悪い魔法使い、その愛妻

井中かわず

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変化、恋

3

この家での生活が慣れてきた頃、
ナイトドレスや指輪のお礼にヨルアにパイでも焼こうと、キルケとキッチンで生地を作っていた。
何も持たない私には、そのくらいしかお礼の術がない。
案の定と言おうか、釜はピカピカで一度も使われた形跡がなかった。
キルケは普段魔法で焼いているのだろう。

「魔法というのは便利ですね。
いいなあ、私にも扱えたら…」

「ホホホ、でも慣れるのには結構時間がかかるんですよ?
私なんぞ何度料理をケシズミにしたことか」

「その辺りは普通のお料理と同じなのですね」

冷やした生地を型に入れ、摘んできた野いちごのコンポートを流し込む。
生地で蓋をし、飾り付け、釜も熱が上がりきった、さあ、あとは焼きあがるのを待つだけ…

となったとき、コンコンと戸を叩く音がした。

「来客の予定はないはずなのに…」

そう独り言を言いながらキルケが戸を開く。

「あらあら、甘い良い香りねえ」

甘いくすぐる柔らかな声、
純白の魔法使いがそこには立っていた。
私は驚いた。
まさか王宮付き魔法使いに、もう一度お目にかかることがあろうとは。

「エデンピト様…
何用でございましょうか?」

キルケはやけに警戒したように、低い声でそう尋ねた。

「ヨルアが身を固めたって聞いたからお祝いにきたのよ」

そう言いながらリボンのついた箱を渡す。
キルケは睨み付けながらおずおずとそれを受けとる。

「それなのに、お茶のひとつも出してくれないの?」

彼女はコツリ、と一歩踏み出しキルケを威圧する。

「…。
こちらへどうぞ。今、ご主人様を呼んで参ります」

「弟子も来てるの。いいかしら?」

「どうぞ」

キルケは嫌々を隠そうともせずに中に案内する。
その後に続いてきたのは…

「…!アリアス様…!」

懐かしの坊っちゃんであった。
懐かしいと言っても数週間の話ではあるが。
この短い間で顔つきが変わられたようだ。少し大人びて感じる。
彼は私を見ると、他人行事に会釈をした。

「貴女が奥様?
私の弟子をご存じなの?」

彼女はどうやら私のことを覚えていないらしい。
まあそれもそうか。
一度会ったきりだし会話もしていない。

「申し遅れました。
ヨルア・ルウの妻、リコと申します」

「私は王宮付き魔法使いのユヒア・エデンピト…と思ったら、あら、貴女あのときのメイドさんね?
ふうん…」

意外なことに私のことを思い出した彼女は不敵な笑みを浮かべてアリアスをチラリと見てから「よろしくね」と言った。
そのとき、バタン!と荒々しい音を立てて仕事部屋からヨルアが出てきた。
見たことのないほど鋭い表情だ。
自分に向けられているわけでもないのに、私は怯んでしまった。

「何のようだ」

鳥肌が立つほど冷たい声で言い放つ。

「お祝いに来てあげたんじゃない」

しかし、ユヒアは臆することもなく飄々とした様子で受け応えている。

「そんなものは頼んでない」

「国王陛下も祝意を表していたわよ」

「…」

国王陛下とヨルアは知り合いなのだろうか…?

「それにしても…随分若い奥様ね」

エデンピトは足音を立てずに滑るように側にやってきた。その細く美しい白魚のような指で、私の頬を撫でる。
相手は女性だと言うのにドキリとしてしまった。

「まだ少女のようにあどけない…寝具の上でもさぞ可愛いらしんでしょうね」

そんなことを言われて堪らずに赤面する。
そんな私の腕をヨルアはぐっと掴んで引き寄せると肩を抱いた。

「妻に触るな」

「ふふふ、そうして並ぶとまるでバランスが悪いのね。まさに獣と少女。
うちのアリアスのほうがお似合いなんじゃないの?」

「お、お師匠様、お止めください」

やっと口を開いたアリアスは顔を赤くしながらそう言った。

「その弟子、誰かと思ったらあの時の小僧か」

「えぇ、貴方の使い魔を殺しちゃうようなところが気に入って弟子にしたの。
でもまあその件も今となっては良かったじゃない。お陰でそんな可愛い奥様が手に入ったのだから」

「お茶でございます」

ピリピリとした空気が息苦しくなっていたところにキルケがお茶を持ってきた。
私はやっと、呼吸する暇が出来た気がした。
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