閃光少女 荒野のヴァルチャー

天涯クゼイ

文字の大きさ
6 / 24

第6話 死線

しおりを挟む
砂嵐の余韻が消えかけた頃だった。

小さな起伏の影に隠れて、男が一人、震える手で空に手を伸ばしていた。血に塗れた顔、破れた軍服。ただその命乞いの声だけが、荒野の風に微かに乗った。

「た、頼む……もう、武器は捨てたんだ……助けてくれ、なぁ……!」

応じる声はなかった。

代わりに――乾いた破裂音。

次の瞬間、男の額に小さな穴が開き、体は地面に沈むように崩れ落ちた。

「命乞いで生き残れると考えるなど……戦場をなめるな」

呟いたのは黒髪の女。白のロングコートを風になびかせながら、まだ煙る拳銃のスライドを引いていた。

「続けるとしようか。今日の狩りを」

黒髪の女が唇の端をゆがめて笑った。

そして傍らで無言のまま肩を並べる長身の男がいた。腕を組みながらその視線は冷ややかに前方を見据えていた。

その車両――黒く塗装された装輪式の突撃車は、荒野を静かに離れていった。


----------------------------------------------------------------------------------------------------------


「右、接近!」
「見えてる――撃つわよ!」

ヴァルチャーの急旋回に合わせて、レナが身を乗り出すようにして荷電粒子砲を構える。砲口が閃光を放ち、数百メートル先の車両を爆発的に切り裂いた。

その一撃に、地を駆けていた敵兵が叫び声を上げて散っていく。

「ひぃぃっ! なんだあいつら、やべえ!」
「荷電粒子砲とか聞いてねえぞ!」

逃げる傭兵たちの声を背に、カイは静かに笑った。
ヴァルチャーがドリフトをしながら円を描くように荒地を駆け抜ける。運転席のカイは機体の傾きとタイヤの噛みを正確に読み取り、荒地を滑るように旋回し敵の射線をかいくぐっていく。

「……派手にやるなぁ」

ヴァルチャーの屋根に腰を下ろし、ボリスがいつもの調子で構えていた――その瞬間。

遠方の崩れかけたビル、その屋上からひときわ鋭い閃光が走った。

キィィィィィン!

甲高い金属音とともに、スナイパーの放った弾丸がボリスの目の前の空間で弾け、ありえない角度で逸れていく。

「ボリス! 大丈夫か!? ……お前、それ……!」

カイがハンドルを切りつつ声を張る。

「電磁誘導で弾を逸らすプロトタイプのディフレクターだ。前にもらったやつ、ずっと胸ポケットに入れてたんだよ。……まじで肝が冷えた」

ボリスが肩をすくめるように笑う。

「――狙撃ポイントはわかった」

レナが静かに言うと、すでに砲口は敵が潜む建物を捕えていた。

「隠れてるつもり? 甘いわ」

次の瞬間、荷電粒子砲が甲高い唸り声を上げて発射される。

光と爆音が荒野を揺らし、狙撃手が潜んでいた建物――そのビルごと、蒸発するように爆散した。
コンクリの破片が空を舞い、地面に焼け焦げた残骸だけが残された。


----------------------------------------------------------------------------------------------------------


「あらかた片付いたかな……」

カイがヴァルチャーのハンドルから手を離し、遠くに立ち昇る黒煙を見やる。砂塵の中に崩れ落ちた建物と、逃げ散った傭兵たちの残骸だけが、静かな戦場の痕跡として広がっていた。

レナは荷電粒子砲の冷却レバーを引きつつ、深く息を吐く。砲身からはまだわずかに残熱が立ち昇っていた。


「じゃあそろそろ帰還しますか……」

ボリスがそう言いかけた、そのとき。


バキィィィィィン!


甲高い銃声。次の瞬間、ヴァルチャーの車上――ボリスが座っていた椅子が粉々に吹き飛んだ。

「うおっ……!」

座席から転げ落ちるボリス。地面に背中から転がり落ちた。

「ボリス!」

「今の、貫通した……!」

電磁誘導さえも破った高初速・重質量弾。


「いてててて……おいおい、今のはなんだ!?」

「どこだ……どこから撃たれた……」

カイが目を細めた先、見知らぬ黒い突撃車が、遠く砂煙をあげて迫ってくる。

車両の上で、コートをはためかせた女が、大型の狙撃銃を担ぎこちらを見下ろしていた。

「……ボリス、ちょっとここで待ってろ」

そう言って、カイはわずかにスロットルを吹かす。ヴァルチャーが砂を巻き上げながら、ボリスをその場に残してゆっくりと前進した。
レナは無言のまま助手席で荷電粒子砲を構えた。

40メートル、30メートル――
やがて両者の車両は、10数メートルを隔てて真正面に向き合い、停車した。

砂嵐の残り香が漂う荒野。空は夕焼けに染まり、全てが赤く、鈍く、沈黙に満ちていた。

風に煽られたコートが、ふわりと舞う。
突撃車の上で女が髪をかき上げ、冷え切った笑みを浮かべた。

火薬の匂いと鉄の響きだけが空気を支配する中、カイは咥えていたタバコを口から出し、
指でつまみ、ニヤリと笑った。

「……」

数秒の沈黙のあと、指でそれを弾く。

火のついたまま放たれたタバコは空を描き、突撃車の装甲板にパッと音を立てて当たった。

火花が散る、合図のように――

カイがスラロームで車体を跳ね回らせた。
同時に敵の突撃車も、タイヤを鳴らしてドリフトを始めた。

音楽もない。言葉もない。ただ、火と金属と怒りがぶつかる、西部の決闘のような静かな始まりだった。

----------------------------------------------------------------------------------------------------------


