市役所妖怪返送担当『怪し課』

Win-CL

文字の大きさ
3 / 6
狐輪車

狐輪車【前編】

しおりを挟む
 ――夢を見た。とても不思議な夢だった。

 幼い頃の私が、真っ暗な場所で、誰かに手を引かれ、どこかへと連れて行かれる夢だった。それを今の私が俯瞰でただ眺めているだけの夢。

 夢の中の私は、とても幼ない。身長からして幼稚園に入ったかどうか、というところ。ただ引かれるがままに、その誰かについて歩を進めていく。

 辺りは真っ暗で、光源なんて無いはずなのに。それでも、その誰かの姿ははっきりと見えている。着物を着た女性のようだった。

 雅な黒い着物を着て。白く透き通った髪の毛。
 家族や知り合いの中で、そんな女性を見たことない。

 それなのに、母親ではないその女性に何の疑いを持たぬまま。
 小さな私はまるで疑いを持たず、黙って付いて歩いていく。

 何も、何もない、真っ黒な世界の中で、たった二人きり。

 夢の中の私は、どこに向かうのかも分からない状態なのだろう。――時たま隣の女性の顔を、様子を窺うようにして見上げている。

 歩きながら見上げ、見上げながら歩いて。

 延々とそれの繰り返し。次第にぼんやりとしていく意識の中、黒い着物に刺繍ししゅうされた、花の柄だけが印象に残っていた。





「……ん゛ん゛」

 ――ベッドの上、じんわりとした暑さの中、目が覚める。

 冬用の掛け布団からタオルケットに代えたのが、いったい何ヶ月前だっただろうか。それでも、エアコンと扇風機を併用しなければ、茹だってしまうような暑さだった。

 目覚まし時計を見ると午前六時前。今の生活リズムが完全に馴染んでしまったため、目覚ましをセットした時間の少し前には目が覚めるようになっていて。時間にまだ余裕があるからと寝起きのぼんやりとした頭で、先ほどまで見ていた夢で何か覚えていることは無いか記憶を手繰り寄せてみる。

「……誰だったんだろう」

 ……夢の中では、結局どこにも着かないままだった。
 疲れて立ち止まるようなこともない。ただ延々と歩くだけの夢。

 女の人の顔はおろか、その着物にも見覚えが無い。

 ――黒い地色の生地には、花の刺繍があっただろうか。
 橙色の細長い花弁が六枚あり、雄蕊おしべがぴょんと飛びだした花の刺繍が。

 流石に形を見ただけで花の種類が分かるほど、私も造詣ぞうけいが深いわけじゃない。せいぜい春の七草、秋の七草を覚えるぐらいが関の山だ。

 決して着物が特徴的だったからというだけではないけれど、雰囲気が普通の人とは違うな、という印象だけはあった。それでも、怖いといった印象は無かった。

 ……夢の中でのことだから、あんまり信用できないけど。





「着物を着た女の人に連れていかれる夢を見た?」
「……はい。なんだか不吉だなって」

 たかか夢の話と割り切ることもできず、事務所につくなり中で寛いでいた先輩に相談してみる。夏場ということで、こたつはしまって扇風機が出されていた。……こんな隅っこの、物置から一つグレードが上がったような部屋には、エアコンなんてものは存在していなかった。

「……予知夢かね?」
「でも、夢の中の私は小さかったんですよねぇ」

 予知なら成長した姿とか、せめて今の姿で出てくるのでは?
 それに手を引かれているだけとか、いったい何を予知しているのだろう。

「んー、さっぱり分からん! あ、ちょっと待っとって。今から朝飯にするけぇ」
「またカップ麺ばかり食べて……」

『着物……着物ねぇ』と、着物なんて雅さとは程遠い先輩が呟く。ジャージ姿で、夏にもかかわらず、熱々のお湯をカップに注いで……こんな日ぐらい、コンビニでもスーパーでも行って、ざる蕎麦でも買えばいいのに。

 そんなこんなで乾燥麺が茹で上がるまでの三分。短いようで長い時間を待つ間に、市役所内で噂になっていたことを話題に出してみる。

「……で、この間話してたことなんですけど――」
「嫌な予感がするってやつかね?」

 これは夢とは別の話。
 嫌な予感、というよりも実際に嫌な状態に陥っていると思う。

「だって……ここ最近、災害とか、異常気象とか、多くないですか? それに伴って事故や事件だって……」
「今月だけの数字を見たって、何か分かるわけでもないじゃろ。」

 毎日毎日テレビを付ける度に、『数十年に一度の~』というテロップと共にニュースで流れているのだから不安にもなってくる。

 この季節になると、外出率も増え、それに伴い事故なども増えており、それだけ人身にも影響を与えるのは間違いない。冬場に比べれば火事という話は殆ど聞くことはないし。水害もまだ本格化はしていない。でも――

「ぜったい、なにか妖怪と関係がありますって! なんだか、へんな“おまじない”が流行ってるって、ネットでも密かに話題に出てますし」
「はぁ、ネット」

 魔除けだというけども、とってもシンプルなもので。十字路の角四つに丸い石を置くだけのものだった。……お店の軒先に塩を盛っておくのと似たようなものなんだろうか。そんな子供でもできるようなおまじないが、なぜか今、市内の各所で流行っているらしいのだ。

