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22話

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「ゔーー…………やばい………」

翌朝。
先に起きて簡単に朝食を用意していると、ベッドから低い呻き声が聞こえて、黒崎が目を覚ましたことがわかった。

ケトルのスイッチを押してお湯を沸かしてから様子見に戻る。ひどい顔をした黒崎が、起き上がって頭を押さえていた。

「おはよ、大丈夫?」

「……………なんでおれ、綾瀬の家にいるの」

「すごい、もうそこから覚えてないんだ」

いつかしてもらったように、水を薬を差し出した。いつもより低いトーンでありがとうと、一言黒崎が言った。
昨晩、乾き切る前にドライヤーを終わらせてしまったのか髪もボサボサで、顔も浮腫んで目元も腫れて重たい印象。こんなだらしない顔は初めて見れたから、逆にちょっときゅんとした。

「…俺のスマホ」

「無いですよ。黒崎さん手ぶらで抜け出してここ来たんだから」

「……………マジで?」

「マジ。なんならカバンも上着も何も持ってないよ。昨日小宮さんから荷物いつ取りに来るのか俺に連絡きたから、今日黒崎さんが行くって返してます」

「うわーーー………最悪だ…………」

ぽすっと音を立てて黒崎が突っ伏した。
動きが全部のろのろと遅くて、体調悪いんだろうなと考える。

「大丈夫?」

「めちゃくちゃ、気持ち悪い……ただの二日酔いなんだけど………」

「俺午後から大学行くけど、黒崎さんどうする?一日中いても良いけど……」

「今出かけるのは無理だわ………一旦落ち着くまで寝かせて…あっスマホ……荷物……」

「……俺今から行ってきますよ。昨日どこで飲んでたか教えてください」

「…綾瀬だいすき」

こんな適当に言われた言葉でも俺はちょっと嬉しくなってしまうんだから、単純で悔しい。
自分のスマホを手渡して、地図アプリで目的地を打ち込んでもらった。

「昨日、小宮の家で飲んでてさ。……こっからめっちゃ近いんだよ」

「え?…本当だ、知らなかったです。じゃあ連絡していってきますね」

「………ごめん、本当ありがとう」

そう言うと、残っていた水を飲み干してからごろりと黒崎が転がった。
小宮宛にメッセージを送るといつでも来ていいとのことだったので、アウターを羽織って出かけた。


小宮の家は本当に近くて、歩いて10分程度だった。
大学から少し離れた駅に住んでいるため、近くにあまり友人が住んでいなくて時々寂しく感じていたため何となく嬉しい気持ちになる。
チャイムを押すと、すぐに玄関が開いた。

「……おつかれ、黒崎は二日酔い?」

「はい。動けないって」

「あんまり後輩パシるなって言っておくね」

はい、とアウターと見慣れた鞄を手渡される。そこそこ大荷物だなと思い、カバンだけ肩にかけた。

「財布も全部入ってるし、帰りにジュースとかお菓子とか黒崎のお金で買って帰りなよ」

「あはは…それくらいしてもまあ良いですね」

「家は近いの?」

「近いです、10分くらいでした」

「じゃあ良かった」

小宮は普段の印象から何も変わらない様子で、酔いが残っている風では全く無かった。
そういえばこの人は酒がめちゃくちゃ強かったなと、サークルでの飲み会でも顔色を変えずに飲んでいたのを思い出す。

最後に挨拶をして帰ろうとすると、綾瀬と呼ばれて呼び止められた。

「昨日黒崎と買い出し行ったやつが聞きすぎたって反省してたから、それは伝えておいて」

「………ああ、ちょっと聞きました」




「ただいま」

眠っているかもしれない黒崎を起こさないよう、少し声を落として言った。
部屋に戻ると布団がもぞもぞ盛り上がって動いていて、ああ起きていたんだと分かった。
布団を少しめくって顔を出させる。眩しそうな目をしていた。

のろのろ起き上がったかと思うと、スマホだけ先に受け取ってまた黒崎は横になってしまった。
ありがとう、の声がまだ掠れていて可笑しくて、少し笑ってしまう。

メッセージや着信を確認している黒崎に、さっきのことを伝えるついでに質問を投げかけた。

「黒崎さん、昨日のことどこまで覚えてる?」

「………小宮の家にみんなで行った」

「そこで終わり?」

「うん」

俺はこういうどんちゃん騒ぎする飲み会にはあまり参加しないので、どんな飲み方をしたのか本当に気になった。なんだかんだこの人が酔い潰れるところすら俺は見たことがないから、余計に。

「昨日途中の買い出しでその…エッチの時の話聞かれて嫌だったって言って抜けて、俺んち来たって言ってたよ」

「………マジ?あーー…………なんか、そんなことあったような気がしてきた」

「そう、その先輩反省してたって言ってたよ。小宮さんが」

「へえ!じゃあ今度なんか奢らせよ」

温厚な黒崎が黙って置いて去ってしまったくらいだから、よほど酷いことを聞かれたのかと思っていて俺は勝手に重く受け止めていたが、当の本人はいつもと変わらない様子で、特に気に留めていないように見えた。
こういう時、本当に何も気にしていないのか、気にしていないフリをしているのか、黒崎は分かりにくい。傷ついた時、それを隠すのがやたらと上手かった。

