孤高のミグラトリー 〜正体不明の謎スキル《リーディング》で高レベルスキルを手に入れた狩人の少年は、意思を持つ変形武器と共に世界を巡る〜

びゃくし

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第六十七話 日常と手掛かり

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 騎士団総本部を訪れてから数日後。
 学園の授業も終わり帰る支度も済んだ頃。

「ねぇ、この後の予定って空いてる?」

 明るい笑顔で話しかけてきたのはマルヴィラだった。

「良かったら帰りにお父さんのパン屋さんに寄っていかない?」

「……マルヴィラは確か学園の寮に住んでるんだよな。今日は実家に帰るのか?」

「うん、そうなんだけど、ミケランジェにお父さんがパン屋さんをやってるって言ったらどうしても行きたいっていうんだぁ。だから、エクレアちゃんとそのお兄さんも誘おうと思って」

 エクレアはすでに誘っていたらしく、視線を向ければコクリと頷いて肯定する。

「セロ君も誘ったんだけど今日は都合が合わなかったんだぁ。あ、ミケランジェ、こっちこっち!」

「エクレにゃのお兄さん! 今日はよろしくにゃ!」

(妹様のことをエクレにゃなんて呼んでよく睨まれないよな)

 このハイテンションでやたらとフレンドリーな猫獣人の少女はミケランジェ・カイル。
 獣人らしく頭部には猫の耳が二対、腰の辺りからは尻尾が生えていて、スラッとした体型をしている。
 カイル男爵家の娘で同じクラスの一員。
 そして、銃の天成器の持ち主でもある。

「も~、また語尾ににゃをつけてるの~」

「ファンサービスだから仕方ないにゃ。ジセルもファンサービスは大切だと思うにゃよね」

 ミケランジェは自らの左手の二重刻印に向けて話しかける。

「いや~、オレはどっちでもいいかな~なんて」

「そんなことないにゃ! とっても大切にゃ!!」

「あーはいはい、オレが悪かったよ」

 ジセルさんは陽気なお兄さんのような性格で、少し強引なところのあるミケランジェを宥めるように話すことが多い。

 そういえば、初対面のときはこの語尾を猫獣人特有のものなのかと思っていたけど、どうやら違うらしい。
 彼女いわくファンサービスの語尾付けは、その日の気分で結構変化する。

「マルヴィにゃのお家楽しみだにゃ」

「そ、そう? でも普通のパン屋さんだよ」

「私、いっつもパンの耳ばっかりにゃから、すっごく楽しみにゃ!」

(パンの耳?)

「早速マルヴィにゃのお家に出発にゃ~~!!」

(ファンサービスだからかにゃをつける場所が多いんだよな)

 



 マルヴィラの実家であるパン屋は学園からそれほど遠くない位置にあった。
 ただし、王都の住民のためのお店なので第一障壁内部の城下町にあり、徒歩だと少し時間がかかる。

 そのため、普段は学園に登校する際は徒歩で通っているけど、エクレアがイクスムさんに頼んで馬車を用意してくれた。
 イクスムさんを加えた俺たちはそれに乗ってマルヴィラの実家に向かうこととなった。

 学園からしばらく歩き、馬車に乗ったあと十数分。
 王都に流れる川の近くにそのお店はあった。

 看板には大きくトレイミーベーカリーの文字。
 自宅兼お店なのか二階建ての建物で、一階は木目の綺麗に見える外壁があり、驚いたことにお店の前面の多くがガラス張りになっており、中の様子が簡単に窺える作りになっていた。
 さらには、お店の側面の一角にはテーブルと椅子が設置されていて、屋根付きの屋外での食事もできるように配慮されていた。

(綺麗でいいお店だな。アルレインにもこんなお洒落な店はなかったぞ)

「お父さーん、帰ってきたよーー!」

 元気よくマルヴィラが木製の扉を開ける。
 その声を聞いてお店の奥の工房から姿を現したのは、白い調理服に身を包んだ男性だった。 

「マ、マルヴィラなのかい。連絡がなかったからビックリしたよ。ああでも、よく帰ってきてくれたね。お父さんは嬉しいよ」

「ごめんね、お父さん。ねぇ、今日は友達を連れてきたんだ! ほらみんな、入って入って!!」

 マルヴィラの紹介を受けてお店に入る。
 途端にフワッと小麦のいい匂いが鼻孔をくすぐる。

「ふぁ~~、凄いいい匂いにゃ~~」

 獣人の嗅覚は鋭敏なはずだから、ミケランジェには刺激が強かったようだ。
 目をキラキラさせながら店内を見渡し、棚に並んだ数々のパンを眺めている。

「彼女たちがマルヴィラの友達……。ん? ん? マ、マルヴィラ……お、おと、男の子がいるのかい」

「ん? そうだよ、このエクレアちゃんのお兄さん」

 そういってマルヴィラはエクレアの手を引き、動揺するお父さんに俺のことを紹介してくれる。

「それでね。あっちで食パンの匂いを嗅いでるのがミケランジェ。こっちのメイドさんがイクスムさんでエクレアちゃんの護衛をしてるんだぁ。えへへ、四人とも私のお友達」

(イクスムのこともお友達か……。ははっ、アイツ驚いた顔をしてマルヴィラを見ているぞ)

