半分の、君へ

nikka

文字の大きさ
5 / 6

五話

しおりを挟む
 ——遅いな。

 僕はベッドの上で寝返りを打つ。
 いつもは狭いダブルベッドが、一人だと妙に広く感じた。
 珍しく、つむぎはまだ仕事をしていた。
 僕がいる間は残業することは滅多にないが、今日は急ぎの案件が発生したらしく、対応に追われているようだった。
 つむぎに『リビングで仕事するから先に寝てて』と言われて、僕はやむなく先に寝室へ向かった。
 しばらく待てば、つむぎも来るだろうと、ベッドに寝転がってタブレットで絵を描いていたものの、全く来る気配がない。
 タブレットを置いて、代わりにタオルケットに手を伸ばす。それをギュッと抱き締めても、つむぎの代わりになる筈もなかった。
 あの温もりに慣れてしまった身体は、物足りなさを訴える。
 ——つむぎのせいだ。
 八つ当たりして、子供のように丸くなる。
 耳を澄ましても、聞こえるのはエアコンのカタカタした音だけで、リビングからは何も聞こえない。
 ——一人でも寝れるし。
 不貞腐れて、僕は無理矢理目を閉じた。
 
 
 ——ギシッ。
 ベッドが軋む音に、うとうとしていた僕は薄っすら目を開けた。
 ぼんやりと感じる夜の空気は重く、時刻はとっくに零時を過ぎている頃だろうか。
 エアコンで冷えた指先に、風呂上がりなのか湿った熱い指が絡んできた。
「つむ……ぎ……」
 かすれた声で名を呼べば、つむぎの顔が近づく気配がした。
 暗闇の中、表情は見えないけれど、いつものようにつむぎの唇が僕の唇に触れた。
 甘い吐息混じりに、啄むような口付けが降って来る。
 熱い舌が差し込まれると同時に、いつもと違う匂いがすることに気づいた。
 ——お酒……?
 冷蔵庫に缶ビールも常備されているのは知ってるが、僕がいる間、つむぎが飲んでるところを見たことはなかった。
 もしかすると、今夜は仕事終わりの開放感で飲んだのかもしれない。
 酒のせいか、触れてくるつむぎの体温はいつもより高い。フゥフゥ呼吸を荒げながら、角度を変えて深く口付けてくる。
 ——酔ってんのかな。
 今夜はやけに荒々しかった。
 求められているのは嬉しいが、酒の匂いがどうにも邪魔をする。
 苦手な匂いに我慢できず、つむぎをやんわりと押し退ければ、不満そうに唇が離れた。
「嫌か……?」
 声は不安げに揺れているけど、どんな顔をしてるかはわからない。
 ただ安心させたくて。
「おさけ……のんだ? におい……いやかも」
 舌足らずに返事をして、僕はつむぎの頬に這わす。すると、つむぎは小さく笑って。安堵したように、僕の手に頬擦りした。
 それから、つむぎは僕の手を掴んで掌にキスをする。そのまま、柔らかな唇は指先まで優しく唇を落とした。
 ——嗚呼、駄目だ。
 ぶわりと胸に集まる熱が、僕の下半身に熱を灯していく。
 思わず腰を引けば、グッと引き寄せられて、互いの兆したものがゴリッと当たる。
 布越しに伝わってくるつむぎの興奮に、僕は息を飲んだ。
「つむ……ぎ」
 名を呼べば、押し倒されるようにシーツに縫い付けられて、Tシャツを捲し上げられた。冷たい空気に晒された胸を、熱い掌が弄って、指先が捉えた胸の先をクニクニと扱く。
「あっ……まって……」
 こんなことをされるのは初めてで、頭が沸騰しそうになる。
 ——なんで。
 唇同士を触れ合わせることはあっても、それ以上進むことは今までなかったのに。
 咀嚼できないまま、もう片方の胸に熱い吐息がかかって。すぐに温かな口内に包まれた。チロチロと舌が胸の先を弄って、勝手に鼻から抜けたような甘い声が漏れた。
 舌で舐められ、唇で吸われて。
 卑猥な水音が、静かな室内に響き渡った。
 そして、つむぎの手がそろりと下へ撫で進んで、僕の股の間に滑り込んでくる。
 ——だめ。
 このままなし崩しに進んでいいのか、わからなくなって。
「つむぎ……まって……やめて……」
 震える声で懇願すれば、ビクリと目の前の身体が跳ねる。
 ほどなくして熱い熱の塊が離れていった。
 互いに呼吸を荒げたまま、暗闇で見つめ合う。
 息の詰まるような沈黙の後、つむぎは重々しく口を開いた。
「イチ、来年はもうここに来るな」
 一瞬、何を言われたか理解できなかった。
 その言葉を頭の中で何度も反芻して、ようやく理解した時、頭がサーッと冷めたくなっていく。
 拒絶されたのは、これが初めてだった。
「なん……で」
「受験だろ」
 当たり障りのない答えだった。
 違う、そうじゃなくて。
 それだけじゃない気がして。
 今日はどうしたのか。
 何を考えているのか。
 僕のことどう思っているのか。
 伝えたいことは山ほどあるのに、震える唇が上手く動かなくて、何も言葉にできなかった。
「おやすみ」
 強引に会話を終わらせて、つむぎは僕に背中を向ける。
 僕は途方に暮れたまま、その冷たい背中の輪郭を見つめ続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

壁乳

リリーブルー
BL
ご来店ありがとうございます。ここは、壁越しに、触れ合える店。 最初は乳首から。指名を繰り返すと、徐々に、エリアが拡大していきます。 俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 じれじれラブコメディー。 4年ぶりに続きを書きました!更新していくのでよろしくお願いします。 (挿絵byリリーブルー)

お腹いっぱい、召し上がれ

砂ねずみ
BL
 料理研究家でαの藤白蒼は幼なじみで10個下のΩ晃と番になった。そんな二人の間に産まれた照は元気いっぱいな男の子。泣いたり、笑ったり、家族の温かみを感じながら藤白家の日常が穏やかに進んでいく。    そんな愛する妻と愛する息子、大切な家族のお腹いっぱい喜ぶ顔が見たいから。蒼は今日も明日もその先も、キッチンに立って腕を振るう。  さあ、お腹いっぱい、召し上がれ。

身体検査その後

RIKUTO
BL
「身体検査」のその後、結果が公開された。彼はどう感じたのか?

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

処理中です...