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第一章 幼馴染みを優先する婚約者
「すまない、ユウナ。明日のデートはキャンセルしてくれ」
自分のクラスに来るなりそう言った婚約者に、ユウナは深いため息を吐いた。
栗色の髪と緑色の瞳を持つ、温厚そうな顔立ちのジュードは、家が決めたユウナの婚約者だ。
現在五度目となるデートのキャンセルを突きつけられているところだが、相手に悪びれる気配はない。
「またなの? 前だってドタキャンしたこと忘れたの?」
「すまない。けれど、仕方がないんだ。アリアが急に体調を崩したみたいで」
「その理由だって同じじゃない。前もアリアさんが体調を崩したって」
「アリアは体が弱いんだ。アリアだって好きでそんな体に産まれたわけじゃない」
この言い合いも前回と同じ。
「けれどアリアさんとジュードは関係ないでしょう? 家族でもないのに、どうしてジュードが付き添うのよ」
「僕にとってアリアは家族同然だ! 大切な幼馴染みを放っておけというのか!? ユウナはそんなひどい女だったのか!?」
そう逆ギレするのも前回と一緒。
ジュードにアリアの不満を少しでも口にしようものなら、人が変わったように怒り始めるのだ。
毎度毎度繰り返される同じ言い合いにユウナは嫌気がさしてきていた。
「……分かったわ」
結局、最後はユウナが折れるしかないのだ。
「ありがとう。やっぱりユウナなら分かってくれると思ったよ」
「次のデートは絶対に来て。お願いよ」
「ああ。分かったよ」
ユウナが了承して、気をよくしたジュードは笑顔で去っていった。
ユウナは再び深いため息を吐いた。
ユウナは金色に近い薄茶の髪に青い瞳を持つ。
ユウナの家はヴァトラル国内で大きな商会をしているが、母親は元伯爵のご令嬢。
社交界では引く手あまたの美しさを持っていたが、父親に一目惚れし貴族の地位を捨てて、庶民である父親を選んだ。
噂では王子の求婚を蹴って父親を選んだというのだから、我が母ながらすごいとユウナは思うのだ。
そしてそんな母の美しさはそのままユウナやユウナの兄弟達に引き継がれている。
それ故、ユウナへの求婚者は絶えず、貴族からお声が掛かるほどだったのを、父親はなにをとち狂ったのか、同じように商会を営むクエンティン商会の息子と話をまとめてしまった。
その息子というのが、ジュードである。
それを聞かされたユウナは絶望した。
なにせ、ユウナの学校ではこのジュードは難ありと有名だったからだ。
ユウナの通う学校は、貴族が通うものではないが、比較的富裕層が多い。富裕層とまではいかなくとも、親が騎士や文官、家が商家などと、生活にある程度の余裕がある家柄の子が多い。
貴族は基本的に教師を家に呼び学ぶので、ユウナの通う学校が王都の中で最も格式あると言える。
そんな学校で、クエンティン商会の次男であるジュードは、その柔和で整った顔立ちと優しい性格で、女子からよくモテた。
ユウナも、ジュードが彼女らしい人と学校内で一緒にいるところを目にしていたが、見る度見る度別の人。
女たらしなのかと、あまりジュードに良い印象を受けなかったユウナは、ある時、彼が彼女らしき人との言い争いを聞いてしまう。
まあ、聞いていたのはユウナだけではない。昼休み時間の廊下のど真ん中で言い争いをしていたのだから、多くの人がそれを目にし、興味津々に野次馬をしていた。
『いい加減にしてよ! なんなのよ、あの女』
『あの女なんて言い方しないでくれ。彼女は大事な幼馴染みなんだ!』
『ただの幼馴染みがどうしてデートについてくるのよ! 非常識だわ!』
『仕方ないんだよ。家にはアリアしかいなくて、一人でいさせるわけにはいかないだろう?』
『はあ!? 三歳児じゃないんだから留守番ぐらいできるでしょう!』
『三歳児と比べるなんてひどいじゃないか。アリアは体が弱くて、いつなにがあるか分からないんだ。誰か側にいてあげないと』
『だから、どうしてあなたがそんなことをするのよ! それは家族の役目でしょう』
『アリアは家族同然だ!』
『話にならないわ。もうあなたとは別れる。さよなら。一生幼馴染みの世話をしてればいいわ』
そう言って女性が去っていったことで彼女達の話し合いは終わったが、周囲の者に面白い話の種を残していった。
