた。

「礼なんかいらねぇよ。お前がやるって決めて、俺が運んだだけだ」

 

 風が二人の間を通り抜ける。



 レナは立ち上がり、最後に墓標を一瞥した。

「……行きましょう」

「おう」

墓標の前には、静かに置かれたドッグタグだけが残っていた。

 

 

「おい……これ何だよ」

 ボリスが呆れ顔でヴァルチャーの上部を指差している。

その屋根には――プールサイドで見かけるような白いプラスチックの椅子が、ロープでがっちりとくくりつけられていた。

「増設シートだ」

 カイが平然と答える。

「ふざけんな! こんなの正気じゃねえだろ!」

「文句あるなら走りながら追っかけて来いよ」

「死ぬわ!」

 レナは粒子砲を抱えながら、肩を震わせて笑いを堪えている。

「……ほんとにボリス専用席作ったのね」

「お前が助手席を譲る気ないだろ? 仕方ない」

 ボリスはしぶしぶ椅子に腰を下ろし、体をロープで固定する。

「……俺、傭兵やめてもっと楽な仕事してぇよ……」



「よし、準備完了だな」

 カイはにやりと笑い、エンジンをかける。ヴァルチャーが再び咆哮した。

 戦場に戻る音――だが、今は少しだけ違って聞こえた。

    
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