あなたといきた

雛芥子まとい

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 某日、春のような麗らかな日よりにて、彼女の葬儀は執り行われた。喪主は僕だ。誰もまねかずひっそりといきたいと言った彼女の言葉に忠実に。 
 祈りなどはいらないから、骨を焼いて海にまいて欲しいと言っていた。幼い頃からの夢だったと聞いて、とてもかなしくなったことを覚えている。 
 火葬を終えて、遺骨を抱えて外に出ると、門の外が人で犇めいていた。あれは、彼女の遺族と、若き文豪の最期を写真に収めて話でも、と思っている報道関係者。友人たちの姿はない。 
 それを判別して、今日ばかりはと頼んだ車に乗り込み、プロフェッショナルに任せた運転で、敷地を出ようとする。 

 その車の前に、体ばかり大きな子供が身を張った。 
 車は急停車し、そこを狙って老人や女が車を囲んだ。姑息だ。 
 彼女の遺族が激怒している。というのは承知している。 
 若くして成功し、父親の多額の遺産をも引き継いだ本家の娘の、その多額の遺産が、自分たちのもとには一銭も入ってこないことを知ったからだ。その通知は、優しくも僕が出した。後から、全てが終わる段階になってまで文句を言われるのは、あまりに彼女があわれだったから。 
 けれど、そんな意図などなかったかのように、その人たちは道を阻む。 
 愚かな人たちだ、そんなにも愚かだからこそ、彼女は遺族になに一つとして権利を渡さないよう手続きしていたのに。 
  
 防護ガラスの向こうで、「返せ、孫を返せ!」 
 そう叫ぶ老人の聞くに耐えない声。 
  
 馬鹿の一つ覚えだ。この人間関係に希薄な現代において、情に訴えれば勝てると思っている。古いドラマの見過ぎではないだろうか。生憎と僕には、この人たちに抱く情などなに一つとしてない。 
  
 僕は、夏生新名のパートナーだ。 
 そういうように作られた、彼女以外に情など感じない。ニナという、アンドロイドだ。 
  
 彼女に信じられることのなかった遺族に、くれてやるものなど塵ひとつも存在しない。 
  
 防護ガラスの上部を少し開けて。 
「僕は法に認められた新名のパートナーなので、彼女に関することは、法のもと、僕に一任されている、と、もう一度だけ言っておきますね。これ以上、騒ぐのであれば、警察を呼びます。そのようにして欲しいとの、遺言なので」 
 唖然とする遺族を置いて、僕は骨になった新名を抱き直す。

 向かったのは、彼女が好きだと言った海の、最果て。 

 運転手にはのんびりしてもらって、船へ乗り込み、操縦をお願いする。彼は新名の作品のファンだと言った。涙ぐんだ彼の存在を、彼女に教えてあげたかった。 
 沖に止まって。僕はひとり、彼女の骨をまく。 
 ひとつ、ふたつ、みっつ。時折、てが止まりそうになりながら、続けていく。よっつ、いつつ、むっつ、ななつ……。 
 ああ、この世はなんて残酷か。 
  
 新名。 
  
 出会う前からあなたが好きだった、初めから、そういうようにインプットされていた。あなたがエントリーシートに記入した内容で行われた、人格、性格把握テストから導き出された結果のものだった。あなたには愛情が欠けている、と、誰もが判断した結果だった。 
 あなたを愛するために僕は生まれた。 
 だから今、僕は、こんなにも悲しい。 
 もうあなたにフレンチトーストもハニーティーも作ってあげられない。仕事をしている真剣な横顔も、新しい服を着てはしゃいでいる姿も。あの柔らかくやさしい笑顔を見られない。どんなことがあっても、助けてあげられない。 
  
 そして、僕から、記憶を奪って、去っていく。 
 あまりにも穏やかに、ひどいことをして。 
  
  
 あなたの遺言の一つ。 
  
 夏生新名のことの一切を、ニナから、わたしの遺産のすべてを駆使して、削除してください。 
  
  
 アンドロイドは、この現代において、内部の処理能力が高すぎて、低コストではメモリを消すことすら難しい存在だ。 
 大体がひとつの主人に使えて、役目を終えたら、部品となるため廃棄され、解体される。メモリがあると感情に近いものを得るため、ほかの主人につかえようとしない機体がほとんどだからだ。 それを防ぐたった一つの方法が、「メモリの全消去、及びリセット」。 
 だいたいのアンドロイドは部品となるなか、僕は彼女の意思によって、記憶とも呼べるものを消されて、なかなかいない「第二の主人をもつアンドロイド」となる。それに値する金額を、彼女の遺産は賄えてしまう。 
  
 なんてひどい、酷くて愛おしい。 
  
 これを決めたとき、僕は新名の横にいた。そこに座って、彼女が心底嬉しそうに笑っているのを、ただ見ていた。 
「ねえ、ニナ。わたし、ニナの力になれるかな。ニナのからだを、せめて、守ってあげられるといいなあ」 
 あの、信頼する友人を見る眼差しに、僕の中の恋に似たモノが、疼いて、あなたを忘れさせるくらいならスクラップにしてくれ、と、叫びたかった。 
「大好きよニナ、わたしの戦友」 
 僕を心底、愛している友人が、可愛らしい声音でいう。 
 体の中で反響して。 
  
  
 そこでやっと、遺骨をまき終えた。

 祈りなどいらないとは聞いたけれど、僕は、そこで静かな黙祷をする。 
 新名。僕の主人、僕の愛したひと、僕の友人。僕の、パートナー。 
 せめて来世があるならば、あなたの幸せがそこにありますように。 
  
 しっかりと捧げた、愛情を、おいていく。 
  
 陸に戻ったら、新名が懇意にしていた出版社の編集さんに、届け物をしてこなければ、それが終わったならば、僕はラボで消去作業に入る。 操縦者に声をかけて、止まっていた船を動かしにかかってもらった。 
  
 最期まで僕を守る、可愛いひと。 
 さよなら、僕にすべてを与え、遺し、守っていく。新名。

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