ついじっと顔を見つめてしまって、スマホから目を外した黒崎と目が合う。
ちょっと驚いた顔をしてから、ふふっと目元だけで笑った。

「なに難しい顔してんの」

「……いや、相当嫌な思いしたのかなと思ってちょっと心配だった。黒崎さんが黙って抜けてきちゃうなんて」

「俺?平気だよ、気にしないタイプだし。まあそもそもあんまし覚えてないし……」

「……そう?信じるよ」

「あはは、…ありがとうね」

困ったように黒崎が笑った。
少し前髪を指先で摘んで整えて、それから俺にまた話を振る。

「綾瀬はそういう事話すの苦手そうだね」

「別に俺は……いや、ううん………あんまり、人には話したくないかも」

「あはは、しかも躱すのも下手そう」

「否定できないです」

「まあ、なんかあっても綾瀬のことは俺が守るよ」

ゆっくり起き上がった黒崎がそう言って、突っ立っていた俺の腕を引いて抱き寄せた。
寝起きで更に酒で喉が焼けていて、ざらざらした低い声だった。
ベッドに乗っかって、黒崎の膝の上に座って抱きついて甘える。同じシャンプーを使って同じ布団で眠ったから、黒崎からは俺と同じ匂いがした。

「…そういうのさらっと言えるのずるいです、普通にかっこいい」

「まあね~」

ちょっと得意げに黒崎が言った。
守るだなんて言ったって、考えなしに口に出したような軽いトーンだったけど、それがちょうど良くて安心する。
悪い事が起きても、大変な事が起きても、まあ何とかなるのかもしれない、気にすることはないのかもと思えた。黒崎と話していると、時々そういう楽観的な所に救われる。



「…ちなみに、昨日俺の家で思いっきり吐いたのは覚えてます?」

昨日のことを聞いたついでに、気になっていた疑問もぶつけてみる。
自分からフェラしたこともまあ覚えていないだろうけど、それならそれで教えるつもりだった。

「………マジ?」

「吐く前何してたかも記憶ない?」

「えーー……………俺吐いたの?」

「豪快にいってたよ」

「最悪じゃん………………」

黒崎は本当に何も覚えていないみたいで、ぎくりと身体を固くした。
さっきまで頼りがいがあってかっこよかったのに、俺の肩に顔を埋めて項垂れてる姿はなんだか情けなくて、可愛いなと思った。
かっこいいところも弱いところも全部さらけ出せるのがこの人のかわいい所だと思う。素直で茶目っ気があって親しみやすいから、誰とでもすぐに打ち解ける。

「なーんも覚えてないの?」

「……本当に思い出せないかも。えっなんか悪いことした?」

「ううん……悪いことっていうか、その、急に俺の舐めた」

「………………………………」

黙ったまま黒崎が動かなくなる。
ちょっとかっこつけたような台詞はすらすら言えるくせに、こういう時は意外とすぐに分かりやすく照れてうぶな反応をするところが好きだった。
ぐりぐり額を肩に押し付けられて少し痛いし苦しい。

「………舐めるって、そういう?それ俺からやったの?綾瀬がやらせたんじゃなくて」

「俺そんなことしないですよ!なんならやらないで良いよって言ったのに自分から…けっこうグイグイ」

「…そういうの、後から聞かされるのが一番恥ずかしい」

「怒らせちゃったからごめんって言って始めてましたよ。…それで勝手に飲んでおいて、その後すぐ吐いた」

「うわっそれはごめん!」

黒崎がやっと顔を上げて身体を起こす。
笑ってはいたけれど、まだ少し赤い顔をしていた。
寝起きの時よりはいくらか浮腫みもマシになっていて、いつも通りの丸い目をしている。ヨダレの跡も消えていたから、顔は洗ったのかもしれない。

ほっぺたを軽くつねる。それから唇を指でなぞってふにふに押した。昨日の食事のせいか雑にシャワーを浴びてそのまま眠ったからか、薄い唇は珍しくひび割れがあってかさかさしていた。
撫でられて黒崎も荒れに気がついたのか、顔を軽く逸らしてきゅっと唇を結んでしまった。

昨日の、精液を飲み込む時の苦しそうな顔を思い出した。溢さないようこんな風に口を結んで、何度も喉仏を上下させて飲み下していた。

「…なんか思い出してるだろ、お前」

「あは。…飲んでくれたの、やっぱ嬉しかったなあと思って」

「……まあ、気が向いたらまたやってあげるよ」

「本当?!」

嬉しそうな声を隠せないまま元気に返事をしてしまって、黒崎が苦笑いした。
それから軽く頭を小突く。手加減しまくりの軽いタッチみたいなもので、付き合う前からよくやられていたし、その時から俺はこれが好きだった。

「大学行くんでしょ、そろそろ準備しなよ」

「そうだった…黒崎さんはどうする?一緒に行く?」

「…俺は休みます、1日家に置いておいてください」

「そうですか、じゃあ早く帰ってくるね」

軽く唇を合わせて、それから支度を整えるためベッドを降りた。
鏡を見てもあまり寝癖は目立たなかったが、一応髪を濡らしてざっと乾かしてセットしていく。セットを楽にするためにゆるくパーマをかけているから、もうこれだけで完成する。素材が良いやつは楽で良いねと黒崎がボソッと言った。あっ普通に嬉しい。へへへとだらしなく笑った。

「めっちゃ嬉しそうにするじゃん」

いつの間にか布団の中に潜っていた黒崎が、なぜか得意げにそう言って笑っていた。
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