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旦那様の願い
しおりを挟む「死んでくれ」
リオールの目からは涙が落ちた。ああダメか。ダメならダメでいいのに。今回はアルバから直接言われて諦めも付いた。部下に言わせたアルバを恨んでいたんだ。俺は死ぬ姿を貴方の頭の奥に焼き付けてやる。涙は止まらないけど、悔しくて仕方ないけど、アルバがそう言うなら、そうしてやるのだ。ポタポタと涙が落ちる。
「わるいこと、しちゃだめですよ……」
「ああ」
「…………ちゃんとご飯食べてくださいね」
「……ああ」
「おれのこと、忘れないでください……ね」
「ああ……」
言うことがもう出てこなかった。他の人を好きにならないで、でもちゃんと生きて欲しい、処刑されるだなんて馬鹿らしいから逃げて欲しい。ちゃんと息をしてちゃんと生活をして、そこに俺がいればいいのにと思っていたのに。
「いいよ。それ貸して」
「……俺がやる」
「分かった」
抱き締められた。リオールは目を閉じる。はあ、とアルバが息を吐くと、顎を掴まれて唇を合わされる。暖かい。アルバの腕は何回も何回も形を確かめるように抱き直す。リオールは目を瞑った。このまま殺してくれたら、きっと以前のような絶望感や悲しみはない。リオールはアルバの体を抱きしめる。アルバはリオールの髪に触れた。項が指によってなぞられる。ぞわわっと肌が粟立つ。グイッと髪が掴まれる。フォスに憧れて、後ろで括った髪が引っ張られるとお前はフォスにはなれないのだと言われている気がした。リオールは最期の瞬間までアルバを見ていようと目をうっすらと開けた。
「…………」
はらり、髪が重力に従って落ちた。髪が切られたようだった。アルバはリオールから手を離してしまったため、リオールはずるずるとその場に座り込んだ。髪が、短くなっている。
「男爵家の夫人、公爵家の子どもは死んだ。お前は何者でもない」
「え……、あ、アルバ……」
「指輪には家紋が入ってるから回収させてくれ。服を着替えろ。歩けるか? 部下に手引きさせるから、裏手に逃げていけ」
「待って……! 待って、待ってよ」
「待たない。ああ、これを持っていけ。路銀に使えばいい」
荷物を持たされる。路銀って、贅沢をせずに息を潜めて生活をするなら一生でも使い切れないものではないか。アルバにローブを着せられ、目深にフードを被される。
「いやだ、嫌だ……」
「悪い事をするな、飯を食え、俺のことは忘れてもいい」
「嫌だ」
「行け」
アルバは部下にリオールを任せて、一度も振り返らずに行ってしまった。リオールがどれだけ声を上げてもアルバには届かなかった。アルバの腹心の部下に引き摺られるように屋敷から遠ざかっていく。誰にも見つからないような山の奥に、もう隣国との国境に近いような場所に一台の馬車があった。
「上がれ」
「兄さま……っ」
「もう一度言う。上がれ。部下をお前の旦那の元に帰らせてやれ。ここにお前がいると邪魔なんだ」
「いやだ、アルバのところに」
「お前が死ぬとあの男もゆくゆく死ぬ。あの男は自分の身を守れるが、貧弱なお前に何ができる」
再度、乗れと命令されてリオールは自らの足で籠に乗った。ポタポタと泣いているリオールに、フォスは言葉をかけなかった。腕を組み、ただ黙って何かを考えているようだった。
伯爵邸に迎え入れられ、クロードに優しく声を掛けられた。リオールはここずっと体調が悪かったのもあって、吐いた。泣いて吐いての繰り返しで何もできない自分が不甲斐なかった。
「お前、妊娠している。ちゃんと食事を取れ。それがお前が、お前の子どもと旦那を守るためにできる唯一のことだ」
医者ではなく、フォスから言われたその言葉はリオールの言葉を奪い、アルバが亡くなったら後追いしようと思う気持ちを無くさせた。腹を撫でる。まだ平らな腹は、アルバがいつももっと飯を食えと言っていた事を思い出させた。項に指を当てる。まだ、番契約は有効だ。契約解消をしようと考えていたのに、今は契約のおかげでお互いの存在を感じている。
フォスは難しい顔をして、リオールの寝転がるベッドの横に座る。
「さあ、化け物退治をするぞ。お前も身重の身であるが、旦那のためとあれば協力する気があるだろ」
「……退治?」
「ああ。立って歩くだけの体力を戻せ。特等席で見せてやる」
フォスはにやりと笑った。リオールはスープを飲み干した。
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