Starlog ー星の記憶ー

Monochrome Dream

夢を見ていた、なにもない真っ白な空間、そこに俺は1人で立っている。
夢の中なのに自分の意識をはっきり感じる、その事に最初は戸惑ったが、小さい頃からずっと見ていた夢だからもう慣れてしまった。

俺は真っ白な空間を少し見渡しひとつ溜め息をつくと、どこに壁があるのかわからないほどの真っ白な空間を歩く。

しばらく歩いていると後ろの方から視線を感じる、これもいつも通りで俺が後ろを振り向いても誰もいない。
ただ先ほどと変わることと言えば、眩さを感じるほど真っ白なのに光源が見当たらないこの部屋で黒い影が出来ていることだろうか。

そして不気味なことにその影は俺が振り向き存在を認識すると動くのだ、影の主である『俺が動いてるから動く』のではなく、『影・だ・け・が・ひ・と・り・で・に・動・く・』のだ。

あまりに不気味なので後ろも振り向かずただただ歩いていると、後ろにいる『誰か』が俺を振り向かせようと様々なイタズラをしてくる。

頭を撫でられるような感覚がしたり、脇腹をなにかでつつかれたりさわさわとくすぐられたり、肩をつつかれたり。
1番驚いたのは耳に息のような風を感じたことだろうか、あの時はさすがに声を上げながら振り向いてしまった。

ただ、『動く黒い影』は俺が振り向くとぼうっと黒いモヤのようになり、俺に覆いかぶさってくる。
毎回その時に現実の世界の俺が目を覚ます。夢のことは覚えているものの、ただ単に『白い空間を歩き回っていて後ろを振り向いたら影に襲われた』程度の認識しかない。

毎日のように見るこの夢の正体を突き止めたい俺は振り向かないように影のイタズラを気にとめないようにすたすたと歩いていた。

・・・・・
・・・
・・

―――今回もいろいろと影のイタズラを受けた。
が、影の仕掛けてくるイタズラはわかってさえいれば耐えられるものばかりなので俺は結構な時間歩けていた、夢の中なので時間の感覚は曖昧だが。

しかしそれと同時に後ろの影の存在感のようなものが増しているような気もして俺はそれと距離を離そうと少し早歩きになると、次の瞬間には後ろからガバッと身体全体が黒いモヤに覆われる。

振り切ろうとしてもその黒いモヤは俺の身体をがっしりと抑えている、まるで後ろから抱き締められているかのような感触さえある。

『――――――。』

後ろからなにか小さい音が聞こえる、俺は耳を澄ましそのかすれるような小さな音を必死に聞き取ろうとする。

『ど―――――。』

声だ。
音だと思っていたものは声だった、なにかを話している。

『ど――て―――の。』

その声は段々と大きくなっている。いや、違う。
声が段々と近づいてきている、声が俺の耳に近づいてきている。
今まで受けたことの無い影のアプローチ、俺は恐怖のあまり目をギュッと瞑る。

そして―――。

『どうして逃げるの。』

声が俺の耳元で囁かれた瞬間、夢の世界の俺の意識が暗闇に消えていく。

ーーーーー
ーーー
ー
・・・

『―――ちゃん。』

暗く薄い意識の中で声が聞こえる。

『―――いちゃん。』

今度は声と一緒に身体をユサユサと優しく揺すられている。

『――にいちゃん。』

この声にはちゃんと聞き覚えがある。

『お兄ちゃん！』

可愛い妹の声だ。

何度か呼ばれていたであろう俺は目を開け、ゆっくりと身体を起こし妹に声をかける。

「おはよう、紅葉ちゃん」

それを聞いた妹は『ふぅー』と満足気ながらも小さく息をつき。

「おはようお兄ちゃん、今日はお出かけでしょ？朝ごはん出来てるから降りてきて」

そう言いながら妹は部屋の閉じていたカーテンを開ける、窓からは春の陽射しが部屋に入ってきて明かりも点けず薄暗かった部屋を明るくする。

「あーもうこんな時間か、短かったなぁ。春休み」

携帯電話で時間を見て小さくため息をつく兄に妹は。

「明日からは私と青葉ちゃんもお兄ちゃんと同じ高校だよ、可愛い妹と一緒に登校出来るの嬉しいでしょ？」

あ、自分で『可愛い』言うんだ。

「じゃ、お兄ちゃんも起こしたし。私は降りるけどお兄ちゃんも早く降りてきてね、朝ごはん冷めちゃうから」

兄が『わかった』と返事すると妹は笑みを浮かべながら部屋から出ていく。

俺はベッドから立ち上がり妹がカーテンを開けてくれた所の窓を開ける、すると今度は陽射しと共にそよそよと優しい風が部屋に入ってくる。

その風に吹かれながら、俺は昨晩の夢のことを考えていた。

あの夢を見るようになったのは俺がだいぶ小さい時だった、公園で遊んでいた俺は『ある事故』に巻き込まれ意識不明の重体だったらしい。

不思議なことにその時の俺の服は切り裂かれ、血も結構な量付いていたのに俺本人に傷は見当たらなかったらしい。

意識が戻った後も普通に日常生活を過ごしていたことで、予定よりかなり早めに退院した。

意識を失っていた俺は、もうその時には『あの夢』を見ていた。

最初は怖い夢と思っていたが、幾度と見るこの夢に何か意味があるのではないかと意識した『夢の中の俺』はその意味を探してはいるものの、元々がなにもない白い空間で黒い影に妙に熱烈なアプローチを受ける。

そしてその時と同時に俺の身体も変化していた、左眼が開いている時に意識を集中させて人を見ると、その人の周りにボヤッとあの夢に出てくる影のようなものが視える。

それほど意識しなければ影は見えず日常生活にもなにも影響はない、この眼のことは家族では親は知っているが妹達は知らない。

ーーーなにはともあれ、降りるのが遅いと妹達に怒られそうだな。

と、そう考えながら『ふふっ』と小さく笑い窓を閉めると、俺『長門 千歳《ながと ちとせ》』は扉を開けて部屋から出る。