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その夜、レヴィンはジゼルに呼び出された。
昼間のやり取りがあったため、なんとなく気まずい気がして、レヴィンはジゼルの顔を見ることができないままだ。
「レヴィン、参りました」
「入りなさい」
寝る前だからだろうか。ジゼルはもうドレスから室内着、というより、寝間着の上に着るようなガウン姿だ。
ジゼルの私室の前の廊下でやり取りが終わるかと思ったが、どんどんジゼルが中に入っていく。あとについて入れとばかりにマーリンがレヴィンを当たり前のように中に引き入れられた。
一番奥には寝室がある。
さすがにそこには入らないだろうと思いきや、そこにまで案内されて。
戸惑って足を止めれば、マーリンに入るように促される。
ドアを少し開け放し、ドアの向こうにジゼルのお付きの侍女のマリーンが立っているのが見えて、男と女が二人きりにならないというしきたりを守っているのに安心したが、そう思った瞬間、ジゼルが中からドアを閉めた。
「お嬢様!?」
ジゼルはベッドの上に座って、ドアの傍で立ち尽くすレヴィンを見上げている。
「ねえ、レヴィン。私が今、ここで大声を出せば、どういうことになるかわかってる?」
マリーンは外にいるが、貴族令嬢の私室に二人きり。
「この状況、貴方は私にはめられたってわかるわよね?」
「……」
「世の中はこういうことしてくる人はいるの。それは男でも女でも関係なくね。それでも貴方はそんな相手を許せるの? 愛せる?」
ああ、まだお嬢様はお怒りなのだ、とレヴィンはそれで悟った。
昼間、ジゼルに追い出された男だけでなく、卑怯者は相手の弱さや善意を逆手にとって、このように自分の思い通りに人を操ろうとするのだ、ということを教えるために、このようなことまでをして。
ジゼルはふぅ、とため息を吐いた。
「ね? 好きだからといって相手の気持ちを考えないようなことをしてはダメなのよ」
「申し訳ございません、お嬢様……」
一回り歳下の娘に諭され、自分の非を理解する。レヴィンはそのままジゼルに頭を下げた。
己がどれだけ愚かなことをしたのか。そして守るべき対象である主の娘を傷つけたのかを思い知って、ぐっと唇を噛む。
「わかったようだからいいわ。許してあげる。頭をあげなさい」
その言葉にほっとして、レヴィンは顔をあげてぎょっとした。
ジゼルがガウンを脱いでいる。
その下には薄手のネグリジェでジゼルの体のラインまで透けて見えそうになっているではないか。
レヴィンは慌てて目をそらす。
「そ、それでは私は失礼して」
ドアの方に向かおうとするレヴィンをジゼルの声が引き留める。
「私はまだ退室の許可出してないわよ?」
そしてジゼルはぐいっとレヴィンを引っ張った。
力はレヴィンの方が強いはずなのに、驚きと違う形で固まっているレヴィンは難なくベッドの上に引き倒されてしまう。
「お嬢様!? お戯れはおやめください」
真っ赤になっているレヴィンの上にジゼルは馬乗りになって抱きしめた。
「戯れ? 遊びなんかじゃないわよ。 私、レヴィンのことが本当に好きだったの。ここまでしても、私の気持ちが嘘だとか気づかないとか言わせないからね?」
ジゼルの方がよほど堂々としているし、レヴィンの方が生娘のようだ。ぎゅっと目を固く閉じて動かない。
「もう、しょうがないなぁ……」
ジゼルはレヴィンの耳元で何かを囁く。その瞬間、レヴィンの中にあった理性が消え失せた。
***
「お嬢様、晴れてレヴィン様とのご婚約、おめでとうございます!」
侍女たちの祝いの言葉に、ジゼルは複雑そうな顔を見せるだけだ。
「騎士って、絶対、恋人や妻より、主人の方が好きよ……ホモなのよ……」
そうジゼルはふくれっ面をしている。
「だってあんなに誘惑したのに、結局は『お父様の許可はいただいてるわよ』の一言が決め手だったんだもの。女に恥をかかせるなんて……」
「いえ、多分、もうとっくにオチてたと思いますよ?」
マーリンの言葉にジゼルは顔を上げた。
「お嬢様のその言葉が嘘だったら取返しつかないじゃないですか。今までのレヴィン様だったら、まずご主人様にその真意を確かめてたと思います。たとえどれだけお嬢様の不興を買ったとしても。据え膳を先にいただいたというのなら、責任を取る覚悟をその時点で決めてたと思いますよ」
そう続けられて、そうよね、とジゼルは顔を輝かせるが。
「伯爵様のお声掛かりなら、あっさりと物事進むだろうことがわかっているのに、意地をはってるからこんな回り道したんですよ?」
と現実を言われて、またむくれた顔をした。
「そんなの嫌じゃない。主人の命令で結婚なんて、私、憐れまれて結婚したいんじゃないの。好きになってもらって結婚したいの!」
「ご主人様はレヴィン様の結婚を待ちわびていましたしね……」
ジゼルの父は娘の恋心をとっくに知っていて見守っている状況だったことを、当のレヴィンだけは知らなかったのだ。
「いつまでも未婚な護衛騎士がいるのに、その結婚の世話をしない主人がいる時点で、レヴィンも察しろっていうのよ」
そうジゼルは膨れた顔をするが、そんなジゼルを侍女たちは微笑ましく見守る。なんだかんだ言って、彼女たちはずっとジゼルの恋を見守っていたのだから。
「でも本当にあの激ニブなレヴィン様でいいんですか?」
そう、マーリンに改めて言われれば、ジゼルは頬を染めて横を向く。そして呟いた。
