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本編
自分だけに向けられる視線
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「賑やかですね」
馬は乗れないため歩きで抜けた森の先には、地面や建物にレンガが使われた活気のある町が広がっていた。
店への呼び込みや子供の楽しそうな笑い声は、うるさいというより賑やかでこっちまで楽しい気分になる。
「俺もこういった自然体な町を見るのは久しぶりだ。王子として行くとこのままの様子では見られないからな」
「城を抜け出したことは何回かあったんですか?」
「あぁ、幼い頃だけどな。何か気になるものがあれば言ってくれ」
人の波に逆らわないよう少しずつ歩きながら会話をする俺たちの両隣には魚や果物、布製品などを並べた路面店があり店員が呼び込みのために声を張り上げている。
日本とは違う町並みに、まるでヨーロッパへ旅行に来たように錯覚し、目に映るすべての物がきらきらと輝いて見えた。
「良い匂い……」
香ばしくお腹のすく匂いに誘われて顔を向けると、様々な種類のパンを並べる店の前には他より特に人が集まっていた。
引き寄せられるように足を向けたところで、女性の声が聞こえて立ち止まる。
「やだ、絡まっちゃった」
「すみません、大丈夫ですか?」
声の聞こえた方を向くと、二十代に見える女性が立ち止まっている。
女性の視線の先を追うと、俺の被っている布の裾が女性のバッグについてる装飾のビーズに引っ掛かってしまっていた。
すれ違うときに触れ合ってしまったのだろう。
「ユキ、大丈夫か?」
「引っ掛かっちゃったみたいで……」
布を引っ張ってみるも外れる気配はない。
女性もどうしたらいいのかと困っていて、取り合えずこのままここにいると通行の邪魔になってしまうからとオーウェンが促すまま、人の少ない道の端に移動した。
「布を切るから、すまないがその後取り外してもらえるか」
「私は大丈夫ですけど……」
この布はもともとオーウェンが持ってきてくれた物であるし俺もすぐに頷くと、オーウェンは腰の辺りから何かを抜く。
金の持ち手の短剣は太陽の光を眩しく反射させた。鋭い刃が布に当てられるとすぐに切り離される。
解決して良かったと安心する俺の隣で女性は何故か訝しげな声を出した。
「その短剣、ずいぶん立派な物ですがあなたのですか?」
女性の疑うような表情と声にぎくりとする。
確かに王子が手にしているなら不思議ではない短剣だが、今の古びた布を纏う俺たちが持っているのは違和感を覚えても仕方がない。
「王族が持つような短剣ですが、どこで手にいれたんですか?」
追い詰めるように言葉を続ける女性は、もうほぼ俺たちを盗人と思っているのだろう、険しい顔つきになる。
オーウェンが何か話すために口を開けたが、その前に聞き慣れた声が耳に入った。
「探しましたよ、おふたりとも」
三人で声の聞こえた方に顔を向けると、そこには眉を寄せたディランが立っていた。
助かったと思えばまた窮地にたたされた俺の隣で、嬉しそうな声が聞こえる。
「ディランさん、どうして町に?」
うっとりしている女性に驚くが、高い彼女の声に気づいた道行く他の女性もディランの姿を見ると頬を色づかせるため、ディランが町の女性から人気があることがわかった。
「早かったな」
「邪魔をしたくはありませんがこれも仕事なので」
声をかけた女性に小さく笑みを向けるとディランはオーウェンに言葉を続ける。
ディランの笑みに手を口に当て喜んでいた女性だったが、ディランがかしこまって話す布を被った男性にわけがわからないという顔をする。
他にそばを通っていく人も足を止めて、突然現れた王子付きの執事に少しざわめき始めていた。
「おふたりとも、早く移動を」
「こうなったらもう遅いんじゃないか」
そう言うとすぐにオーウェンは身に纏っていた布を取り外し、隠していた顔をさらけ出す。
はじめの数秒は誰の声もなかったが、突然の王子の登場に気づいた人々は大きく歓声を上げた。
「すまない、ユキ。町はまた今度楽しもう」
「次は私には伝えておいてください」
俺たちを取り囲む人々の顔は興奮、喜び、驚きが入り交じったもので、オーウェンは王子として親しみを持たれていることが十分にわかった。
人々の歓声に口元を優しく緩めながらオーウェンは手を振って応える。
初めて見るオーウェンの民への対応は王子らしい気品に溢れていて思わず見とれてしまう。
そんな俺に気づいているのか、それとも無意識にか、俺と目があったオーウェンは町の人に向けるのとは違う愛しさの含む視線になったため、誰に向けるものとも違う視線を受けた俺は切ない痛みが走った胸にそっと手をおいた。
