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第九十二話 仲直りのために
しおりを挟む「エ、エクレア、どうだ、あのお店でクレープでも食べないか? 行列もできてるし、多分人気のお店なんだろう。クレープはアルレインの街でもアニスと一緒に食べたことがあるんだ。その……良かったら一緒に……」
「…………ふん」
学園でプリエルザの流した誇張された噂を聞き、退院してから一週間近くたった今日この頃。
俺は王都の城下町をエクレアを一人引き連れ散策していた。
普段なら無表情で感情の読めないはずのエクレアは、いまだ俺の前では目に見えて怒っていた。
ミストレアは溜め息を吐くような口調で念話を通じて彼女の心情を慮る。
(妹様が怒るのも仕方ない。それだけ心配させたんだからな。なにより、妹様の強さを知りながら一人で戦場の中心地に向かったんだ。あの場では緊急事態だったからこそ了承してくれたが、あれは相当不本意そうだったからな)
(そう、だよな……)
(さらに悪いのは、危険を承知でレリウスたちの援護に向かったことだ。まあ、あそこで踏ん張らなければ、誰かが犠牲になっていたかもしれないと考えると参戦しない訳にはいかなかったけどな)
(はぁ……なんとかならないかな)
同じ食卓を囲んでいても目が合っただけで逸らされてしまうし、退院してから一度もまともな会話もできていない。
それに、以前までは学園に共に登下校していたのに、最近はイクスムさんを連れて先に屋敷を出発してしまう。
現状のままでは……悲しい。
なんとか関係を修復できないだろうか。
(逆に考えれば妹様はクライに遠慮がなくなりつつあるとも言える。こんなに感情を表に出していることは出会った当初から考えればありえないことだ。……案外時間が経てば妹様もいつも通りに戻るんじゃないか?)
(そんな悠長な……)
ミストレアは微妙に楽観視しているけど、エクレアはきっと時間が経ったとしても許してくれない。
そんな気がする。
「その……エクレアはどこかいきたいところはあるか? せっかく二人で王都の街中を歩いているんだ。希望の場所があれば――――」
「……」
返答は無視だった。
またも無言のときが流れてしまう。
焦りと迷いからつい視線が泳ぐ。
そこには、俺たちの後ろを気配を消して尾行していたイクスムさんがいた。
彼女はどうしようもない奴を見る目線で顔を左右に振っている。
ほんの数日前のことを思いだす。
俺がイクスムさんとアーリアにエクレアとの関係修復のための相談をしにいった日のことを。
「エクレアお嬢様のご機嫌を直したい? 本気で言ってますか?」
「はい」
退院してから数日。
いまだ一言も喋ってくれないエクレアとなんとか関係を修復したいと、屋敷でイクスムさんとアーリア相手にどうしたらいいのかを相談していた。
ちなみに母さんは兄妹喧嘩も家族の証だ、といって深く頷いているだけでまったく頼りにならなかった。
「はぁ~、課外授業では随分とまた無茶をしたようですからね。クライ様の入院中、エクレアお嬢様は食事も満足に喉を通らず、毎日病院に通っては意識のないクライ様をお辛そうな表情で見詰めていました。それなのに貴方ときたら……ご自分の行動について本当に反省しているんですか?」
「うっ……そのすみません」
「私に謝られても困ります」
イクスムさんは心底呆れた表情で俺を叱責する。
病院で目覚めたあとも、俺の行動は無謀なものだと散々怒られた。
そして、なによりイクスムさんにとってはエクレアを心配させ、怒らせていたことも気に食わないことのようだった。
屋敷でも会うたびに小言をいわれていたが、エクレアと関係を修復したい俺は、意を決して今回のことを相談していた。
「はぁ~~。……しかし、私もその場に居なかったので深くは責められません。まったくあの忌々しい瘴気獣共め。次から次へと湧いてくるとは」
実をいうと、イクスムさんは迷わずの森の近くで待機していたらしい。
だが、流石のイクスムさんも大量の瘴気獣に手間取って近づくことができず、それもあってエクレア本人よりかは俺の話も少しは聞いてくれるようだった。
瘴気獣相手に怒りを爆発させているイクスムさんを取り敢えず避けることにして、俺は隣で所在なさそうに佇んでいるアーリアにも、エクレアとの関係修復について頼む。
「その……アーリアも良かったらエクレアの機嫌を直すのを手伝ってくれないか?」
だが、アーリアの返答は俺の予想外のものだった。
彼女は不貞腐れたように答える。
「ん? いまのままでいいんじゃないですか~。エクレアお嬢様の御心をちょっとのご機嫌取りで直そうなんて浅はかですよね~」
(アーリアは突然どうしたんだ? 最近屋敷で出会っても挨拶もしてくれないとは思っていたけど……クライ、何か嫌われるようなことしたか?)
