閃光少女 荒野のヴァルチャー

天涯クゼイ

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第2話 鋼鉄の胃袋

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補給基地近くのダイナーは、今日も熱気と肉の香りに包まれていた。
 油が弾ける音と、皿を置く甲高い音が絶え間なく響き、店内は戦場さながらの喧噪に満ちている。
中央のテーブルでは、カイとボリスが皿を積み上げながら必死に肉にかぶりついていた。
 分厚いステーキをフォークで押さえ、ナイフが肉を切り裂くたびに湯気と香りが立ち上る。
「おっ、大食い勝負か!?」
 「ハハハ! どっちもがんばれ!」
 「ボリスの方が速いぞ!」
周囲の傭兵たちは、まるで試合観戦の観客のように声を張り上げ、手を叩いて盛り上げる。
 ウェイトレスが大皿を抱え、足早にテーブルへと運び込むたび、皿の山はみるみる高くなっていく。
同じテーブルの端では、レナが肘をつき、頬に手を当てて無表情のまま視線だけで二人を追っていた。
 その姿は退屈そうにも見え、ときどき水をひと口飲んでは、わずかに眉を下げてため息をつく。
カイは額に汗を浮かべ、ステーキを切る手を止めず、必死に口へと運ぶ。
 ボリスも脂で光る口元を拭うことすら忘れ、がむしゃらに噛み砕いては飲み込む。
 観衆の声援はさらに熱を帯び、床を踏み鳴らす者まで現れ、皿の山はまるで山脈のように連なっていった。


そして、勝負開始から十分後。
レナが静かに背筋を伸ばす。
「……じゃあ、そろそろ」
彼女がそう呟くと、ウェイトレスが手際よくフォークとナイフをテーブルに並べた。
ステーキ皿が置かれる音が響き、観衆の動きが一瞬止まった。

レナはナイフを滑らせ、一口大に切った肉をフォークに刺す。
 その動きは無駄がなく、刃が皿に触れる音すら鋭く研がれた刃物のようだった。
レナは無言で一口目を頬張り、淡々と食べ始めた。
口に運ぶと、ためらいなく咀嚼。速い。
 二度三度噛んだだけで飲み込み、すぐさま次の肉を切る。
 息を継ぐ間もなく、切っては口へ、口へ。そのサイクルが機械のように繰り返される。


「……おい、なんだよこれ?」
「まさか……」
ざわめきが広がり、やがて誰かが言った。
「この大食い勝負……もしかしてカイ対ボリスじゃなくて……レナとの二対一のハンディキャップ戦だったのか!?」

その瞬間、レナはさらに動きを速めた。
 ナイフが皿の上を滑る音が連続し、切り口は均等で寸分の狂いもない。
 フォークが肉を刺し、口へ運び、噛んで飲み込む――その一連の動作が、もはや一つの激流の流れのように途切れない。
「お、おい……皿が……!」
「いや……あれ、人間か?」

カイの額には脂と汗が混じり、ボリスはナイフを握る手が震えていた。
 男たちが一皿減らす間に、レナはゆうに三皿を消化するスピードだった。
「……くそ、まだ勝ってるのはこっちだ!」
「そうだ、根性だ!」
だが、その希望はすぐに砕けた。
レナの動きはさらに加速した。
 ナイフとフォークが交互に動き、肉を切り、刺し、口に運び、噛んで飲み込む。その全てが一息に繋がっている。
 動作の一つ一つは扇風機の羽根のように高速のはずなのに、あまりに滑らかすぎて、逆に人間の目にはスローモーションのように見えた。
ナイフが皿を滑る音と、フォークが肉を突くわずかな感触だけが現実感を持ち、視覚はその速さに追いつけない。
 気付けば皿は空になり、次の皿へ。その繰り返しが止まらない。
「……やべぇ……時間の流れが違う」
 「もう光の速度を超えてるぜ……」



---------------------------------------------------------------------
「……はい、終了」

最後の一口を飲み込み、水をひと口。
積み上がった皿の山は、カイとボリスを合わせても全く届かない高さだった。

「……あんたたち、前に一人ずつで挑んだときも惨敗だったでしょ?
 組んで挑めば少しはマシになるかと思ったけど……結果は同じね」

ガタンッッ!!

……カイは白目を剥いて椅子ごと後ろに倒れ、ボリスは糸の切れた人形のように顔面から皿の上へ崩れ落ちた。
レナは何事もなかったように立ち上がり、粒子砲ケースを肩に担ぐ。
「戦場じゃ、食べられるときに食べられる奴だけが生き残るのよ。覚えておきなさい」

そのとき、無線が甲高く鳴り響いた。
《こちらHQ! 補給路で敵襲発生! 至急迎撃に向かえ!》

空気が一瞬で切り替わる。
カイはため息を吐き、煙草に火を付け立ち上がった。

「……よし、腹ごなしだ」

レナはにやりと笑い、粒子砲を軽く持ち上げる。

「行くわよ、ドライバーさん。狙撃手その2さん。」

ボリスは机に突っ伏したまま声にならない声で呻いたが、それでも機関銃を担ぎ上げた。
三人はそのままダイナーを飛び出し、待ち構えていたヴァルチャーに乗り込む。

エンジンが咆哮を上げ、砂煙が舞い上がる――
笑い声は消え、再び戦場の音だけが響き始めた。
    
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