馬は乗れないため歩きで抜けた森の先には、地面や建物にレンガが使われた活気のある町が広がっていた。
店への呼び込みや子供の楽しそうな笑い声は、うるさいというより賑やかでこっちまで楽しい気分になる。
「俺もこういった自然体な町を見るのは久しぶりだ。王子として行くとこのままの様子では見られないからな」
「城を抜け出したことは何回かあったんですか?」
「あぁ、幼い頃だけどな。何か気になるものがあれば言ってくれ」
人の波に逆らわないよう少しずつ歩きながら会話をする俺たちの両隣には魚や果物、布製品などを並べた路面店があり店員が呼び込みのために声を張り上げている。
日本とは違う町並みに、まるでヨーロッパへ旅行に来たように錯覚し、目に映るすべての物がきらきらと輝いて見えた。
「良い匂い……」
香ばしくお腹のすく匂いに誘われて顔を向けると、様々な種類のパンを並べる店の前には他より特に人が集まっていた。
引き寄せられるように足を向けたところで、女性の声が聞こえて立ち止まる。
「やだ、絡まっちゃった」
「すみません、大丈夫ですか?」
声の聞こえた方を向くと、二十代に見える女性が立ち止まっている。
女性の視線の先を追うと、俺の被っている布の裾が女性のバッグについてる装飾のビーズに引っ掛かってしまっていた。
すれ違うときに触れ合ってしまったのだろう。
「ユキ、大丈夫か?」
「引っ掛かっちゃったみたいで……」
布を引っ張ってみるも外れる気配はない。
女性もどうしたらいいのかと困っていて、取り合えずこのままここにいると通行の邪魔になってしまうからとオーウェンが促すまま、人の少ない道の端に移動した。
「布を切るから、すまないがその後取り外してもらえるか」
「私は大丈夫ですけど……」
この布はもともとオーウェンが持ってきてくれた物であるし俺もすぐに頷くと、オーウェンは腰の辺りから何かを抜く。
金の持ち手の短剣は太陽の光を眩しく反射させた。鋭い刃が布に当てられるとすぐに切り離される。
解決して良かったと安心する俺の隣で女性は何故か訝しげな声を出した。
「その短剣、ずいぶん立派な物ですがあなたのですか?」
女性の疑うような表情と声にぎくりとする。
確かに王子が手にしているなら不思議ではない短剣だが、今の古びた布を纏う俺たちが持っているのは違和感を覚えても仕方がない。
「王族が持つような短剣ですが、どこで手にいれたんですか?」
追い詰めるように言葉を続ける女性は、もうほぼ俺たちを盗人と思っているのだろう、険しい顔つきになる。
オーウェンが何か話すために口を開けたが、その前に聞き慣れた声が耳に入った。
「探しましたよ、おふたりとも」
三人で声の聞こえた方に顔を向けると、そこには眉を寄せたディランが立っていた。
助かったと思えばまた窮地にたたされた俺の隣で、嬉しそうな声が聞こえる。
「ディランさん、どうして町に?」
うっとりしている女性に驚くが、高い彼女の声に気づいた道行く他の女性もディランの姿を見ると頬を色づかせるため、ディランが町の女性から人気があることがわかった。
「早かったな」
「邪魔をしたくはありませんがこれも仕事なので」
声をかけた女性に小さく笑みを向けるとディランはオーウェンに言葉を続ける。
ディランの笑みに手を口に当て喜んでいた女性だったが、ディランがかしこまって話す布を被った男性にわけがわからないという顔をする。
他にそばを通っていく人も足を止めて、突然現れた王子付きの執事に少しざわめき始めていた。
「おふたりとも、早く移動を」
「こうなったらもう遅いんじゃないか」
そう言うとすぐにオーウェンは身に纏っていた布を取り外し、隠していた顔をさらけ出す。
はじめの数秒は誰の声もなかったが、突然の王子の登場に気づいた人々は大きく歓声を上げた。
「すまない、ユキ。町はまた今度楽しもう」
「次は私には伝えておいてください」
俺たちを取り囲む人々の顔は興奮、喜び、驚きが入り交じったもので、オーウェンは王子として親しみを持たれていることが十分にわかった。
人々の歓声に口元を優しく緩めながらオーウェンは手を振って応える。
初めて見るオーウェンの民への対応は王子らしい気品に溢れていて思わず見とれてしまう。
そんな俺に気づいているのか、それとも無意識にか、俺と目があったオーウェンは町の人に向けるのとは違う愛しさの含む視線になったため、誰に向けるものとも違う視線を受けた俺は切ない痛みが走った胸にそっと手をおいた。
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