レナの指がトリガーを引くたび、荷電粒子砲は猛光を放った。
炸裂する轟音、焼け焦げた空気、流れるような砲火。

だが――黒い突撃車は翻るように車体を傾け、その全てを紙一重でかわしていく。
閃光は地を薙ぎ、虚しく砂を焼き裂くだけだった。

「……当たらない……!?」
レナの声が震え、驚愕に目を見開く。

「お前、荷電粒子砲に頼りすぎだ。狙いが甘い」

男の低い声がスピーカー越しに響いた。その声音には、冷笑すら混じらない。まるで事実を突きつけるような、静かな断罪。

「なっ……!?」

「君のドライビングも分かりやすいよ」

今度は女の声。
冷ややかな笑みを含みながらも、その指摘は鋭い刃のように突き刺さった。

「左右の切り返しが単調なんだよ。スラロームの度に車体が一瞬“止まる”――そこが隙」

次の瞬間、雨のような弾丸が降り注いだ。
乾いた破裂音が幾重にも重なり、荒野全体を打ち鳴らす。

砲火を浴びる度に、ヴァルチャーの外装は表面を削り取られ、粉じんと火花を散らす。
削れた破片が砂に散り、煙を引きながら落ちていくたびに、機体そのものが少しずつ削り取られているのがわかった。
それでもカイは歯を食いしばり、ハンドリングを乱されながらも車体を横滑りさせて戦線に留めた。

「クソッ……!動きが読まれてやがる!」

敵車両は影のように無駄なく動き、こちらの射線を外し続ける。
同時に、正確無比な狙撃で弱点を突き破ってくる。

正当な二対二。

だが実力差は、痛ましいほどに歴然としており、その連携はもはや戦闘というより“処刑”のようだった。


----------------------------------------------------------------------------------------------------------



荒野の斜面にうつ伏せになったボリスは、砂まみれの顔をしかめながら、腰を押さえて呻いた。

「いててて……まったく、どんな弾使いやがった……」

その時だった。

ゴォオォ……という重低音が空を割った。

上空からゆっくりと下降してくる機影――ボリスはうっすらと顔を上げた。

見慣れた深緑の機体。エリスだった。

「おーい! ボリス? なんでそんなとこで昼寝してんのー?」

ラビののんきな声が、コックピットから聞こえた。

「ラビ……!? いいところに……!」

「いやぁ、補給終わって帰ろうと思ったけど、なんか煙上がってるなーって来てみたら……あらビックリ、戦友が倒れてるじゃないですかぁ!戦場で転がるオジサンを救うのも、メカ少女の役目ってやつ?」

「冗談言ってないで、ちょっと起こして!起こして! 今すぐ! 」

ラビが操作盤のボタンを押すと、エリスのフレームから油圧アームがガチャガチャと伸びてボリスの服を掴んだ。

「乗って乗って。あ、でもあんまり変なとこ掴まないでよ。エリス、そこちょっと反応するから」

「そういうおふざけをしてる場合じゃねぇよ! マジでヤバいやつとカイとレナが今戦ってる!」

「おっと、そっちのテンションか。オーケー、戦場モード切り替えっと」

伸縮するアームにしがみつきながらボリスがコクピットによじ登ると、エリスは軽やかな音を立てて跳躍を行った。


----------------------------------------------------------------------------------------------------------



ヴァルチャーの装甲は大破し、右のフロントタイヤが吹き飛んでいた。
車体は激しく傾き、金属が悲鳴を上げるようにきしみ続ける。

カイは歯を食いしばり、ハンドルを握り潰すように押さえ込む。制御はほぼ不能――だが、彼は強引にギアを切り替え、荒地に踏みとどまった。
カイの背筋に、冷たい汗が一筋流れる。

助手席のレナは、顔を苦痛に歪めていた。左腕から血が滴り、服を濡らす。荷電粒子砲を片腕だけで支えるその姿は、もはや限界寸前だった。
彼女の呼吸は荒く、それでも引き金から指を離そうとはしなかった。

「……お前たちは、つまらない。派手な武器を振り回し、必死に走り回っても……結局、同じパターンの繰り返しだ。読みやすくて、退屈で……ただの標的に過ぎない」

敵車両の上で、女狙撃手が冷ややかに嘲笑を放つ。
白いコートの裾を荒風に揺らし、その眼差しは獲物を弄ぶ捕食者のように鋭かった。

ハンドルを握る男が、苛立たしげに舌打ちをした。
「クロエ!遊ぶのはやめろ。余計な言葉はいらん、止めを刺せ」

女はわざとらしく肩をすくめ、唇をゆがめる。

「ライルはせっかちね……獲物をいたぶる楽しみも知らないの?」

「戦場に余興は不要だ」

男の声は低く、乾いた砂のように冷酷だった。

その瞬間だった。

「――どりゃあああああああああああああああッ!!!」

大気を裂く轟音。

エリスが遥か上空からの落下の衝撃で地面を叩き割った。
着地と同時に荒野が大きく波打ち、砂と岩が炸裂するように宙を舞った。

土煙の中から浮かび上がる逆関節のシルエット――。
眼下のヴァルチャーと敵車両の間に、唐突に割り込むように現れたその姿は、まさに戦場に落ちた隕石だった。

「どりゃーっ! お待ちかねのラビちゃん降臨! いやー、ギリギリの登場が一番カッコよく映るんだよね。……んーゴホン、我が名はラビ、駆けるは鉄騎エリス!無辜を脅かす者は、この一撃にて地へ還れ!推して参る!いざ尋常に――勝負ッ!!」


クロエ「…………」

ライル「…………」
    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

処理中です...