(わざわざ嫌われるようなことをするわけないだろ。可能性としては……今回エクレアをかなり怒らせてしまったのがマズかったのか? う~ん、わからない)
「わたしは~、エクレアお嬢様の気持ちもわかります~。無闇矢鱈と心配をかけて、お話も聞いてくれない人は――――こうっ、ですよ、こうっ。ね~、グララ?」
「う、うん、そうだね」
小鎚の天成器グララを何度も虚空に振り下ろすのはやめて欲しい。
一心不乱に小槌でなにかを叩く仕草をするアーリア。
彼女に聞こえないように、イクスムさんに小声でなぜこんな状態になってしまったのか質問する。
「あの、イクスムさん、アーリアはどうしてあんなことに?」
「むぅ……そうですね。彼女も今回のことには思うところがあった。そういうことでしょう」
なんだかはぐらかされてしまった感じだ。
というよりイクスムさんも、あの明るい性格をしていたアーリアの突然の変化に戸惑っているようにも見える。
「ゴホンッ、とにかくエクレアお嬢様が不機嫌なままなのは私としても本意ではありません。そうですね、今度のお休みにお二人で城下町の散策でもされては如何ですか? 私は姿を見せず少し距離をおいてついていくことにします。お二人で王都を散策すればなにか仲直りの切っ掛けが掴めるかもしれません」
「そう、ですね。エクレアと二人きりで出掛けたことはありませんでしたからいい考えかもしれません」
現状どうしたらいいのか検討がつかない以上、せめて少しでも距離が縮まるように努めるしかない。
なにかエクレアの興味を引くものが見つかればいいんだけど……。
イクスムさんに相談して良かった。
少しだけど関係修復に希望がもてそうだ。
そんなことを考えていたとき、アーリアの冷めきった眼差しと目が合う。
「もういいですか? わたしは用事がありますので失礼しますね」
本当にどうしてしまったんだアーリア。
アーリアとも以前のように話したい。
でも、理由がいまいちわからない。
エクレアと関係を修復できれば、アーリアとも前のような笑い合える関係に戻れる。
去っていくアーリアの小さな背中を眺めるいまの俺は、そんな明るい未来を夢見ることしかできなかった。
ムスッとした顔のエクレアを連れて王都散策は続く。
事前にマルヴィラたちクラスメイトにも相談して、王都で話題のお店を巡ることにしていた。
クレープだけでなく王都ではフルーツを使ったデザートが流行っているらしい。
スイーツのお店を巡りながら、王都の有名ファッションブランドやアクセサリーショップ、植物園やグラントさんの武器専門店にも足を運んでみた。
しかし、どれもエクレアの感情を動かすには足りなかった。
眉一つ動かさないエクレアは俺への怒りを収めてはくれなかった。
そして、焦った俺が足を運んでいたのは、課外授業でもお世話になったサラウさんの実家バオニスト商会の魔導具店だった。
商会の本店であるお店に入った途端、どうやら以前訪れたことで顔をすっかり知られていたようで、お店の奥へ奥へと従業員の方に連れられる。
暫く持て成しのお茶とお菓子をいただきながら待つこと数分。
サラウさんとイザベラさんが現れる。
二人共に冒険者としての格好とは違い随分と気楽な装いだった。
どうやら課外授業で瘴気獣に襲われる事態になってしまったことから、サラウさんのお父さんから暫しの活動禁止令が出てしまったらしい。
サラウさんは恥ずかしそうに俯きながら教えてくれた。