「そこが好きなのよ」と。
昼間のやり取りがあったため、なんとなく気まずい気がして、レヴィンはジゼルの顔を見ることができないままだ。
「レヴィン、参りました」
「入りなさい」
寝る前だからだろうか。ジゼルはもうドレスから室内着、というより、寝間着の上に着るようなガウン姿だ。
ジゼルの私室の前の廊下でやり取りが終わるかと思ったが、どんどんジゼルが中に入っていく。あとについて入れとばかりにマーリンがレヴィンを当たり前のように中に引き入れられた。
一番奥には寝室がある。
さすがにそこには入らないだろうと思いきや、そこにまで案内されて。
戸惑って足を止めれば、マーリンに入るように促される。
ドアを少し開け放し、ドアの向こうにジゼルのお付きの侍女のマリーンが立っているのが見えて、男と女が二人きりにならないというしきたりを守っているのに安心したが、そう思った瞬間、ジゼルが中からドアを閉めた。
「お嬢様!?」
ジゼルはベッドの上に座って、ドアの傍で立ち尽くすレヴィンを見上げている。
「ねえ、レヴィン。私が今、ここで大声を出せば、どういうことになるかわかってる?」
マリーンは外にいるが、貴族令嬢の私室に二人きり。
「この状況、貴方は私にはめられたってわかるわよね?」
「……」
「世の中はこういうことしてくる人はいるの。それは男でも女でも関係なくね。それでも貴方はそんな相手を許せるの? 愛せる?」
ああ、まだお嬢様はお怒りなのだ、とレヴィンはそれで悟った。
昼間、ジゼルに追い出された男だけでなく、卑怯者は相手の弱さや善意を逆手にとって、このように自分の思い通りに人を操ろうとするのだ、ということを教えるために、このようなことまでをして。
ジゼルはふぅ、とため息を吐いた。
「ね? 好きだからといって相手の気持ちを考えないようなことをしてはダメなのよ」
「申し訳ございません、お嬢様……」
一回り歳下の娘に諭され、自分の非を理解する。レヴィンはそのままジゼルに頭を下げた。
己がどれだけ愚かなことをしたのか。そして守るべき対象である主の娘を傷つけたのかを思い知って、ぐっと唇を噛む。
「わかったようだからいいわ。許してあげる。頭をあげなさい」
その言葉にほっとして、レヴィンは顔をあげてぎょっとした。
ジゼルがガウンを脱いでいる。
その下には薄手のネグリジェでジゼルの体のラインまで透けて見えそうになっているではないか。
レヴィンは慌てて目をそらす。
「そ、それでは私は失礼して」
ドアの方に向かおうとするレヴィンをジゼルの声が引き留める。
「私はまだ退室の許可出してないわよ?」
そしてジゼルはぐいっとレヴィンを引っ張った。
力はレヴィンの方が強いはずなのに、驚きと違う形で固まっているレヴィンは難なくベッドの上に引き倒されてしまう。
「お嬢様!? お戯れはおやめください」
真っ赤になっているレヴィンの上にジゼルは馬乗りになって抱きしめた。
「戯れ? 遊びなんかじゃないわよ。 私、レヴィンのことが本当に好きだったの。ここまでしても、私の気持ちが嘘だとか気づかないとか言わせないからね?」
ジゼルの方がよほど堂々としているし、レヴィンの方が生娘のようだ。ぎゅっと目を固く閉じて動かない。
「もう、しょうがないなぁ……」
ジゼルはレヴィンの耳元で何かを囁く。その瞬間、レヴィンの中にあった理性が消え失せた。
***
「お嬢様、晴れてレヴィン様とのご婚約、おめでとうございます!」
侍女たちの祝いの言葉に、ジゼルは複雑そうな顔を見せるだけだ。
「騎士って、絶対、恋人や妻より、主人の方が好きよ……ホモなのよ……」
そうジゼルはふくれっ面をしている。
「だってあんなに誘惑したのに、結局は『お父様の許可はいただいてるわよ』の一言が決め手だったんだもの。女に恥をかかせるなんて……」
「いえ、多分、もうとっくにオチてたと思いますよ?」
マーリンの言葉にジゼルは顔を上げた。
「お嬢様のその言葉が嘘だったら取返しつかないじゃないですか。今までのレヴィン様だったら、まずご主人様にその真意を確かめてたと思います。たとえどれだけお嬢様の不興を買ったとしても。据え膳を先にいただいたというのなら、責任を取る覚悟をその時点で決めてたと思いますよ」
そう続けられて、そうよね、とジゼルは顔を輝かせるが。
「伯爵様のお声掛かりなら、あっさりと物事進むだろうことがわかっているのに、意地をはってるからこんな回り道したんですよ?」
と現実を言われて、またむくれた顔をした。
「そんなの嫌じゃない。主人の命令で結婚なんて、私、憐れまれて結婚したいんじゃないの。好きになってもらって結婚したいの!」
「ご主人様はレヴィン様の結婚を待ちわびていましたしね……」
ジゼルの父は娘の恋心をとっくに知っていて見守っている状況だったことを、当のレヴィンだけは知らなかったのだ。
「いつまでも未婚な護衛騎士がいるのに、その結婚の世話をしない主人がいる時点で、レヴィンも察しろっていうのよ」
そうジゼルは膨れた顔をするが、そんなジゼルを侍女たちは微笑ましく見守る。なんだかんだ言って、彼女たちはずっとジゼルの恋を見守っていたのだから。
「でも本当にあの激ニブなレヴィン様でいいんですか?」
そう、マーリンに改めて言われれば、ジゼルは頬を染めて横を向く。そして呟いた。
「そこが好きなのよ」と。
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