Starlog ー星の記憶ー

八城七夜

文字の大きさ
89 / 93

Road V

しおりを挟む
 二人の前に大きな扉が現れ、紗奈さながドアノブに手を伸ばすと背後から黒い影がその手首を掴んだ。千歳ちとせが後ろを振り返ると真っ白だったこの空間を黒い影が侵蝕しており、そこから黒い影が蔦のように伸びてきて紗奈の脚や腕、身体に絡みつく。

 千歳は影を取り払おうとするが影の蔦は離れず、引きちぎれもしない。千歳がふと刃物をイメージすると1本の刀が現れた。鞘に納まっておらず柄も鍔も着いていない、刃となかごが剥き出しのその刀を手にした千歳は紗奈の身体から影の蔦を切り離す。すると黒い影が人の形を成し、イザナミの姿になると二人の前に歩み寄ってきた。

長門ながと、なぜ紗奈をこの奈落から現世うつしよへ連れ戻そうとする?』

 イザナミの問に千歳は不安そうな表情の紗奈を抱き寄せる。そして───

「俺の大切な人だからだ」

 そう答えながら千歳は刀の切っ先をイザナミに向けた。

『それでお前が───共に闇へ堕ちようともか?』

「俺は紗奈ちゃんの傍にいる。闇の中でも、奈落の底でも。ずっと・・・!」

 その言葉に紗奈はギュッと千歳を抱きしめる。イザナミは不気味な笑みを浮かべながら後ろを振り返り、闇の中へと歩いていった。

『ならばせいぜい足掻くがいい───"人間"』

 不穏な言葉を残しながらイザナミは姿を消し、紗奈が千歳の身体から名残惜しそうに離れる。そして扉のドアノブを握りしめ、紗奈が扉を押し開けると二人は扉の外へ足を踏み出した。

─────
───


 千歳の意識が覚醒すると紗奈の身体から力が抜けて倒れそうになり、千歳はそっと彼女の身体を抱きかかえる。そして目を覚ました紗奈の視界には千歳の顔とあの闇の中には絶対に無いであろう青空が映り、彼女は自分が現世に戻ってこれたのだと安堵した。

「紗奈ちゃん・・・?」

 千歳が確かめるように紗奈の名前を呼ぶと彼女はニコッと優しく微笑み、眼からは涙が流れる。

「ただいま・・・!」

 紗奈の言葉を聞いた瞬間、感極まった千歳は彼女の身体をギュッと抱きしめる。一瞬苦しそうな声をあげた紗奈であったがその表情はとても穏やかなものであった。

「魁よ、人間を侮蔑するがあまりあの童を過小評価していたようだな」

 そう言って天翁てんおうがジロっと睨むとかいは『バカな』と狼狽えており、天翁はひとつ呆れたようなため息をつくと視線を千歳に移した。

長門ながと 千歳ちとせ、よもや"奈落"に堕ちた意識を現世に覚醒させるとはな。彼奴きゃつもまた紛うことなき英傑の者、おぼろの言う通り同志として引き入れておくべきであったか・・・」

 天翁はそう言って千歳と紗奈のもとへと霧と共に現れ、千歳は紗奈の身体から腕を離して身構える。

「此度はここまでだ」

「え・・・?」

 突然の言葉に戸惑う千歳をよそに天翁は後ろを振り返ると霧と共に消え、次の瞬間にはもといた場所へ戻っていた。そして指で空間を撫でると裂け目を出現させ、帰還しようとするが魁が背後から天翁を呼び止める。

「天翁、お待ちを!ここで私が人間を───長門を屠って見せます!」

 魁の言葉に再び呆れたようなため息をついた天翁は後ろを振り返り、眼から不気味な眼光を瞬かせながら魁を睨んだ。

「大義を見失うな、あやつらを屠ることなど造作もないことだ」

「では───!」

「儂が恐れているのは"万が一"というものだ。それが起こった時、儂らの計画が頓挫するかもしれんからな。」

 天翁の言葉を聞き、魁は口惜しげに『わかりました』と頷く。そして天翁が空間の裂け目に消えていき、魁と他の同志二人もそれに続いた。最後に残った朧がどこか誇らしげな表情を浮かべながら千歳にお辞儀をして裂け目の向こうへと足を踏み入れると空間の裂け目が閉じ、危機は去った。千歳たちは安堵感のあまり大きなため息をつきながらその場に座り込んだ。

空を仰ぎ、ひと息つきながら璧立千刃へきりつせんじんを解いた千晶は真っ先に桐江きりえのもとへと早足で歩み寄る。

「桐江、生きてるんだよな?幽霊とかじゃないよな?」

「な、なにを仰っているのですか?坊ちゃん・・・?」

 幻覚を見たあとなので千晶は確かめるように桐江の頭を撫でたり腕をプニプニと触り、脇腹を突っつくと桐江がくすぐったそうにしている。そして千晶の手が脚に触れそうになったところで桐江の平手打ちが千晶の頬に直撃し、小気味のいい音を響かせた。

「生きてるに決まってるやろなにしてんねんアンタは!」

「ぐはぁ!」

 声を上げて倒れる千晶を見た桐江は我に返り、慌てて千晶に駆け寄った。

「も、申し訳ありません坊ちゃん!でも本当にいったいなにを───」

 桐江は千晶が腕で顔を隠しながら泣いている事に気づきギョッとする。

「よかった・・・桐江・・・生きててくれて、本当によかった・・・」

 声を殺して泣いている主人を見た桐江は『ふぅ』とひと息つくと千晶の頭をポンポンと撫でた。

「桐江はいつも、坊ちゃんの傍におりますよ・・・」

 千晶がいったいなにを見たのか、桐江は知らない。ただ今は思う存分泣かせてあげよう。桐江は千晶が身体を起こすまでの間、ずっと頭を撫でていた。

 息子たちの奮闘を見届け、全員無事であることに安堵しながら、事態を収束させた者が自分たちではないことを玄信はるのぶは情けなく思っていた。ポケットに入っているスマホから着信音が鳴り、玄信は画面の応答ボタンをタップすると耳に当てる。

「もしもし、長門です」

『状況終了、総員直ちに帰還せよ』

 無機質な声でその一言だけ告げられると電話が切れ、玄信はスマホをポケットにしまうと息子のもとへと歩み寄る。千歳が立ち上がろうとするのを『そのままでいい』と制止し、自身の状況をどう説明したらいいものか悩んだ。

「千歳、父さんな───」

 意を決した玄信が千歳に話そうとすると千歳が『父さん』と、玄信を呼んで言葉を遮る。

「いいよ、今はまだ聞かない」

 千歳は星霊せいれいであるナガトと戦うことを家族に話していなかった。そんな自分に父親の秘密を聞く権利があるものか、その思いから出た言葉であった。

「・・・そうか」

 玄信もまた、千歳の気遣いを甘んじて受けることにした。息子の成長を喜びながらも同時になにか寂しさのような感情が芽生える。

 こうして千歳と玄信の親子2人は別々の帰路に着いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...