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二章
結婚式
「どうして父親の私が娘と一緒に歩けないんだぁ!?」
「自分の悪行を顧みてみろ、このクズ親父が!」
そんな罵り合いをする父親と兄を前にしながら、ユウナは遠い目をした。
「私、今日、大事な結婚式なんですけど……」
こんな日にまで揉め事はやめてくれと、口を挟むが聞きやしない。
始まりは数時間前にさかのぼる。
めでたい日にはもってこいの澄んだ青い空がどこまでも続く日、シャロン商会の娘であり、ホーエンツ伯爵の孫であるユウナはまだ日も明けきらぬ時間からたたき起こされた。
「眠い……」
湯船に浸かり全身を侍女に磨きあげられている最中も眠気は去ってくれなかった。
今日の日のためにユウナは前日からホーエンツ伯爵家に泊まり、夜遅くまで飲んで騒いでしていたので仕方ない。
前日に家族全員で独身最後の家族だんらんを楽しめたので悔いはないが、眠いものは眠いのだ。
「お嬢様、眠気覚ましのミントティーです」
「ありがとう……」
湯あたりしないよう、用意してくれた氷の入ったミントティーを飲むと、すっと口の中だけでなく目が覚めるような気がした。
あくまでそう思っただけ。
眠気はすぐになくなってはくれない。
温かいお湯に入っているために体がポカポカしているので余計にだ。
「軽くつまめるサンドイッチなども用意しておりますから、お風呂から上がったらお召し上がりください。今日はお食事をされる暇はないでしょうから」
「うん、ありがとう」
ユウナはしょぼしょぼとした目を必死で開けながら、このホーエンツ伯爵家で一番長く働いている侍女長にお礼を言う。
これまではシャロン商会の娘として、平民だったユウナ。
母親は伯爵令嬢だったものの、平民の父親と恋に落ちてあっさり貴族の跡取りの座も地位も捨てて父親に嫁いだ。
とはいえ、父親が営んでいるシャロン商会は国一番と称賛されるほどの資産家だったので、そこらの貴族より貴族らしい生活水準を送っていた。
祖父母が平民との結婚を許したのも、そういう背景があったからに違いない。
この国でシャロン商会から取引を止められたら、貴族ですら没落すると言われているほどなのだ。
しかし、ただ一人の跡取りだった母親が平民として父親に嫁いだために、ホーエンツ伯爵家には跡継ぎがいなくなってしまった。
祖父には兄がいるが、そちらは結婚も子供いないので、唯一の血縁が母親の子供であるユウナ達兄妹だけだったのだ。
このままではホーエンツ伯爵家が途絶えてしまうが、兄のノアは当初からシャロン商会を継ぐ意思を示しており、そのためユウナが伯爵家の跡取りとして、幼い頃から貴族教育を受けていた。
そして少し前、正式に跡を継ぐために祖父と養子縁組を行い、貴族として跡を継ぐ下地が作られた。
さらに言うと、アールス公爵の次男であるリオと婚約が決まり、ユウナには申し分ない後ろ盾ができた。
まあ、そこにいたるまではとてつもない疲れる過程があったのだが、今は省略する。
「今日は誰よりも美しくしてみせますからね!」
「うふふふ」
気合を入れる侍女達は、目をぎらぎらさせながら腕をまくった。
「お、お手柔らかにお願いします……」
ユウナは頬を引きつらせた。
衣装一度の晴れ舞台。
綺麗にしてくれるのは願ってもないが、ユウナ以上の気合いを感じるのが不安でしかない。
「お任せください!!」
にっこにこの笑顔を浮かべる侍女が怖い……。
果たして任せきりにしていいのだろうか。
しかし、否を言える雰囲気ではなかった。
そうして数時間。
鬼気迫る勢いの彼女達はさすが伯爵家で雇われている侍女――それも、ユウナの専属にと決まったこの伯爵家の中でも有能と判断できる侍女だ。
そんな彼女達の腕にかかれば、ただでさえ母親譲りの美しい容姿を持っていたユウナは、普段見慣れた侍女達ですら思わずため息が出るほどに美しく着飾られた。
「ほわぁ……」
「眼福です~」
「さすがお嬢様のお嬢様」
母親の昔を知る侍女からは、母親の若い頃とを比べ感嘆の声を上げる者もいる。
「お嬢様がご結婚された時を思い出しますわ」
そっと涙を拭い感激しているのは侍女長だ。
長くこの屋敷で働いている彼女は、当然ながら母親が結婚した時すでにここで侍女として活躍していたと聞く。
彼女を始め、長く働いている使用人の間では、いまだに母親は伯爵家のお嬢様なのであろう。
結婚して子供がいてもなお、『お嬢様』という呼び方を改める気はないようだ
まあ、あのクズ親父のことを考えれば嫌でも結婚を認めたくはなかろう。
よく祖父は父親との結婚を許したものだと、ユウナは何度思っただろうか。
しかし、両親の仲がいいのもまた事実なので、祖父母が根負けしたのかもしれない。
ユウナもそんな仲のよさには憧れていたものの、伯爵家を継ぐ以上政略結婚はやむなしとほぼ諦めていた。
この国の貴族や上流階級の家では、結婚は家長が決めることがほとんどなのだ。
祖父はユウナをかわいがっていたので変な相手を選んでくることはないだろうが、恋愛婚は難しいと理解していた。
ユウナ自身、恋愛婚への憧れはありつつも、第一に考えるべきは伯爵家のことなので、爵位を継ぐなら仕方ないと覚悟の上であった。
最悪、険悪な関係にならない相手ならばいいかとすら思っていたぐらいだ。
けれど、今日、ユウナと結婚するのは過去に諦めた気持ちごと吹き飛ばしてくれる存在だった。
ユウナは自分の指に光る石のついた指輪を見て、口元をほころばせた。
この国にはない、隣国ヒルナ国の風習だというそれは、婚約の際に指輪を贈るというものだ。
今日のこの大事な日に絶対に忘れるわけにはいかない品だった。
「ねえ、頼んでいたあれはちゃんとある?」
ユウナが周囲にいた侍女に問うと、すぐになんの話か察した侍女がにこりと微笑む。
「ええ、もちろん忘れておりませんよ」
侍女が持ってきた小箱をそっとユウナに渡す。
ユウナは小箱を慎重に開けて、中身を確認すると、安堵を含んだ喜びいっぱいの笑みを浮かべた。
その幸せそうな笑顔は、周囲にいた侍女達の表情も優しいものにする。
「さあ、お嬢様。準備ができましたのでホールへ参りましょう。皆様おそろいですよ」
「ええ」
ユウナは小箱を大事に持ったまま、部屋を後にする。
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