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異常事態
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城から出るために歩いていると、向かいからロズア王子が近づいてきているのが見えた。王子と共にいる人物を捉えた瞬間、鼓動が速くなる。
気分を落ち着かせるために大きく息を吐いた。
「ヒロナ、出かけるのか?」
「はい。郊外に珍しい魔法植物が咲いたと聞いたので確認してまいります」
「そうか、気をつけて行ってきてくれ。明日であればルーフスを共に付けられたのだが……」
ルーフス、という名前にまた体は反応する。何故かいつも以上に緊張して、手に汗をかきそうだった。
「いえ、そこまで遠出でもありませんし、ルーフスさんは殿下をお守りすることがお仕事です。僕一人でもすぐに戻れる場所ですので危険もありませんよ」
そうかと納得しながらも少し残念そうにしたロズア王子。王子から視線を持ち上げると、隣で控えているルーフスさんを見た。
伏せている瞳と視線が重なることはなかったが、傍で姿を目にできただけでむず痒い喜びがあった。
「では帰り次第、その魔法植物について教えてくれ」
「承知しました」
王子に道を開け、頭を垂れる。一人が歩き出したあと、少しだけ間があいてからもう一人が通った。 通り過ぎる瞬間、小さな声がこちらに向けられる。
「……無事にお戻りください」
予期せぬ声に驚き頭を上げる。離れる背を目で追うと、一瞬だけルーフスさんと目が合った。振り返っていた顔はすぐに前を向いてしまう。
彼が何を思って声を掛けてくれたのかはわからない。それでも自分のことを気にかけて貰えたことがどうしようもなく嬉しくて、咄嗟に口元を隠した。
抑えきれない喜びでニヤついてしまっているだろう顔を、誰かに見られるわけにはいかない。
「この花は……」
「どうだ? 価値は高そうか?」
茂みの先にあった光に息を飲む。木に絡まっているツタの中に花が一輪だけ咲いていた。
広がる花びらは金色の光を発している。眺める僕に隣から忙しなく声がかかった。
「珍しい花なのは間違いありません。地を巡る魔力を少しずつ吸い、魔力が満ちた時にだけ花を咲かせる魔法植物です」
「薬になったりするのか?」
「薬にしても魔力回復の手助けといったところなので、主には鑑賞されることが多かったようです」
「そうか。もし市場に出すなら声をかけてくれ。俺が見つけたのだからその権利はあるはずだ」
「どのように扱うかはこれから検討しますので」
まくしたてる男性に苦笑を返す。この花の元まで案内してくれた男性は商人で、取引の帰りに歩いていたところ、光る花を発見したとのことだった。
珍しさから高額になることは分かっているのだろう。何か利がなければ引き下がらない様子だった。
「おい、動くな! 静かにしろ!」
突然聞こえた怒号に空気が張り詰める。何が起きているのか分からない男性も驚きをあらわにしている。
異常事態であることは察しがつき、すぐに体を屈ませた。静かに茂みから離れ、街道の方に向かう。僕たちがいたのは王都から続く街道を外れた茂みだった。
「あれは……」
木々の間から様子を窺う。すぐに怯えたように身を寄せあう人々が見えた。十人程度の人たちを囲むように、斧などの武器を持った男たちがいる。
「盗み、人攫い、殺し、なんでもやるならず者共だな。この辺りでは噂を聞かなかったが、王都の祭に目をつけたか……」
僕の影に隠れる男性は呟くようにそう言った。ちょうど王都と郊外の境にあるこの場所なら目立ちづらく、悪事を働くには都合が良い。祭を目当てに王都へ行く人々を狙って待ち伏せしていたのだろう。
人が多くなると犯罪も増加すると言ったルーフスさんの横顔が頭に浮かんだ。
「おい、そこの二人」
予想外に近くから声が聞こえた。静かながらも荒っぽい声の方へ顔を向ける。ほんの数メートル先に眼帯の男が立っていた。
気分を落ち着かせるために大きく息を吐いた。
「ヒロナ、出かけるのか?」
「はい。郊外に珍しい魔法植物が咲いたと聞いたので確認してまいります」
「そうか、気をつけて行ってきてくれ。明日であればルーフスを共に付けられたのだが……」
ルーフス、という名前にまた体は反応する。何故かいつも以上に緊張して、手に汗をかきそうだった。
「いえ、そこまで遠出でもありませんし、ルーフスさんは殿下をお守りすることがお仕事です。僕一人でもすぐに戻れる場所ですので危険もありませんよ」
そうかと納得しながらも少し残念そうにしたロズア王子。王子から視線を持ち上げると、隣で控えているルーフスさんを見た。
伏せている瞳と視線が重なることはなかったが、傍で姿を目にできただけでむず痒い喜びがあった。
「では帰り次第、その魔法植物について教えてくれ」
「承知しました」
王子に道を開け、頭を垂れる。一人が歩き出したあと、少しだけ間があいてからもう一人が通った。 通り過ぎる瞬間、小さな声がこちらに向けられる。
「……無事にお戻りください」
予期せぬ声に驚き頭を上げる。離れる背を目で追うと、一瞬だけルーフスさんと目が合った。振り返っていた顔はすぐに前を向いてしまう。
彼が何を思って声を掛けてくれたのかはわからない。それでも自分のことを気にかけて貰えたことがどうしようもなく嬉しくて、咄嗟に口元を隠した。
抑えきれない喜びでニヤついてしまっているだろう顔を、誰かに見られるわけにはいかない。
「この花は……」
「どうだ? 価値は高そうか?」
茂みの先にあった光に息を飲む。木に絡まっているツタの中に花が一輪だけ咲いていた。
広がる花びらは金色の光を発している。眺める僕に隣から忙しなく声がかかった。
「珍しい花なのは間違いありません。地を巡る魔力を少しずつ吸い、魔力が満ちた時にだけ花を咲かせる魔法植物です」
「薬になったりするのか?」
「薬にしても魔力回復の手助けといったところなので、主には鑑賞されることが多かったようです」
「そうか。もし市場に出すなら声をかけてくれ。俺が見つけたのだからその権利はあるはずだ」
「どのように扱うかはこれから検討しますので」
まくしたてる男性に苦笑を返す。この花の元まで案内してくれた男性は商人で、取引の帰りに歩いていたところ、光る花を発見したとのことだった。
珍しさから高額になることは分かっているのだろう。何か利がなければ引き下がらない様子だった。
「おい、動くな! 静かにしろ!」
突然聞こえた怒号に空気が張り詰める。何が起きているのか分からない男性も驚きをあらわにしている。
異常事態であることは察しがつき、すぐに体を屈ませた。静かに茂みから離れ、街道の方に向かう。僕たちがいたのは王都から続く街道を外れた茂みだった。
「あれは……」
木々の間から様子を窺う。すぐに怯えたように身を寄せあう人々が見えた。十人程度の人たちを囲むように、斧などの武器を持った男たちがいる。
「盗み、人攫い、殺し、なんでもやるならず者共だな。この辺りでは噂を聞かなかったが、王都の祭に目をつけたか……」
僕の影に隠れる男性は呟くようにそう言った。ちょうど王都と郊外の境にあるこの場所なら目立ちづらく、悪事を働くには都合が良い。祭を目当てに王都へ行く人々を狙って待ち伏せしていたのだろう。
人が多くなると犯罪も増加すると言ったルーフスさんの横顔が頭に浮かんだ。
「おい、そこの二人」
予想外に近くから声が聞こえた。静かながらも荒っぽい声の方へ顔を向ける。ほんの数メートル先に眼帯の男が立っていた。
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