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第7話 蜃気楼
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敵の二人は沈黙したままラビを睨みつける。その瞬間、エリスは逆関節をしならせて突撃車に向かって突進をした――。
「アチョーーッ!」
二脚が鞭のように振り抜かれ、回し蹴りが連打される。
荒々しい衝撃で砂が爆ぜ、装甲車両のフロントが揺さぶられる。
敵車両はギリギリでバックを切り、砂煙を巻き上げながら後退。
その上から、ボリスが銃を構えた。
「おらぁ、さっきのお返しだ!」
火を噴く弾丸は確かに突撃車を狙っていたが、黒い機体は蛇のように身をよじり、滑るような動きで弾道を紙一重で外していく。
「ちっ……全弾、避けやがる!」
ボリスが歯噛みする。
「でいやああああっ!」
ラビが叫び、エリスの脚部を一気に跳ね上げた。逆関節が弧を描き、強烈なかかと落としが振り下ろされる――。
だがそれすらも、敵車両はタイヤをきしませながら間一髪でかわしていた。
クロエが周囲を見渡す。
「……妙ね」
ライルも低く呟いた。
「……砂塵が濃すぎる」
彼らが気づいた時には遅かった。
周囲の視界はすでに濁流のような灰色に染まっていた。
それは戦闘の余波ではない――エリスの爪先から噴出する煙幕が、まるで嵐のように広がっていたのだ。
「ははっ、正面から勝負してると思った?本命はコッチ~!」
ラビの声が煙の奥で笑う。
クロエとライルの視界が奪われたその隙に、エリスのフレーム後部から金属音を伴ってワイヤーが射出される。銀色のケーブルが空気を切り裂き、ヴァルチャーのフロントバンパーに突き刺さるように巻きついた。
「カイ、レナ――退くよ!」
ラビが叫ぶと同時に、エリスは逆関節をしならせ、ヴァルチャーごと強引に煙の海へと引きずり込んだ。
クロエは反射的に銃口を煙の向こうに向けるが、視界が白く濁り、狙いが定まらない。
ライルはハンドルを切り、追撃のタイミングを探るも――
そのとき、煙幕の中からボリスの怒鳴り声が響いた。
「こいつもくらえッ!」
ゴトン――。金属的な音を立てて投げ放たれた手榴弾が、敵車両の前方に転がった。
瞬間、破裂音とともに半透明の液体が飛び散る。
ぬるりと地面一帯を覆ったのは、ナノスライム。
半液体状のそれは砂と混じりながらも強靭な粘着性を発揮し、アスファルトすら呑み込むかのように地表に広がっていった。
タイヤがそこに乗れば、途端に空転して足を取られる――。
黒い突撃車は地表に広がったスライムの罠を目の前にして、思わずハンドルを切るしかなかった。
その一瞬の遅れが決定的となり、煙幕を切り裂こうと猛加速する頃には、すでにエリスとヴァルチャーの姿は影も形もなかった。
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
補給基地のゲートが閉じられると同時に、ヴァルチャーとエリスは煙を上げながら帰還した。
「急げ! こっち、止血を優先しろ!」
「ストレッチャーだ!」
医療班が駆け寄り、負傷者の搬送が始まる。担架に横たわるレナはまだ意識があったが、顔は蒼白で、血に濡れた腕を押さえたまま静かに運ばれていった。
ボリスは、医療兵に支えられながら基地内へと連れて行かれた。
「大丈夫大丈夫、かすり傷だ! 自分で歩けるから!ちょっと転んだだけだって!」
豪快に笑っていたが、歩みはぎこちなく、足取りは明らかに重かった。
二人が医療区画へ消えると、カイは深く息を吐き、エリスから降りてきたラビを振り返った。
「……本当に助かった。お前が来なきゃ、あそこで終わってた」
ラビは一瞬、笑顔を見せるが、すぐに肩をすくめて軽口を返す。
「なーに、任せなさいって……って言いたいとこだけどさ、実は結構やばかったんだよね」
その言葉に、カイが眉をひそめる。
ラビは珍しくふざけず、エリスの脚部に視線を落とした。油圧ダンパーの外装には、銃痕のような凹みがいくつも刻まれていた。
「敵の女狙撃手……あいつ、ただのスナイパーじゃない。私の動きを全部読んで、蹴りを避けながら“関節”を狙ってきた。油圧ラインも二発抜かれてる。もう数発もらってたら、エリスは立てなくなってたよ」
カイは短く頷き、煙草を一本取り出した。
火をつけるときの仕草はいつも通り落ち着いているように見えたが、その眉間には深い皺が刻まれていた。
「……クソッ」
低く吐き捨てるように呟き、深く煙を吸い込む。
紫煙が揺らぎながら夜風に溶けていく。
「俺は……運転で隙を作った。レナも撃たれた。ボリスだって……そしてお前まで、ギリギリで壊されかけてた」
煙草の先が赤く瞬き、暗がりの中でその目の色を照らし出す。
「俺がもっと走りを研ぎ澄ましてれば、あんな連中に好き勝手言わせずに済んだ」
「――あいつらは絶対に、ここで終わらせる。次は必ず、俺が守り抜く」
大破したヴァルチャーを悔しげに見下ろすカイの拳が、音を立ててきしんだ。
ラビはしばし黙って彼を見つめ――やがてふっと肩をすくめて、いつもの調子に戻した。
「カイも、やっぱり男の子だねぇ。……まあ、次はもっと派手にやろうよ。アンタらしくね」