話が見えないユウナは友人からジュードについて知る。
どうやらこういう騒ぎはユウナの知らぬ所でたくさんあったようで、ジュードには大事にしている幼馴染みの女の子がおり、大事にしすぎて彼女をないがしろにするらしい。
デートのドタキャンは当たり前。
時には先程の彼女のように、デートに幼馴染みを連れてくることもあるらしい。
しかし、その幼馴染み、アリアという少女を学校で見かけたことはない。
なんでも、貴族なので学校に通うのではなく、家に教師を呼んでいるようだ。
だが体が弱いらしく、どちらにせよ学校に通えないだろうとのこと。
そんな体の弱さから、ジュードは過保護にしているようなのだ。
そりゃあ、自分より大事にする女の子がいては、彼女として不満しかないだろうなと、当時は他人事として聞いていたユウナだったが、決まった婚約者がそのジュードだと聞いて絶望した。
当然父親には抗議した。
けれど、会ってみるだけ会ってくれと、やけに必死で土下座する父親を冷たく見下ろしてユウナは問う。
『父様、いったい何やらかしたの?』
ギクリとした父親の顔をユウナは見逃さなかった。
これはなにかあると問いただしたところ、白状した。
どうやら父親は商会の集まりで賭け事をしていたところ、クエンティン商会の会頭から賭けに勝ったらお互いの子供を婚約させようという話を持ちかけられたようだ。
酒に酔って気分が高揚していた父親はご機嫌でこれを了承。
そして、負けて帰ってきたというわけだ。
ご丁寧に証文を取り交わしており、ちゃんと父親のサインが書かれている。
これにはさすがに父親を愛する母親も怒り、笑顔で父親を往復ビンタしていた。
さらには、一番下の幼い弟にすらゴミを見るような目で見られて、父親はシクシク泣いていたが、使用人含めて誰一人助けに入らなかった。
証文を取り交わしている以上、この婚約は不可避だ。
けれど、抜け道がないわけではなかった。
なにせ、約束の内容はあくまでお互いの子供を婚約させること。
結婚させることではない。
要は、一度婚約して破棄、もしくは白紙にしてしまえばいい。
けれど、実際に会ったジュードは思ったより人当たりの良い優しい態度でユウナに接し、なかなかに好印象だったのである。
結婚相手として悪くないかもしれないと思ってしまった。
それに、さすがに婚約者ができれば幼馴染みより優先するだろうと考えたのだ。
しかし、正式に婚約を交わしてから、ユウナはそう考えた自分を殴りたくなった。
最初こそ、ユウナの元に通い、花束や服やアクセサリーといったプレゼントを贈っていたジュードだったが、慣れてくると次第に本性を現していく。
最初のことはよく覚えてる。
忘れもしない。あれは、伯爵である母方の祖父が婚約者と行っておいでと、オペラの一等席を用意してくれた時だ。
祖父にはユウナの母親しか子供がおらず、唯一の女の孫であるユウナをことさらかわいがってくれていた。
それ故、婚約者が決まった時には元凶である父親にアイアンクローをお見舞いしていたが、ユウナがジュードとならやっていけそうと言う言葉で納得してくれたのだ。
そんな祖父からの婚約のお祝いでもあるオペラのチケットは当時かなりの人気で、取るのはかなり難しかったろうに、ユウナのためにと争奪戦を勝ち取ってくれたものだった。
ユウナはそれはもう楽しみにしていたのだ。
だというのに、三時間待たされたあげくにやってきたのはジュード本人ではなく、ジュードの使いの者だった。
『ジュードはどうしたの?』
自然と声が低くなるユウナに、使いの者は冷や汗を浮かべつつ腰を直角に曲げて頭を下げた。
『も、申し訳ございません! 本日坊ちゃんはおいでになりません……』
『はあ!?』
怒りで一気に頭に血が上ったユウナだったが、なにか事情があるのかもしれないと一瞬で冷静になる。
『事故かなにかあったの? 急に体調が悪くなったとか?』
何時間も音沙汰がなかったのだ。
もしかしたら、こちらに気を回せないほどの状況だったのかもしれない。
真っ先にジュードの身を案じなかった自分を恥じるユウナに、使いの者は頭を下げたまま言いづらそうに口を開く。
『体調が悪いのは悪いのですが、それは坊ちゃんではなくアリア様です。アリア様が熱を出されたので行けないと伝えに行ってくるようにと……』
『はあ!?』