 マルヴィラとは普段あまり関わりがないイクスムさんは、突然のお友達発言にハッとした顔をしていたが、どうやら満更でもなかったらしく珍しく優しい笑顔で彼女を見ていた。

「そ、そうか。あの子もお、お友達なんだな。ああ、母さん、マルヴィラが男の子の友達を連れてくるなんてどうしたらいいんだ……」

 照れた様子で笑うマルヴィラの言葉を、お父さんはまるで聞いていないようだった。
 俺を見たあと天を仰ぐように項垂れている。

「あ、あのマルヴィラのお父さん」

「――――お、お父さんだって……ああ、そんな……」

 声をかけたのは失敗だったかもしれない。
 余計に混乱に拍車をかけてしまったようだ。
 他にまだお店の中にお客さんがいるのに、変なものを見る目で見られているような気がする。

「トーマスさん。どうしました? なんだかお店の様子が変なような」

 店内の混乱具合が伝わったのかもしれない。
 工房から調理服姿の一人の女性が現れる。

「あっ、ルイーザさん。えへへ、また来ちゃった」

「マルヴィラちゃん! 生誕祭も手伝いに来てくれたのに、今日も来てくれたの? 嬉しいけど、学園までちょっと遠いでしょう。大丈夫? 無理してない?」

「も~、私のことはマルヴィラでいいのに~~。それに、無理もしてないよ。今日はお友達のエクレアちゃんとイクスムさんが馬車を用意してくれたから、ここまですぐに着いちゃったんだぁ」

 マルヴィラが嬉しそうにルイーザさんに説明する。
 ルイーザさんは店内を見渡すとマルヴィラの隣に立つ俺の前で視線を止めた。

「なるほど。君を紹介されてトーマスさんがあんな風になったんだね」

 ルイーザさんからすればこの状況は予想できるものだったらしい。
 そのあと、マルヴィラから改めて軽く自己紹介をしてもらい、マルヴィラのお父さんのトーマスさんが落ち着くまでお店の外のテラス席に向かうことになった。

「こ、これ全部本当に食べちゃってもいいのかにゃ。あ、あとですごい金額を請求されるにゃか? で、でも目の前にこんな美味しいそうなものがずらりと並ぶなんて、が、我慢できなくなっちゃうにゃ~~」

 口の端から垂れるよだれを拭いながら必死に我慢するミケランジェ。

「トーマスさんの許可は貰ってるから全部食べちゃって大丈夫よ。マルヴィラちゃんのお友達ですもの。ぜひ食べてみて感想を教えて貰いたいわ。さ、遠慮なく食べて食べて」

 テーブルに並べられたのは、先程まで棚に飾ってあったパンの数々。
 ルイーザさんは『焼き立てを用意できなくてごめんなさい』と謝っていたけど、どれも見るからに美味しそうで、どれから手をつけていいか迷ってしまう。

「このクリームパンがうちの一番人気のパンなんだぁ。あ、あと、このハンバーグが丸々一つ入ったパンは、お父さんとルイーザさんの合作なんだよ。二人共仲良しだからね~」

「マ、マルヴィラちゃん!? もう、からかわないで!」

「え~、でも本当のことだし~」
 
 照れて赤面するルイーザさんに、終始マルヴィラは笑顔を向ける。
 二人はまるで歳の離れた姉妹のようだった。

「す、凄いにゃ! こんなに美味しいパンが食べ放題なんて、ここは最高の場所にゃ!! 」

(流石に食べ放題じゃないんだが、ミケランジェは自由だな)

「やあ、さっきは取り乱して悪かったね」

 一心不乱にパンを口に運ぶミケランジェを尻目に、混乱から復帰してきたトーマスさんが姿を見せた。

「もう、お父さん! 友達に変な姿を見せないでよね!」

「いや~、ごめんよ。突然のことでお父さんビックリしちゃって……」

 トーマスさんも交えて和やかな空気が流れる。

 話そっちのけでパンをかき込むミケランジェ。
 マルヴィラからトーマスさんと『お似合いの二人だよね』といわれて、真っ赤になって俯いてしまうルイーザさん。
 エクレアのためにパンの毒味をしながらも、意外とこの場を楽しんでいるイクスムさん。
 ルイーザさんの『トーマスさんは全然気づいてくれないの』にいまいちピンときていないトーマスさん。
 もそもそと一つのパンを小動物のように自分のペースで食べるエクレア。

