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光が一切届かぬ闇の中、伊邪奈美命は目覚めの時を待っていた。伊邪奈美命に憑依された若葉の手によって命の危機に瀕した紗奈の意識は深淵へと堕ち、そこにいた伊邪奈美命と言葉を交わしたのである。
疑念を抱きながらも『救ってやろう』というこの言葉を信じた紗奈は意識を手放し、身体───器の主導権がイザナミに握られてしまう。身体を手にしたイザナミは喜びに震えながら現世へと覚醒し、千歳と対峙した。
身体に纏っていた黒い影は鎮まり、若葉は気を失って倒れていた。イザナミが手をかざすと身体から黒い影が溢れ出し、球状となって周囲に浮かぶ。そしてイザナミが指を鳴らすと多彩な軌道を描きながら千歳へと襲いかかった。
そこへ煌びやかに輝く石が飛来し、イザナミが放った球状の影を弾き飛ばした。そして千晶が千歳のもとへ歩み寄る。
「千歳、お前は休んでろ・・・っていうのは無理だよな」
変貌した紗奈を前にして千歳がじっとしていられるはずもない。そのことは千晶も理解していた。千晶は黄金の魔力を纏い、周囲には無数の宝石が浮かび上がる。両眼が金色に輝き、足元にも黄金の魔法陣が浮かび上がった。
「璧立千刃───!」
千晶の詠唱により、周囲に浮かぶ宝石は豪華な装飾が施された武器に姿を変えた。見慣れぬ光景に千歳たちはもちろんのこと、天翁の同志である魁たちも戸惑いながら周りを見渡す。その中で天翁と伊邪奈美命だけが悠々と眺めていた。
まだ千歳たちに正体を明かしていなかった頃、万歳を通じて開賀家の御隠居である鐘理と交友を築いていた。鐘理は開賀家に伝わる秘術、地皇権唱を使える傑物であった。話には聞けども実際に目にするのは初めてのことであり、その煌びやかさに天翁は息を呑んだ。
「なるほど、これは壮観なり・・・」
─────
───
─
関西で活動する講談師、彼はこの日も釈台の前に座り、張り扇と拍子木で机をひとつ叩くと観客に向けて一礼をした。
「さて、本日みなさまにお話し致しますはかつてこの地を統治していた偉大なる王のお話でございます。」
そして講談師はいつもの調子で伝話を人々に語っていく。
───遥か昔、我々人間の敵が人間だけでは無かった頃にその王はいました。
若くして王座に就きましたが類稀なる才覚と人徳を持ち合わせた、まさに"なるべくして王になった"と王は国民たちに慕われておりました。
豊かで様々な品が出揃う商いが盛んであったこの国には敵国の兵士や金品目当ての盗賊、さらには人間の肉を食らう魔物や妖魔といった者たちが度々攻め入りました。
人々の中には恐怖に怯え、商いをやめようとする者や勇敢にも戦おうとする者もいました。
ある日、魑魅魍魎の群れが国に向かってきているという報せを聞き、人々は鎧を着て武器を持ちました。自分たちの生活を、この国を守るために勇気ある者が立ち上がったのです。
しかしそこへ突如として王が姿を現したではありませんか。人々は戸惑いながらも跪き、お辞儀をしました。そして王は歩を進めながら民たちへこう告げます。
『鎧を脱ぎ、武器を捨て、商いを続けよ。』と───
王はあろう事か門を抜け、国の外に出ました。目の前には魑魅魍魎の群れが国に向かって行進してくるのが見えます。王の護衛である兵士は恐怖に震えました。しかし前に立つ王は悠然と魔物の群れを見詰めながら手を前にかざします。
すると王の身体から金色の光が溢れ出すと周りに渦を巻き、足元には黄金の文字の羅列が浮かび上がりました。そして周囲には宝石を思わせるような煌びやかな石が漂いはじめ、王が言葉を紡ぎますればその無数の宝石は剣や槍、斧といった武器に形を変えたではありませんか。唖然とする兵士をよそに、王は武器を手にすると人外の群れに向かって駆け出します。
王は次々と魑魅魍魎どもを斬り伏せ、さらには周囲を浮かぶ無数の武器も雨のように降り注ぎます。これにはたまらず魑魅魍魎の群れは蜘蛛の子を散らすかのように逃げていきました。
王が起こした奇跡をただ見ることしか出来なかった兵士はこう語りました。"大地が王の剣となった"と───
国と民を脅かした魑魅魍魎を退け、帰還した王を人々は讃えます。それから民たちは王を"地神"と崇め、王の紡いだ言霊を"地神権唱"と称してさらに讃えました。
大地を従えしその詠唱、名を"璧立千刃"。豪華絢爛、その輝きはあらゆる宝石にも勝るものなり。
─────
───
─
「よもや、鐘理の他にあの言霊を唱えられる者がいようとはな・・・」
若くして地皇権唱のひとつ、璧立千刃を唱えられる千晶の才覚に天翁が舌を巻いた。千晶は秋水を杖がわりにしてなんとか立ち上がった千歳に声をかける。
「千歳、椎名さんを元に戻せるのはお前だけだ。俺がなんとかして隙をつくる。」
「・・・すまん、頼む。」
千歳は呼吸を整え、体力の回復に努めながら歪な笑みを浮かべる紗奈を見詰めた。
(待っててくれ、紗奈ちゃん。すぐ迎えに行くから・・・!)