今度こそユウナは怒りに声を荒らげた。
使いの者はユウナの声にびくりと体を震わせる。
怯えさせるつもりはなかったが、声が大きくなるのは仕方なかろう。
『私、ここで三時間も待っていたのよ?』
『申し訳ございません!』
『その方が熱を出されたのは気の毒だけど、彼が側にいる必要はないわよね?』
『申し訳ございません!』
『仮に側にいないといけない理由があったとしても、もっと早くに使いを出せたのではないの?』
『対応が遅れ、誠に申し訳ございません!』
ただひたすら謝る使いの者への眼差しはきつくなるが、この人が悪いわけではない。
この使いの者も言われた通りに伝言しに来ただけなのだろうから、彼を責めたところで意味はない。
そう分かっていても、どうしても責める相手を探してしまう。
いったん落ち着かねばと、ユウナはその使いをさっさと帰した。
あのままでは、必要以上に使いの者に怒りをぶつけたくなってしまうから。
なにせ三時間だ。
もっと早くに使いを出せただろうに、三時間も待たされた上、行けなくなったと本人ではなく使いの者から聞かされた時の怒りは簡単には忘れられそうもない。
せめて本人が謝罪に来るならまだ溜飲は下がる。
それなのに使いを送ってくるとは。それならばもっと早くに頼めただろうに。
ユウナの存在を忘れていたとしか思えない。
せっかく祖父がユウナのために用意してくれたオペラはとっくに終わっている。
だが、冷静になれとユウナは自分に言い聞かせた。
病気なのだから仕方がないと――
翌日祖父からどうだった? と期待に満ちた目で問いかけられた時、ユウナは祖父にだけは見られなかったとは言えないと思った。
グッとこらえ、楽しかったと笑うほかなかった。
それでも、まだジュードが申し訳なさそうにする様子があればユウナも怒らなかっただろう。
しかし、ジュードはニコニコと笑いながら『この間は悪かったね』と、全然悪そうに思っていない顔で謝ってくるので、怒りが再燃した。
だが、大人なユウナは笑顔を引き攣らせながらも大丈夫と言ったのだった。
たとえ心の中で、殴ってやろうかこいつと思っていても、表には出さなかった。
話を聞いた友人達からは、それはもう褒められ慰められたものだ。
ジュードへの印象は悪くなったが友情は深まった。
数日後。オペラの仕切り直しにとジュードの家に招かれた。
正直言うと、どれだけ歓待されようとオペラの怒りは収まりそうになかったが、それは口にしなかった。
初めて婚約者の家を訪問するのだ。
それなりに綺麗に身繕いして家を訪ねると、ジュードの両親が出迎えてくれる。
人のよさそうな柔和な雰囲気を持つ二人は、ユウナを歓迎してくれた。
ジュードとの顔合わせの時にクエンティン商会の会頭である父親のガゼルとは面識があったが、母親のリュンとはこれが初めて。
優しそうな人でほっとするユウナはジュードがいないことに気づく。
「あの、ジュードさんは?」
尋ねた瞬間、二人が困ったように見えた。
「えーっと。……そう、ジュードは少しお使いに行ってもらってるの。お店の方で少し頼み事があって。ね、あなた?」
「あ、ああ。そうだ。そのうち来るだろうからゆっくりしていてくれ」
「そうですか……」
どこか腑に落ちないが、ユウナはそれ以上追求せずに頷いた。
そうしてお茶やお菓子が運ばれてきて、ジュードの両親と他愛ない話をしていると、ジュードの父親ガゼルが少し突っ込んだ話をしてきた。
「ユウナさんは伯爵様とは仲がいいのかい?」
「ええ。週に一度は会いに行っています。まあ、ほとんどは勉強をしに行っているようなものですが」
「そうだろうと思ったよ」
何故か機嫌よさそうにうんうんと頷くガゼルを見て、ユウナは不思議がる。
「伯爵様もユウナさんのような跡取りがいて、きっと喜ばれているんだろうね」
「えっ?」
ユウナは思わず表情が固まった。
そんなユウナには気づかずにガゼルは話し続ける。
「ユウナさんが伯爵の跡を継ぐんだから勉強は必要だろう。だが、そんなユウナさんの旦那がジュードでは力不足ではないかと心配でね。どうだろうか。ジュードにもその勉強を一緒にさせてあげてくれないかい? 今後の伯爵家のためにもその方がいいと思うんだよ」
ユウナは一瞬なにを言われているのか分からなかった。
確かにガゼルの言うように、ユウナが祖父の養子となり伯爵を継ぐという話はあった。