 ここには戦いの場とは異なる日常の風景があった。
 




「ねぇ、今日は楽しかった?」

 ミケランジェとエクレア、イクスムさんが、トーマスさんに提案されてお土産を選んでいる中、俺はマルヴィラと一緒にお店近くの川にかかる橋まで歩いてきていた。
 彼女は橋の欄干に手をかけながら振り返って尋ねてくる。

 夕暮れが逆光になってその表情はあまり鮮明には見えない。

「……楽しかったよ」

「えへへ、なら良かった」

 彼女はくるりと回ると隣に並び立つ。
 オレンジの太陽の光が彼女の笑顔を照らす。

「……なんでそんなことを聞くんだ?」

 なぜだろう。

 不思議と彼女に質問してみたくなった。

「なんでだろうね」

 はぐらかすように彼女が夕日を眺める。
 俺はそれを追うように刻一刻と落ちていく太陽を見た。

 静かなときだった。

 城下町に響く喧騒も夕暮れに吸い込まれるように消えていった。
 
「……生誕祭が終わってからなんだか落ち込んでるみたいだったから……」

 ポツリと彼女の漏らした言葉に驚く。

「……俺、落ち込んでたかな」

「うん」

「……心配させたかな」

「う~ん、ちょっとだけ」

 互いに視線は合っていなかった。

 二人並んで夕日から目を離さずに会話を続けた。

「その……ごめん」

「謝らないで」

「なら……ありがとう」

「そう、それで、それだけでいいんだよ」

 マルヴィラの優しさが傷ついた心を癒やしてくれるようだった。
 彼女は俺に向き直りからかうように笑う。

「ちょっとは元気でたかな」

「……そうかな」

「えへへ、私がそう思っただけ~」

「ふふ、なんだよそれ」

「あっ…………笑うと可愛いところもあるんだね」

 夕日に照らされたマルヴィラの驚く顔がなぜだか無性におかしかった。

「クライ君、また明日!!」





 帰りの馬車に揺られ、王都の夕暮れを見ながら思い出す。

 アレクシアさんとクィルさんの肖像画を見たとき、レシルさんは教えてくれた。

 騎士団総本部に置かれていたあの絵の出自は不明なことが多いらしい。
 そもそもなぜあんなところに飾られているのか。
 誰が飾るように指示したのか。
 いつ頃から飾られたものなのか。
 それらはすべてわからない。

 ただし、あの肖像画に対して噂として広まっていることもあるそうだ。

 第一にあの絵画に描かれた人物は王国を救った英雄のものだということ。
 第二にあの絵画を描いたのは、描かれた人物の弟だということ。
 第三にあの絵画は百年以上前から存在していること。

 だが、どれも噂の域をでない信憑性の低いことばかりだ。

 しかし、第一と第三の噂は合っているように思う。

 なぜなら、アレクシアさんとクィルさんは間違いなく英雄であり王国を守るために戦っていたからだ。
 魔物の王に勝てたとアレクシアさんはいった。
 王国を救った噂は本当のことだろう。

 第三の百年以上前から存在していたという噂も本当だと思う。
 過去の光景ではアレクシアさんは禁忌の森の手前の草原で戦っていた。
 だが、クィルさんの円盾は禁忌の森を進んだ途中にあった。
 草原と洞窟とはいえそれほど距離はないはず。
 だが、双方の場所は違った。
 
 この矛盾は、おそらく百年以上のときを経て禁忌の森が拡大したからだと考えられる。
 森が拡大したことで地下の洞窟が植物に覆われた。
 長い時間があの場所を隠したんだと思う。

 第二の噂についてはなにも心当たりはない。
 アレクシアさんには家族がいたのか?
 なにもわからない。

 だが、レシルさんは噂を聞いて落胆する俺に重要な情報を教えてくれた。
 それは肖像画に描かれた情報。

 画家の名前や月日は描かれていない。
 しかし、アレクシアさんの胸元の黄金の鷹の意匠には同じものが存在する。

 第一から第七まで存在する騎士団には、それぞれ個別の意匠が鎧に刻まれている。
 イーリアスさん率いる第二騎士団には赤の牛。
 クランベリーさん率いる第三騎士団には紫の猫。

 そして、サイヘル・デアンタール率いる第一騎士団には黄金の鷹。
 アレクシアさんと同じ意匠。

 きっと過去を知る手掛かりはそこにある。

「……兄さん」

 物思いにふけっていた俺を現実に戻したのは、エクレアの俺を呼ぶ静かな声だった。

「エクレア? どうした?」

「……次の休日は時間を開けておいて下さい」

「え?」

「……」

 エクレアはそのあとなにも話さなかった。
 彼女はただ、揺れる馬車から見える夕日だけを眺めていた。
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