「そんなもので厄が防げりゃ苦労はせんけどねぇ」
「やっぱり効果がないんですか……」

 そんな簡単なことで効果が出るのなら、昔から伝わってきていただろうし、大方どこかの子供がいたずら半分に広めているのだろう、というのが先輩の考えだった。

 不幸続きの今の状態のおかげで、こういったものが広まってしまう。蔓延まんねんしてしまう。蔓延はびこってしまう。ものの真偽を確かめることなく、繁殖・増殖させてしまうからネットは好かないと先輩は言う。

「……本当に何もしてないんですか?」
「なんでも妖怪のせいだと疑うのは良くない。なんにもして無いのに疑われるのは、自分だって気分が悪いじゃろ?」

 “妖怪”が動くときに、そこに善悪の意識はない。ただのシステムだと思えばいい。『怪し課』はそこれ起きたバグを取り除き、正常にするためにあるのだと。

 ……初めて自分の所属している課の存在理由を聞いた気がする。





  ――そんな話をした矢先だった。やはり、これが予知というやつなのだろうか。それとも“言霊”というものが本当にあって、私が口にしたから起きたことなのだろうか。

「……先輩、あれ――」

 ……道端に、家の前につける形で、白いワゴン車が一台止まっていた。『訪問診療』と車体の横に文字がプリントされており、下にはクリニックの名前も出ている。

 ヨネさんという、高齢のおばあちゃんが娘家族と住んでいる家だった。

 最近は寝たきりになって、残された時間もそうないと言われていたのは私も記憶に新しい。その車以外は何一つ変りの無い、いつも通りの平穏を保っている街並みに、どこか不安を覚えた。

 ……先輩ならともかく、私じゃまだ見えないのかもしれない。もしかしたら本当に、本当に先輩の言うとおり妖怪の仕業じゃないのかもしれない。

「――え」

 閉まっている門扉から突然、。私が小学生の頃は猫車と呼ばれていただろうか。前部にタイヤが一つだけ、後部からは持ち手が伸びていて。それを押しているのは――

 花の柄の付いた黒い着物を来た人だった。だけれど夢で見たのとは少し違い、はっきりと彼岸花があしらわれていた。その服装、顔立ちから女性であることは分かる。

 そして、それが人でないことも明らかだった。
 着物で手押し車を押す、という光景のアンバランスさもあったかもしれない。

 その上には人が載せられており、膝を抱えるようにして横たわっている。……白装束を来たヨネさんだった。その異常な光景に、思わず飛び出す。

「ヨネさん!? ――っ!」
「待ちぃ! 手を出したらいけん!」

 先輩が走り出そうとした私の腕を掴む。何で!?

「このままじゃ、ヨネさんが妖怪に連れていかれちゃうんですよ!?」
「……もう助からん」

 私を制止した先輩の表情は暗く、そして悲痛な色をしていた。
 唇を噛み締め、絞り出すように呟かれた言葉に耳を疑う。

「……え?」

 ―助からないと、そう聞こえた気がした。
 聞き間違いなどではなかった。

 ざわりと、背筋が冷える感覚。
 嫌な、嫌な予感がした。

「あれは――元は化け猫の妖怪で、火車《かしゃ》って呼ばれとる。ああして、死んでいく人の魂を、死後の世界へ連れていくんよ。昔は死体を盗む妖怪とされとったけど、今ではただの魂の運搬係。そこに悪意はいっさい無い」

「そんな……! なんとかならないんですか!?」

 懇願する私に対して静かに首を振る先輩。妖怪に連れていかれないよう、止めることができれば助かるのではないか、というと『根本からして間違っている』と諭された。

。そういうんだったら、分かるようになっとる。それだけは断言できる」

 ――死んでいく人の魂。既に肉体の死が決まった魂。
 
「あの妖怪を止めるのは、人の手では無理なんよ。仮に死ぬことが決まっている魂を連れていくことを防いだとしても、帰る所を失っている魂は永遠に彷徨うことになってしまう。それこそ、奇跡でも起きない限りは助かりはせん」

 死んでしまう事実は覆ることは無いと先輩は言った。

「ヨネさんはもう長くなかった。寿命じゃけぇ、天命には誰も逆らえん。家族も看取る準備はしとったじゃろ。……ほら、戻らんと」
「……はい」





 ――半分放心状態で。気が付いたときには、家の玄関扉を開けていた。

 数字の上では、毎日、毎分、毎秒。この世界のどこかで、誰かが命を落としている。そんなことは頭では分かっていたけど。今日、その数字が一つ増えただけだけれど。眼の前で失われていくのを見た、というのは少なからず私の心にダメージを与えていた。

 その日は辛さを胸に宿したまま、家へと帰り――風呂場で一人、涙を流した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ほんわかさん

俊凛美流人《とし・りびると》
キャラ文芸
ふと、心が疲れたときに現れる小さなお店「ほんわか堂」 そこでは、お悩みをそっとこぼすかわりに、ちいさな「おくり物」が手渡されます。 お店に訪れるのは、人生に少しだけ立ち止まった人たち。 夢に迷う人、恋に傷ついた人、忙しい日々に埋もれてしまった人…… 小説『ほんわかさん』は、そんな“悩みとやさしさ”を集めたお話です。 どのお話から読んでもお楽しみ頂けます。 「ほんわか堂」は、今日もふわっと、あいています。 ──あなたの心にも、そっと灯りがともりますように…。

処理中です...