祖父の子供はユウナの母親だけで、跡継ぎが必要だからだ。
しかし、ユウナの兄は商会を継ぐ気満々で、商会のために隣国のヒルナ国に留学しているほど伯爵を継ぐ気はなく、それでユウナに話が回ってきたのだが、それは身内しか知らないはず。
何故ガゼルが知っているのか分からない。
一気にこの二人への警戒心が生まれる。
いや、ただ単に酒に酔った父親がペロッとしゃべってしまった可能性は否めない。
そうだとしたら、今度こそユウナの拳が振り下ろされるだろう。
だが、その前に目の前の二人の誤解を解いておかなければならない。
確かにユウナが伯爵を継ぐ話があったが、あくまであった。
過去形なのだ。
伯爵を継ぐのなら、庶民出身のユウナを支えてくれる貴族の婿が必要不可欠だった。
それ故、同じ庶民のジュードと婚約している時点で、ユウナが伯爵を継ぐことはない。
だが、どうやらガゼルは自分の息子が伯爵家に婿入りすると思い込んでいるようだ。
「あの、待ってください……」
誤解を解こうとした時、部屋の扉がノックされジュードが入ってきた。
見知らぬ女性と腕を組んで。
女性と腕を組んで現れたジュードに、ユウナはぽかんとしてしまう。
仮にも婚約者、その前で女性と親密そうにするとは何事なのか。
ただでさえ低いジュードの好感度が爆下がりしていくのが分かる。
ジュードはそんなユウナの内心には気づかずに、柔和な笑みを浮かべて斜め横の別のソファーへ、連れてきた女性と隣同士で座った。
いやいや、そこは普通婚約者の隣に座るものだろうというツッコミは静かに呑み込んだ。
「やあ、ユウナ。紹介するよ。彼女が僕の幼馴染みのアリアだ。アリア、僕の婚約者のユウナだよ」
何故だかジュードに婚約者と紹介されるのが非常に不愉快でしかなかった。
それは顔に出さず、にっこりと微笑み「はじめまして」と挨拶をする。
そして、これが例の問題の幼馴染みかと、失礼にならない程度にアリアを観察した。
明るい茶色の髪に焦げ茶色の瞳。
体が弱いらしいが、体型は少しふくよかで、むしろ顔色もよく健康そうに見える。
柔らかな雰囲気を持った女性だが、正直言うと容姿は普通だ。しかし、この包容力のありそうなほんわかした雰囲気に男はやられてしまうのかもしれないと思った。
ユウナにはない魅力と言っていいかもしれない。
アリアはジュードから手を離さず、婚約者と紹介されたユウナに微笑む。
「はじめまして。ジュードからは話を聞いているわ。ジュードがお世話になってるみたいで、ありがとうございます」
なにか引っ掛かる言い方だった。
何故赤の他人の彼女にお礼など言われなければならないのか。
婚約者はユウナの方なのに、アリアはまるで自分の方が親しいと言外に伝えてくるかのようだ。
これはそれとなくマウントをとられているのだろうかと、ユウナは判断に困った。
「先日はごめんなさい。私が熱を出したばっかりにデートの邪魔をしてしまって」
「なにを言ってるんだ、アリア。そんなこと気にする必要はないんだ」
気にするななどと、そんな言葉をよくもまあ三時間も待たせたあげくにドタキャンした婚約者の前で言えたなと、ユウナはジュードに対して冷めた目をする。
すると、どうだろう。
「そうだよ、アリアちゃん。体の方が一番大事なんだから」
「オペラなんていつでも行けるんだから」
ジュードの両親までもがアリアの擁護に回ったのだ。
「ありがとうございます。おじ様、おば様」
ユウナはその言葉を聞きながら、これはなんの茶番だと言いたくなった。
ユウナを無視して完成する空間。まるでユウナなどいないように話は続く。
「今日は体調がよさそうだね。夕食は一緒にどうだい?」
「わあ、嬉しい。でもお邪魔じゃないですか?」
その喜び方がわざとらしいと思うのは、性格が悪いからだろうか。
「アリアちゃんがいると空気が明るくなったようになるから大歓迎よ」
「そうそう、アリアはうちの家族同然なんだから」
そんな会話を聞かされていたユウナの我慢がピークに達する。
突然立ち上がったユウナに、四人の視線が集まる。
「どうやらお邪魔のようですので私はおいとまします」
「あっ、ごめんなさい」
なにを思ったのか、悲しそうに眉を下げ謝るアリアと、責めるような視線を向けてくるジュードがどうにも癪に障る。
「いえ、謝られることはないので」
