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変わり始めた物語
左手の薬指に、指輪が嵌る。リオールは上を見上げた。アルバがいた。白い服に身を包まれ、記憶より若いアルバは、いつものように冷たい顔をしていた。リオールは焦って周りを見渡した。教会に、参列者、激しく雨の降る窓の外。記憶にあった。確かに、自分とアルバの結婚式だ。混乱して外に出ようとするがアルバに肩を掴まれて許されなかった。夢? 嘘だ。自分は首を掻き切って死んだのに。首元に指を当てると、傷など全くなかった。アルバも生きている。頬に手を当て、考えに耽る。リオールはまた死後の走馬灯というやつかも知れないと思っていたが、触れたアルバの手の暖かさがそれを否定する。
「では、契約を」
そう言われてアルバはリオールの首輪に手を掛けた。大きな手がちまちまと鍵を開ける。首輪を取り去って、アルバはリオールの髪を掻き上げて項を晒す。そのままがぶりと噛み付いた。アルファとオメガの政略結婚では、結婚式にて番契約を結ばされるのは良くあることだ。噛まれた項の鋭い痛みと、足の力が抜けて立っていられない感覚に記憶が蘇る。アルバに腰を抱かれて、何とか結婚式を終える。ボーッとしているうちに、もう取り返しがつかない事になっていたのだ。自分の破滅と、アルバの破滅はこの結婚と番契約からもう始まっている。
リオールはその後、自分でも訳がわからない内に夫婦の寝室でベッドに座っていた。実家から送られた婚姻のお祝いの酒をリオールに注がれる。使用人は、リオールの実家から連れて来られた人で、リオールを人などと思っていない。こくりと、喉を鳴らしてお酒を飲むと喉が焼けるほどの衝撃があって咳き込んだ。使用人は「お飲み干しください」と冷たく言い放った。
「リオール様、公爵夫人からのご伝言です。『ゆめゆめ忘れるな、お前を生かしてやってることを』」
「……はい」
義理の母は、リオールの事が嫌いだ。だから、男爵家などと身分の低いアルバに下げ渡した。それどころか、動きの読めないアルバに首輪をつけ、監視をするためのツールにしている。最期にはアルバに情を入れ、報告の義務を怠ったリオールに怒り狂い、難癖を付けて叛逆者の汚名を着せた。それが、リオールの死因に繋がるのだ。夫の延命を嘆願する手紙は、きちんと父に届いたのだろう。義母に見付かれば問答無用だったと思う。
「……ああ、明日の予定は追って知らせる」
ぴく、と背筋を伸ばす。使用人はそそくさと出て行った。アルバが部屋に入ってきた。この部屋はリオールが命を絶った場所だった。『死んでくれ』と命令したその顔を見上げる。俺の旦那様。貴方が愛したのは、俺じゃないんですね。
「………………」
彼は黙りこくっていた。リオールを見下ろし、ただ沈黙をする。彼の匂いがした。アルファで番の、アルバの匂い。ふるふると頭を左右に振る。絆されていたらダメだ。俺はこの人を好きになったらダメだ。死んでくれと、俺に頼む口なのだから。
両腕を掴まれる。いた、と声を上げた。アルバは、背が高く体格がいい。腕の太さも手の大きさも全く違って、戦慣れしたその身体に抵抗など無意味。黒い髪に赤い瞳はご婦人方を不気味がらせていたことは、間違いがない。化け物男爵だと揶揄され、またそれに違わない経歴の持ち主。身内を殺し、数多の血を浴びて爵位を得た。化け物だというのはあながち間違いではない。
「アルバ、様、おやめください」
手が緩む。リオールは過去を思い出した。アルバは発情期ではないと抱かないとこの後発言をする。しかしリオールは抱かれないと実家に怒られると言って、初夜を過ごすのであった。アルバはリオールが実家と繋がっているという発言に敵だと認識した理由だった。ふるふると顔を左右に振る。同じ様にならないようにしたい。
「まだ発情期が来たことがないんです。アルバ、様も、お忙しいでしょうから、今日は寝ましょう」
ぱふ、とベッドに寝転がりアルバに背を背けた。アルバも寝転がり、寝る体勢になった。リオールは目を閉じた。
アルバのことを好いていた理由は、発情期の時に優しくしてくれるからだった。体調が悪くても何をしていても、使用人にも義母にも父親にも見向きをされた事がなかった。なのにアルバは、優しかった。体を清めて、口に食べ物を運び、頭を撫でてくれた。それはオメガを守ろうとするアルファの本能であるだけなのに。阿呆らしい。
どくり、と心臓が脈打った。リオールは息を顰める。バクバクと心臓が早鐘を打ち始める。発情? 何故。最悪だ。アルバはリオールの発情期はよく気付いた。少しでも溢れるオメガのフェロモンに、もうすぐに来ると教えてくれるのであった。リオールはバレないように体を起こす。起きないでくれ。
「おまえ……」
パシッと手首が掴まれた。流石に匂いでわかってしまっただろうか。リオールはアルバから逃げるために後退りをしてベッドから落ちた。驚いたアルバは部屋に灯りをつけた。
「何か変なもの飲んだな」
「……え……、なに……」
リオールは熱を帯びる身体を抱き締める。アルバはリオールの眠っていた右側のベッドサイドに置いてあるグラスの中身の匂いを嗅ぐ。
「発情誘発剤が混ぜられている。誰に飲まされた」
「……ぁ、……ッ」
ふるふると頭を左右に振る。実家から送り込まれた監視があるだなんて言ったらまた疑われていいことなんてない。
