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「ふふん、新しい物を作り出すセンスのないような奴が社交界のファッションの女王の座を奪おうなんてちゃんちゃらおかしいのよ」

 去っていくビビアンの後ろ姿を見て、ミランダは自分の事のように、嬉しそうだ。
 そしてレオノーラの方に近づくと囁く。

「もうフィリップと結婚しちゃいなさいよ。けっこー可愛い顔をして、言うべきことはちゃんと言うじゃないのよ、彼。そうすればあのビビアンの鼻を完全に明かしてやれるしね」
 
 ミランダはビビアンがフィリップのことが好きなことを気づいていたようだ。鼻息が荒いミランダに、レオノーラは首を竦める。
 確かにフィリップはいい人ではあるし、最高の幼馴染だとも思っている。しかし。

「……自分を全肯定して崇めてくれる人より、私は自分の努力がわかり、そこを尊敬してくれる人がいいのよ」

 レオノーラは自分をかばってくれた男性の後ろ姿をじっと見つめた。彼はもう事件の片はついたとばかりに、レオノーラから離れ、他の人と歓談している。

 なぜか彼から視線を外すことができなかった。




 * * *


「私、フィリップと貴方がゴールインすれば、ビビアンの鼻を明かしてやれるって本当に思っていたんだからね……なのに、こんなことになるなんて……」

 婚礼衣装を着たミランダが恥ずかしそうにブーケに顔を埋めて呟く。

「あら、ミランダとフィリップ、とってもお似合いよ?」
「貴方にフラれてしょげていた姿が、母性本能をくすぐっちゃったのよねえ……」

 ミランダは恥ずかしそうにドレスの裾も持ち上げて直した。
 今日はフィリップとミランダの婚礼の日だった。花嫁の控室でお祝いを述べにきがてら、レオノーラは手伝いをしていた。
 その辺のメイドよりレオノーラの方がよほどメイクの腕が上だからだ。

 レオノーラに正式にプロポーズをしてきたフィリップを丁重にお断りしたレオノーラ。
 二人の関係を知る人に「彼の気持ちも考えないと!」となじられるかと思っていたが、「やっぱりねえ」といわれるだけだった。
 やはり、レオノーラがフィリップに気がないのは見えていたのだろう。

 その後でミランダがフィリップに急接近し、二人はゴールインすることとなった。
 レオノーラを忘れられないというフィリップに「レオノーラを好きじゃない貴方は貴方じゃない」と言い切ったミランダの男前なところにフィリップは惹かれたというのだから、恋愛感情というものはわからない。

 そして、人生がわからないところはもう一つあった。

「私こそ、あの園遊会で私をかばってくれた人が義理とはいえ、貴方の兄だったなんて思わなかったわよ」

 ミランダはけっ、というような顔をしてそっぽを向いた。

「素敵ねえ……私には口うるさいだけなんだけどね」

 あの時、彼が口にしていたレオノーラの噂は、ミランダ経由のものだったらしい。家でレオノーラのことを話していてミランダの兄、シュリーレン侯爵令息はレオノーラに興味を持ったという。

 ビビアンの家が目立つ富豪だったとしたら、ミランダの家は隠れた資産家で、建国のころからある由緒正しい侯爵家だった。
 ミランダ自身はその血をわずかに引いただけの傍系出身なのだが、母が主筋である当主の後妻にと望まれて嫁入りしているので、シュリーレン侯爵の義理の娘になる。
 ミランダは亡くなった実父の姓を名乗って社交していたので、レオノーラは気づけなかったのだ。
 しかし高価なドレスを平然と、それも高々腹いせのためだけに初対面の人間に貸せるような子なのだ。
 それなりのおうちの娘であると、もっと早く気づいてもおかしくなかったのに。
 親の結婚で急に上がった家格の良さが自分に合わないのを恥じ、わざと蓮っ葉な行動をとる行儀の悪さと、元々の人柄の良さが入り混じって今のミランダを作り上げてるのだ、と彼女を見れば納得もし、微笑ましく見てしまう。
 こんな彼女が未来の伯爵であるフィリップのところに嫁ぐのは最良の選択な気がした。

 レオノーラが感慨深く親友を見ていたら扉が開いた。
 首を中に入れただけのその男性は、レオノーラと目が合うとほほ笑む。
 
「ああ、レオノーラ、ここにいたのか」
「お義兄様……妹の花嫁姿を見に来たのではないのですか? 一言くらい感想を述べてくださいよっ!」

 呆れたようなミランダの言葉に、彼は鼻で妹を笑う。

「いや? 我が愛しの婚約者殿の方が優先だ。レオノーラ、その紫色はいいね。私の瞳の色に合わせてくれたんだね」
「きいっ! レオノーラ、こんな男と結婚するの考え直した方がいいわよ!」

 軽口を言い合う二人はいつものことだ。お互いが仲が悪いと言いあっているが、外目には本当に仲がいい兄弟で、息がぴったりだ。血が繋がっていないのが信じられないくらいよく似ていると思ってしまう。

「今日のミランダも綺麗だけれど、私たちの結婚式でレオノーラはもっと美しく私の隣を歩くだろうからね」

 レオノーラを立てるようでいて、美しく着飾った妹へ屈折した賛辞を述べる婚約者。
 その素直じゃない妹への愛に、我慢できなくなったレオノーラはとうとう声を上げて笑ってしまった。
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