バズる!SNSに非投稿だからこそ読みたくなる短編小説

春陽

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オススメのカクテル

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ここのバーのマスターは少し変なことで有名な、ベテランのバーテンダー

高齢の男性で、顔立ちが良く、背広が似合う姿からも常連は後を絶たないらしい。

だが、噂では客の顔は覚えられないし、会話もスムーズとはいかないらしい…

しかしマスターの腕は超一流、どうやら『おすすめのカクテル』が大人気だそうで

その噂を聞きつけて連日店は満席になっているとか。

かくいう私も、この噂を聞きつけて来た客の一人なのだが…

カランカラン…と、ドアを開けると噂のマスターはニッコリとこちらを見て微笑む。

「はいいらっしゃい、ご注文は」

私はまさか挨拶されると思わなかったので「あ、どうも」 と思わず会釈する。

(まだ座ってないのだが…)

少し変、とは聞いていたので、まぁそうなんだろうと席を探す。

席はどうやら六席のカウンター席のみ、とはいえ残りは二席ほどしかなかった。

さっそく席につくと、マスターはニコニコとこちらを見ている、もちろん私の注文は決まっている。

「マスターのカクテルは超一流って聞いて来ました、ぜひオススメのカクテルをお願いします」

マスターは返事もせずにこやかなまま、すぐにカクテルを作り始めた。

(やはり少し変わった人なんだな…)

普通ならここで何を作ってるか見るところだが、
私はあまりカクテルには詳しくない、恐らくマスターの手元を見てもなにを作ってるかなんて想像もできないだろう…たぶん…

ふと周りの席の客を見てみると、老若男女、しかしなんと全員同じグラスの、それも同じ見た目をしたカクテルを飲んでるではないか、

(もしかして、どれもオススメのカクテルってやつじゃないか?)

ここが酒場である以上は、初対面でお酒の付き合いなんてよくある話だ、ここは横の席の人に聞いてみよう。

私の横の席の人は40代くらいのサラリーマンの様なおじさん。

いざ話しかけてみようと思うが、しかし、お酒も飲んでない身でそんなことは恥ずかしくなってしまい、

おどおどしてるその間に、例のカクテルができてしまった。

「お待たせしました、私おすすめのカクテルです」

にこやかな顔で、やはり他の客と同じグラス、同じ色のカクテルがでてきた。

「いただきます」

マスターが終始にこやかだからか、ついつい返事をしてしまう。

カクテルはマティーニの様ないわゆるショートカクテル、色は…透明、というかやはりこれは『マティーニ』ではないのか???

味もやはりマティーニの味がする。

カクテルに詳しくないとはいえ私でもこれくらい分かる…いや、確かに他の人のを見ても似てるなぁとは思っていたが……!!

「あの、これ…」

マスターに聞かずにはいられない

「そうだよ」

っと、横の席のおじさんがいきなり話しかけてきた

「え…あ、やっぱりこれマティーニですよね??」

『そう』だというのだから、私はおじさんに答えを聞きたくて仕方ない、

「あぁ、でも別に『マティーニ』と言わなくても良いわけだろ?味も美味い、変なことは無いさ」

私はぐうの音も出なかった。

確かに、『オススメのカクテル』がつまり『マティーニ』だったというだけで

何も嘘などついてないし、私は何かオリジナルの特別なカクテルがでてくると、

勝手に想像していた部分があった…

「そうですよね…はい、確かに美味しいです、でも…」

『なぜ全員が同じカクテルを飲んでいるのか』

ならばこれもまた気になって仕方ない

「作れないんだよ」

そう声をかけてきたのは奥の席に座っている初老の女性。

「作れないって、他のカクテルをですか??」

少し変なマスターとは聞いていたが、さっぱり訳が分からない、

「そう、この人脳の病気でして、実は余命もそんなに長くないんです」

今度はおじさんの横に座っていた青年が話し始めた。

「実はお兄さん以外は皆このマスターの家族なんですよ、もう1ヶ月ほどこうやって、おじいちゃんの最後の願いを叶えてあげているんです」

なるほど、事情がわかった

つまりこのマスターは最後の願いとしてバーテンダーをしたかったと、

それで少しでもお客さんに来てもらいたかったから『オススメのカクテル』という名前で口コミを広めてもらうように、

こうやって来る人、来る人に協力してもらってるというわけだ。

「そうだったんですか…いやでも、本当に美味しいですよ、ぜひ友人にもオススメします」

私は飲み終わると店を後にした。

(最後の願いなんて、分からないもんだな…あれもまた幸せの一つなのか…)

色々と物思いにふけりながら、その日は寝ることにした




翌日、


私は職場で昼食をたべていたら、テレビでとんでもないものを目にした

なんと、昨日のバーのマスターとその家族が逮捕されていたのだ!!

実は昨日の話は全て偽の設定で、そういう商法として口コミを広げるただの嘘だったのだ。
 
どうやら昨日、青年の横にいた、おそらく青年の奥さんであろう女性が、

罪悪感から、ついに耐えられなくて自首したようだった。

(そんな馬鹿な……)

もう訳が分からないが、同僚も私が昨日あのバーに行ったことを知っており、私に話しかけてきた。

「なぁ、あれお前が昨日行ったバーだろ?大丈夫だったか??」

いや、まぁ嘘はつかれたが、味は良かったし、料金も一般的なものだった…

「まぁ…味は良かったよ、うん」



何が悪いのか、何を憎むのかいまいち分からなくて気持ちはモヤモヤしているが…




「ごめんなー、あの店俺がオススメしたのに…そうだ!今夜は俺が奢るよ、飲み行こうぜ」

そう、この同僚から聞いた噂で私は行くことにしたのだ。

「いいのか?そんな気にしなくてもいいが、じゃあ今夜…」

にこやかな彼の返事を聞いて、何を憎むべきかようやくわかった

「まかせとけって、オススメの店があるんだ」







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