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「あの娘、別にニコルの恋人ってわけじゃなかったらしいのよね」

 あの時に見かけたチェリーブロンドの美女はそんなニコルが始めて本気になった女性だったらしい。

 今まで貢がれる立場だった彼が初めて貢ぎたいと思わせた相手が、彼女だったようだ。

 そこで自分の力で稼いだ金でなく、我が家の金を狙うのはとことん腐っていると思うけれど。

 商売女でなくても、男を手玉にとることができる女が在野に転がっているのが平民のしたたかさなのだろう。あんな純情そうな顔をしていたのに、女って恐ろしいわ。
 
「恋人でもないのに、色々と巻き上げられて、最後は自滅したってバカみたいよね」

「その巻き上げられた金も当家の金でしたけれどね」

 そちらの方は賠償金も含めてしっかり家門の方に請求させてもらったので被害はないが。ざまぁみろである。
 
 これで相手が払えない、踏み倒さざるを得ないような状況に陥ったとしても、首根っこを掴めるというものだ。恩を売っておくのは悪くない。

 手駒と使える貴族が多いに越したことはないのだから。

 結局金は、何か目的を得るための手段でしかないのだ。
 

 しかし、どっと疲れてしまった。
 
「あーあ、どうせ騙すつもりなら、徹底的に騙しきってほしかったわー」

 私が伸びをしながら愚痴を漏らすと、その言葉を聞いていたジャックがぴくっと反応した。
 
「どう騙されたかったんだ?」
 
「そりゃあ、身も心もとろけさせられるようなくらい、この私を惚れさせてほしかったわよ。騙されているのに疑えないとか、何をされても相手を許してしまうとかさぁ……詐欺師なら演技しなさいよ。もともと男と女は騙し合いで化かしあいでナンボなんでしょ? ニコルはその気合いが足りなかったわよ」
 
「詐欺ってそんな体育会系的なノリなのか?」
 
「何事も中途半端はいけないって話よ」
 
「今回のこと、君がモテない前提でした推理が当たったってだけだろ? たまたまニコルは君を愛してなかったけれど、そんな推理、危うくて意味ないと思わない?」

「そう? 盤石な起点じゃないのよ」

「少なくとも君は俺にモテてるんだが?」

「…………へ?」 

「ずっと俺がお前の側にいただろ? これからも俺はお前の傍にいるんだから、婚約するのは俺にしておけ」
  
 一瞬、場に変な空気が流れた。
 
 思わず私は、ぶっとはしたなくも噴き出してしまった。
 
「うっまいわねー。ジャック、貴方の方がニコルより詐欺師に向いてるわよ! その調子で素敵な子口説いてきなさいよ」
 
 少しときめいちゃった、と、わははは!と笑いながらジャックの背中をばしばし叩けば、マリーとジャックがなにやら目配せをしてため息をついている。
 
「おかげで変な男と縁も切れたことだし、協力者にボーナスとして何か送ろうかな。ジャックも慰めてくれてありがとねー」

 あのジャックも一丁前のようなことが言えるようになったとは。結婚式に着ていく服の準備をしなくてはいけない日も近そうね。
 
 私はそう思いながら、ルンルン気分で戻っていった。


 ――だから全然聞こえてなかったのだ。


「……ジャクソン様、どうかお嘆きになりませぬよう。当家のお嬢様は自己評価が低すぎていらっしゃいますから」

「おかげで他に言い寄られてても通じてなくて俺は楽だったけど……ここまで長年の想いに気づいてもらえないって、どうすればいいんだよ、俺」

「容姿や気立てではなく、単なるおもしれ―女が好みな趣味の悪い男が世の中にいると根気よく教えていくしかないでしょうね」

「……死ぬまでに分かってくれるんだろうか……」

 私の背中を見ながら、ジャックとマリーに話されていた内容は、聞こえてなくて正解だったかもしれない。
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