「部屋は一人で使え。今日は戻らない」
「え……」
「匂いが、鬱陶しい」
アルバは鼻を押さえて出て行った。ポツンと一人、ベッドに座ることになった。
「なん……、なんだよ!?」
枕を投げた。ムカつく。前は『いい匂いだ』と言っただろう! 心の中がグチャグチャになる。嫌いになりたい、死にたくない。俺はもう昔の何も知らずに、普通の日々を満足するだけの馬鹿じゃないんだ。
「では、契約を」
そう言われてアルバはリオールの首輪に手を掛けた。大きな手がちまちまと鍵を開ける。首輪を取り去って、アルバはリオールの髪を掻き上げて項を晒す。そのままがぶりと噛み付いた。アルファとオメガの政略結婚では、結婚式にて番契約を結ばされるのは良くあることだ。噛まれた項の鋭い痛みと、足の力が抜けて立っていられない感覚に記憶が蘇る。アルバに腰を抱かれて、何とか結婚式を終える。ボーッとしているうちに、もう取り返しがつかない事になっていたのだ。自分の破滅と、アルバの破滅はこの結婚と番契約からもう始まっている。
リオールはその後、自分でも訳がわからない内に夫婦の寝室でベッドに座っていた。実家から送られた婚姻のお祝いの酒をリオールに注がれる。使用人は、リオールの実家から連れて来られた人で、リオールを人などと思っていない。こくりと、喉を鳴らしてお酒を飲むと喉が焼けるほどの衝撃があって咳き込んだ。使用人は「お飲み干しください」と冷たく言い放った。
「リオール様、公爵夫人からのご伝言です。『ゆめゆめ忘れるな、お前を生かしてやってることを』」
「……はい」
義理の母は、リオールの事が嫌いだ。だから、男爵家などと身分の低いアルバに下げ渡した。それどころか、動きの読めないアルバに首輪をつけ、監視をするためのツールにしている。最期にはアルバに情を入れ、報告の義務を怠ったリオールに怒り狂い、難癖を付けて叛逆者の汚名を着せた。それが、リオールの死因に繋がるのだ。夫の延命を嘆願する手紙は、きちんと父に届いたのだろう。義母に見付かれば問答無用だったと思う。
「……ああ、明日の予定は追って知らせる」
ぴく、と背筋を伸ばす。使用人はそそくさと出て行った。アルバが部屋に入ってきた。この部屋はリオールが命を絶った場所だった。『死んでくれ』と命令したその顔を見上げる。俺の旦那様。貴方が愛したのは、俺じゃないんですね。
「………………」
彼は黙りこくっていた。リオールを見下ろし、ただ沈黙をする。彼の匂いがした。アルファで番の、アルバの匂い。ふるふると頭を左右に振る。絆されていたらダメだ。俺はこの人を好きになったらダメだ。死んでくれと、俺に頼む口なのだから。
両腕を掴まれる。いた、と声を上げた。アルバは、背が高く体格がいい。腕の太さも手の大きさも全く違って、戦慣れしたその身体に抵抗など無意味。黒い髪に赤い瞳はご婦人方を不気味がらせていたことは、間違いがない。化け物男爵だと揶揄され、またそれに違わない経歴の持ち主。身内を殺し、数多の血を浴びて爵位を得た。化け物だというのはあながち間違いではない。
「アルバ、様、おやめください」
手が緩む。リオールは過去を思い出した。アルバは発情期ではないと抱かないとこの後発言をする。しかしリオールは抱かれないと実家に怒られると言って、初夜を過ごすのであった。アルバはリオールが実家と繋がっているという発言に敵だと認識した理由だった。ふるふると顔を左右に振る。同じ様にならないようにしたい。
「まだ発情期が来たことがないんです。アルバ、様も、お忙しいでしょうから、今日は寝ましょう」
ぱふ、とベッドに寝転がりアルバに背を背けた。アルバも寝転がり、寝る体勢になった。リオールは目を閉じた。
アルバのことを好いていた理由は、発情期の時に優しくしてくれるからだった。体調が悪くても何をしていても、使用人にも義母にも父親にも見向きをされた事がなかった。なのにアルバは、優しかった。体を清めて、口に食べ物を運び、頭を撫でてくれた。それはオメガを守ろうとするアルファの本能であるだけなのに。阿呆らしい。
どくり、と心臓が脈打った。リオールは息を顰める。バクバクと心臓が早鐘を打ち始める。発情? 何故。最悪だ。アルバはリオールの発情期はよく気付いた。少しでも溢れるオメガのフェロモンに、もうすぐに来ると教えてくれるのであった。リオールはバレないように体を起こす。起きないでくれ。
「おまえ……」
パシッと手首が掴まれた。流石に匂いでわかってしまっただろうか。リオールはアルバから逃げるために後退りをしてベッドから落ちた。驚いたアルバは部屋に灯りをつけた。
「何か変なもの飲んだな」
「……え……、なに……」
リオールは熱を帯びる身体を抱き締める。アルバはリオールの眠っていた右側のベッドサイドに置いてあるグラスの中身の匂いを嗅ぐ。
「発情誘発剤が混ぜられている。誰に飲まされた」
「……ぁ、……ッ」
ふるふると頭を左右に振る。実家から送り込まれた監視があるだなんて言ったらまた疑われていいことなんてない。
「部屋は一人で使え。今日は戻らない」
「え……」
「匂いが、鬱陶しい」
アルバは鼻を押さえて出て行った。ポツンと一人、ベッドに座ることになった。
「なん……、なんだよ!?」
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