基地の空にかかる夕陽は、血のように濃い赤を帯びていた。
補給基地に帰還した安堵と、次に待ち受ける戦いへの不安。その両方が、静かに場を支配していた。
「アチョーーッ!」
二脚が鞭のように振り抜かれ、回し蹴りが連打される。
荒々しい衝撃で砂が爆ぜ、装甲車両のフロントが揺さぶられる。
敵車両はギリギリでバックを切り、砂煙を巻き上げながら後退。
その上から、ボリスが銃を構えた。
「おらぁ、さっきのお返しだ!」
火を噴く弾丸は確かに突撃車を狙っていたが、黒い機体は蛇のように身をよじり、滑るような動きで弾道を紙一重で外していく。
「ちっ……全弾、避けやがる!」
ボリスが歯噛みする。
「でいやああああっ!」
ラビが叫び、エリスの脚部を一気に跳ね上げた。逆関節が弧を描き、強烈なかかと落としが振り下ろされる――。
だがそれすらも、敵車両はタイヤをきしませながら間一髪でかわしていた。
クロエが周囲を見渡す。
「……妙ね」
ライルも低く呟いた。
「……砂塵が濃すぎる」
彼らが気づいた時には遅かった。
周囲の視界はすでに濁流のような灰色に染まっていた。
それは戦闘の余波ではない――エリスの爪先から噴出する煙幕が、まるで嵐のように広がっていたのだ。
「ははっ、正面から勝負してると思った?本命はコッチ~!」
ラビの声が煙の奥で笑う。
クロエとライルの視界が奪われたその隙に、エリスのフレーム後部から金属音を伴ってワイヤーが射出される。銀色のケーブルが空気を切り裂き、ヴァルチャーのフロントバンパーに突き刺さるように巻きついた。
「カイ、レナ――退くよ!」
ラビが叫ぶと同時に、エリスは逆関節をしならせ、ヴァルチャーごと強引に煙の海へと引きずり込んだ。
クロエは反射的に銃口を煙の向こうに向けるが、視界が白く濁り、狙いが定まらない。
ライルはハンドルを切り、追撃のタイミングを探るも――
そのとき、煙幕の中からボリスの怒鳴り声が響いた。
「こいつもくらえッ!」
ゴトン――。金属的な音を立てて投げ放たれた手榴弾が、敵車両の前方に転がった。
瞬間、破裂音とともに半透明の液体が飛び散る。
ぬるりと地面一帯を覆ったのは、ナノスライム。
半液体状のそれは砂と混じりながらも強靭な粘着性を発揮し、アスファルトすら呑み込むかのように地表に広がっていった。
タイヤがそこに乗れば、途端に空転して足を取られる――。
黒い突撃車は地表に広がったスライムの罠を目の前にして、思わずハンドルを切るしかなかった。
その一瞬の遅れが決定的となり、煙幕を切り裂こうと猛加速する頃には、すでにエリスとヴァルチャーの姿は影も形もなかった。
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補給基地のゲートが閉じられると同時に、ヴァルチャーとエリスは煙を上げながら帰還した。
「急げ! こっち、止血を優先しろ!」
「ストレッチャーだ!」
医療班が駆け寄り、負傷者の搬送が始まる。担架に横たわるレナはまだ意識があったが、顔は蒼白で、血に濡れた腕を押さえたまま静かに運ばれていった。
ボリスは、医療兵に支えられながら基地内へと連れて行かれた。
「大丈夫大丈夫、かすり傷だ! 自分で歩けるから!ちょっと転んだだけだって!」
豪快に笑っていたが、歩みはぎこちなく、足取りは明らかに重かった。
二人が医療区画へ消えると、カイは深く息を吐き、エリスから降りてきたラビを振り返った。
「……本当に助かった。お前が来なきゃ、あそこで終わってた」
ラビは一瞬、笑顔を見せるが、すぐに肩をすくめて軽口を返す。
「なーに、任せなさいって……って言いたいとこだけどさ、実は結構やばかったんだよね」
その言葉に、カイが眉をひそめる。
ラビは珍しくふざけず、エリスの脚部に視線を落とした。油圧ダンパーの外装には、銃痕のような凹みがいくつも刻まれていた。
「敵の女狙撃手……あいつ、ただのスナイパーじゃない。私の動きを全部読んで、蹴りを避けながら“関節”を狙ってきた。油圧ラインも二発抜かれてる。もう数発もらってたら、エリスは立てなくなってたよ」
カイは短く頷き、煙草を一本取り出した。
火をつけるときの仕草はいつも通り落ち着いているように見えたが、その眉間には深い皺が刻まれていた。
「……クソッ」
低く吐き捨てるように呟き、深く煙を吸い込む。
紫煙が揺らぎながら夜風に溶けていく。
「俺は……運転で隙を作った。レナも撃たれた。ボリスだって……そしてお前まで、ギリギリで壊されかけてた」
煙草の先が赤く瞬き、暗がりの中でその目の色を照らし出す。
「俺がもっと走りを研ぎ澄ましてれば、あんな連中に好き勝手言わせずに済んだ」
「――あいつらは絶対に、ここで終わらせる。次は必ず、俺が守り抜く」
大破したヴァルチャーを悔しげに見下ろすカイの拳が、音を立ててきしんだ。
ラビはしばし黙って彼を見つめ――やがてふっと肩をすくめて、いつもの調子に戻した。
「カイも、やっぱり男の子だねぇ。……まあ、次はもっと派手にやろうよ。アンタらしくね」
基地の空にかかる夕陽は、血のように濃い赤を帯びていた。
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