疑念を抱きながらも『救ってやろう』というこの言葉を信じた紗奈は意識を手放し、身体───器の主導権がイザナミに握られてしまう。身体を手にしたイザナミは喜びに震えながら現世へと覚醒し、千歳と対峙した。
身体に纏っていた黒い影は鎮まり、若葉は気を失って倒れていた。イザナミが手をかざすと身体から黒い影が溢れ出し、球状となって周囲に浮かぶ。そしてイザナミが指を鳴らすと多彩な軌道を描きながら千歳へと襲いかかった。
そこへ煌びやかに輝く石が飛来し、イザナミが放った球状の影を弾き飛ばした。そして千晶が千歳のもとへ歩み寄る。
「千歳、お前は休んでろ・・・っていうのは無理だよな」
変貌した紗奈を前にして千歳がじっとしていられるはずもない。そのことは千晶も理解していた。千晶は黄金の魔力を纏い、周囲には無数の宝石が浮かび上がる。両眼が金色に輝き、足元にも黄金の魔法陣が浮かび上がった。
「璧立千刃───!」
千晶の詠唱により、周囲に浮かぶ宝石は豪華な装飾が施された武器に姿を変えた。見慣れぬ光景に千歳たちはもちろんのこと、天翁の同志である魁たちも戸惑いながら周りを見渡す。その中で天翁と伊邪奈美命だけが悠々と眺めていた。
まだ千歳たちに正体を明かしていなかった頃、万歳を通じて開賀家の御隠居である鐘理と交友を築いていた。鐘理は開賀家に伝わる秘術、地皇権唱を使える傑物であった。話には聞けども実際に目にするのは初めてのことであり、その煌びやかさに天翁は息を呑んだ。
「なるほど、これは壮観なり・・・」
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関西で活動する講談師、彼はこの日も釈台の前に座り、張り扇と拍子木で机をひとつ叩くと観客に向けて一礼をした。
「さて、本日みなさまにお話し致しますはかつてこの地を統治していた偉大なる王のお話でございます。」
そして講談師はいつもの調子で伝話を人々に語っていく。
───遥か昔、我々人間の敵が人間だけでは無かった頃にその王はいました。
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豊かで様々な品が出揃う商いが盛んであったこの国には敵国の兵士や金品目当ての盗賊、さらには人間の肉を食らう魔物や妖魔といった者たちが度々攻め入りました。
人々の中には恐怖に怯え、商いをやめようとする者や勇敢にも戦おうとする者もいました。
ある日、魑魅魍魎の群れが国に向かってきているという報せを聞き、人々は鎧を着て武器を持ちました。自分たちの生活を、この国を守るために勇気ある者が立ち上がったのです。
しかしそこへ突如として王が姿を現したではありませんか。人々は戸惑いながらも跪き、お辞儀をしました。そして王は歩を進めながら民たちへこう告げます。
『鎧を脱ぎ、武器を捨て、商いを続けよ。』と───
王はあろう事か門を抜け、国の外に出ました。目の前には魑魅魍魎の群れが国に向かって行進してくるのが見えます。王の護衛である兵士は恐怖に震えました。しかし前に立つ王は悠然と魔物の群れを見詰めながら手を前にかざします。
すると王の身体から金色の光が溢れ出すと周りに渦を巻き、足元には黄金の文字の羅列が浮かび上がりました。そして周囲には宝石を思わせるような煌びやかな石が漂いはじめ、王が言葉を紡ぎますればその無数の宝石は剣や槍、斧といった武器に形を変えたではありませんか。唖然とする兵士をよそに、王は武器を手にすると人外の群れに向かって駆け出します。
王は次々と魑魅魍魎どもを斬り伏せ、さらには周囲を浮かぶ無数の武器も雨のように降り注ぎます。これにはたまらず魑魅魍魎の群れは蜘蛛の子を散らすかのように逃げていきました。
王が起こした奇跡をただ見ることしか出来なかった兵士はこう語りました。"大地が王の剣となった"と───
国と民を脅かした魑魅魍魎を退け、帰還した王を人々は讃えます。それから民たちは王を"地神"と崇め、王の紡いだ言霊を"地神権唱"と称してさらに讃えました。
大地を従えしその詠唱、名を"璧立千刃"。豪華絢爛、その輝きはあらゆる宝石にも勝るものなり。
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「よもや、鐘理の他にあの言霊を唱えられる者がいようとはな・・・」
若くして地皇権唱のひとつ、璧立千刃を唱えられる千晶の才覚に天翁が舌を巻いた。千晶は秋水を杖がわりにしてなんとか立ち上がった千歳に声をかける。
「千歳、椎名さんを元に戻せるのはお前だけだ。俺がなんとかして隙をつくる。」
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