そう。どちらかというと、謝ってほしいのはジュードとその両親である。
祖父がやっと手に入れたチケットだというのに、オペラをいつでも行けると言ったり、ユウナを無視して話を続けたりと、ありえない。
一番ありえないのは、遅れてきたにもかかわらず、謝罪一つないジュードであるが。
オペラのチケットがどれだけの値段をしたと思っているのか。
少なくとも、仕方ないと笑っていられる値段でも価値でもない。
あまりの不快さに、ユウナはこの空間にこれ以上いられず足早に家へ帰った。
数日後、ユウナは伯爵令嬢の友人宅を訪れ、綺麗な庭園にあるガゼボにて、二人だけのお茶会を開いていた。
話題は自然と怒り収まらぬジュードの話になった。
なにがあったか話せば話すほど怒りがふつふつと湧き再燃する。
「くあぁ! ムカつく。何故だか非常にムカつくわ! 腹の虫がおさまらない!」
アリアと顔を合わせて以降、連続で五度目のデートをキャンセルされたユウナは、頭を抱えて溜まった不満を発散する。
それを目の前にいる友人がやれやれといった様子で見ていた。
「はいはい。そういう時はやけ食いが一番よ」
そう言って差し出されたマカロンを、ユウナは大きな口を開けてかぶりついた。
淑女としてはよろしくないが、侍女を下がらせた今、ここにはユウナと友人しかいないのでよしとする。
「それにしても、彼には困ったものねぇ」
物憂げに目を伏せる目の前の儚い雰囲気の美人は、母の友人の娘である伯爵家のご令嬢ロゼットである。
伯爵家の血を引いてるだけのユウナとは違う、まごうことなき貴族生まれ貴族育ちだ。
「困ったなんてものじゃないわよ、ロゼット。彼が歴代の彼女達と続かなかったのも納得できるわ。そもそも常識がなさすぎる。最初に顔を合わせた時は普通の好青年に感じたんだけどね。まさか婚約者の前で他の女とイチャつくとは思わなかったわ」
「アリアさんって方だったわね。男爵家のご令嬢。社交場では見たことないけれど」
「うん。そう。ジュードの幼馴染みらしいわ。それにしては距離が近すぎる気がするんだけど」
ユウナの方でも少し調べた。
どうやらアリアの家はクエンティン商会の得意先であり、男爵の位を持っていた。
体が弱く外出できないアリアの話し相手として、ジュードは幼い頃から側にいたらしい。
だが、今では体調もだいぶよくなり普通の人と変わらない生活を送っているそうなのだが、いまだにジュードは体が弱いと思っているようだ。
それに、五度もデートの日を狙ったかのようにアリアが体調を崩すなどあるものなのか。
体調を崩した時に心細くなる気持ちは分かるが、すでに婚約者のいる相手を呼び出すなどもってのほかだ。
考えたくない予想が浮かび、頭痛がした。
何故よりによってあんな問題ありの婚約者を持ってしまったのか……
「まったく、父様はどうしようもないわね。あれでよく商会のトップをやってられるわよ」
「それだけど、証文があったのよね?」
「ええ。ばっちり両者のサインがあったわ」
「ねぇ、ユウナのお父様って、クエンティン商会の会頭にいいように騙されたんじゃないの?」
「言わないで……。激しく同意したくなるから」
ガゼルはやけにユウナが伯爵を継ぐことに食いついていた。
もしかしたら、どこからかその話を仕入れ、ユウナとジュードを結婚させれば伯爵の身内になれると思ったのではないか。
そう疑ってしまう程度には、ガゼルは会う度やけにユウナから伯爵家の話を聞きたがるのだ。
そして、ジュードをその伯爵家や、貴族の集まりに連れていくようにと打診してくる。
確かにユウナは祖父母から貴族に必要なマナーや学問などを学んでいる。
時には貴族の茶会に顔を出すことだってある。
だが、それはユウナが伯爵を継ぐことを想定してのもの。
そして、ユウナが伯爵を継ぐのならジュードとの婚約は解消の一択だ。
そこをどうもガゼルは分かっていない。
もしガゼルがユウナの継ぐ伯爵の地位を狙ってのことなら、生憎だが世の中はそう甘くない。
まだ結婚したわけではなく婚約中であるため、ユウナが伯爵家を継ぐかどうかは保留だが、ジュードと結婚すれば、その時点で跡取りはまだ幼い弟に移る。
ガゼルの望みが叶うことはないのだ。
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