「あの複数の瘴気獣が現れる異常な状況に巻き込まれてしまったことで、父の心配性に火をつけてしまったようでして、御使い様のこともありますから暫く王都でゆっくりしろと。皆には迷惑をかけて……本当に恥ずかしいです」
「サラウ、その話はもう散々しただろう。お父上の心配もわからないでもない。あの状況で死者が出なかっただけ奇跡だ」
イザベラさんが落ち込むサラウさんを励ます。
そしてこの場にいない二人について教えてくれる。
「カルラとララットは流石に退屈らしくてな、身体を動かすために冒険者ギルドの訓練場に出掛けているんだ。すまないな」
「いえ、突然押しかけてしまったのはこちらですから……」
「フフッ、それにしても“孤高の英雄”ですか……王都でも御使い様の噂と並んでよく聞きますよ」
「そ、そうですか?」
今度はサラウさんの言葉にこちらが恥ずかしくなってしまった。
あの噂って少し誇張されているんだよな。
「まあ、いいじゃないか。活躍したのは本当のことだ」
「そうですよ。貴方がカオティックガルムの瘴気獣に止めを刺してくれたお陰で、私たちもレリウス先生も皆助かった。私はそう思います。ですから噂も決して間違ってはいませんよ」
「フッ、助けて貰うのはミノタウロスの時といい二度目だな」
口々に礼をいってくれる二人に居た堪れない気持ちになる。
次の瞬間、イザベラさんは俺の隣で静かにお茶を飲むエクレアに視線を向ける。
「エクレア、お前もそうむくれるな。私たちはクライのお陰で助かった。あの時一緒に戦ってくれたからこそここに居られるんだ」
「ええ、彼をあまり責めないであげて下さい。クライ君が戦場に赴くのを私は止めませんでした。それは、彼ならあの強敵とも戦える。そう信じていたから」
エクレアを見る。
彼女は複雑そうな表情だった。
許したいけど感情が許さない。
俺の錯覚でなければ彼女の表情にはそう、浮かんでいた。
「エクレア、俺は――――」
言葉を発する瞬間だった。
ほんの刹那の時間。
そこに差し込まれる少女の声。
お店の奥深くのこの部屋まで響く高い声。
「え~~!? 魔導具ってこんなに高いの~~!! これじゃあ一個も買えないじゃん!! どうしよぉ~~!!」
「んぅ?」
「? 何でしょうね。店先が騒がしいようです」
店頭からかなり離れたこの位置まで届く大音量。
一体なんなんだ?
「クライくん、エクレアさん。失礼ですが、今日は父もいないのでちょっと様子を見てきますね」
サラウさんはそういって席を立とうとする。
俺は……なぜだろう、思わず同行するといいだしていた。
「ねえねえ! これって値引きとかして貰えないの? こんなにあるんだからいいじゃん、ね?」
「こ、困ります」
店頭では一人の少女が従業員の方に熱心に絡んでいた。
その圧力は強くなだめるだけでもほとほと困り果てている。
そんな中、少女は俺を見た瞬間なにかを思い出したかのように動きを止める。
「ん? アンタって……その弓……制服姿じゃないけど……もしかして……いま噂の?」
噂?
まさかプリエルザの流した“孤高の英雄”の噂か?
「あはっ、ホントに!? わたしってマジ運いいカモ!!」
「君は……」
「ん、わたしは御使いのアイカ。実はわたし困ってることがあるんだよね~。助けて貰えたら嬉しいかな~、なんて。ね、よろしく“孤高の英雄”さん」
ニシシと笑う彼女は天界より地上に降りたった御使いだった。
彼女の背に純白の翼はなかった。
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