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第12話:守るべき光
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清純の寝言に、春は己への想いを確信した。
春はもう、何も恐れなかった。
夜の東屋で、清純の疲れた横顔を隣で見守る。
その眼差しは慈愛に満ち、清純もまた、その視線がもたらす安らぎに、抗うことをやめていた。
言葉はなくとも、二人の心は確かに通い合っている。
そんな穏やかな確信が、そこにはあった。
だが運命は、そんなささやかな平穏を許しはしなかった。
その日、法務庁は朝から不穏な空気に包まれていた。
やり手の若手官吏として知られる武田という男が、血相を変えて清純の執務室に駆け込んできたのだ。
「局長! 一大事にございます!」
武田が叩きつけるように文机に広げたのは、一枚の古びた紙。
そこには、法務庁の敷地の見取り図らしきものが、細かく描き込まれていた。
「これを、庭師の小屋にて発見いたしました! 我が国の防備を探る、間者の仕業に違いありません!」
「……何……?」
清純の血が、一瞬にして凍りついた。
庭師。間者。
その言葉が、春の異国の血を引くあの顔立ちと結びつく。
これは、罠だ。
春を妬む者、あるいは清純を失脚させたい政敵の、卑劣な罠。
「……すぐに、その庭師の身柄を確保せよ。尋問は、私自身が行う」
清純の声は、地の底から響くように低く、冷たかった。
完璧な能面のように、一切の感情を窺わせない。
その威圧感に武田は息を呑み、慌てて部屋を辞した。
やがて衛士に両脇を固められた春が、尋問室へと連れてこられた。
顔は青ざめ、何が起きているのか分からず、ただ恐怖に震えている。
清純は人払いを命じた。
重い扉が閉ざされ、広い尋問室に二人きりになる。
そこにいるのは、夜の東屋で心を通わせる男たちの姿ではない。
法の番人たる法務局長と、国家への反逆を疑われる一人の容疑者。
その二人が、冷たい石の卓を挟んで、対峙している。
「春」
清純の温度のない声が、狭い室内に響いた。
「そこに座れ。そして、この絵図について、言い分を聞こう」
春は震える足で椅子に腰かけ、清純が差し出した絵図を見た。
途端に、その瞳から恐怖の色が薄れる。
「……ああ、これ。これは、来年の春の庭の……」
「庭だと?」
「はい。ここに、八重桜を。こちらの池の周りには、菖蒲を咲かせて……それからお庭だけではなく、内廊下や外廊下、それから渡り廊下や玄関や裏口も、お目に優しい緑をうまく配置できないかと考えていました……局長さまがよく、お疲れになると視界が霞んで頭痛がすると仰っていたので……」
そこまで聞いて、清純は深く長い息を吐いた。
「そんなことであろうとは思った……」
清純は改めて絵図に目を落とす。
庭だけではなく建物やその内部構造を正確に描いたのは、植物の配置を緻密に計算するためだったのだ。
「武田の奴めが……」
清純は、ゆっくりと立ち上がった。そして春の座る椅子の前まで歩み寄り、その前に、片膝をつく。
「え……きょ、局長さま!?」
容疑者の前に、この国の法の頂点に立つ男がひざまずいている。
常識では考えられない光景に、春は声をひっくり返した。
「春。よく聞きなさい」
清純は、まっすぐに春の目を見つめた。もはや尋問者のものではない、ただ一人の人間を守ると決めた、男の目をしていた。
「これから、何があっても私を信じなさい」
「……!」
清純は、そっと手を伸ばし、震える春の手に自らの手を、力強く重ねた。
初めて、はっきりと、自らの意思で触れる。
「私が、必ず君を守ろう」
「局長さま……」
その大きな手の温かさと揺るぎない声の力強さに、春の瞳から涙が溢れ落ちた。
安堵と不安、ほんの少しの恐怖と喜び。相反する感情がごちゃ混ぜになって、心の整理が追いつかない。
それでも、これだけは春にも理解ができた。
今はただ清純を信じ、気丈であること、困らせないこと。
それが今の自分にできる最大限のことであると。
春はもう、何も恐れなかった。
夜の東屋で、清純の疲れた横顔を隣で見守る。
その眼差しは慈愛に満ち、清純もまた、その視線がもたらす安らぎに、抗うことをやめていた。
言葉はなくとも、二人の心は確かに通い合っている。
そんな穏やかな確信が、そこにはあった。
だが運命は、そんなささやかな平穏を許しはしなかった。
その日、法務庁は朝から不穏な空気に包まれていた。
やり手の若手官吏として知られる武田という男が、血相を変えて清純の執務室に駆け込んできたのだ。
「局長! 一大事にございます!」
武田が叩きつけるように文机に広げたのは、一枚の古びた紙。
そこには、法務庁の敷地の見取り図らしきものが、細かく描き込まれていた。
「これを、庭師の小屋にて発見いたしました! 我が国の防備を探る、間者の仕業に違いありません!」
「……何……?」
清純の血が、一瞬にして凍りついた。
庭師。間者。
その言葉が、春の異国の血を引くあの顔立ちと結びつく。
これは、罠だ。
春を妬む者、あるいは清純を失脚させたい政敵の、卑劣な罠。
「……すぐに、その庭師の身柄を確保せよ。尋問は、私自身が行う」
清純の声は、地の底から響くように低く、冷たかった。
完璧な能面のように、一切の感情を窺わせない。
その威圧感に武田は息を呑み、慌てて部屋を辞した。
やがて衛士に両脇を固められた春が、尋問室へと連れてこられた。
顔は青ざめ、何が起きているのか分からず、ただ恐怖に震えている。
清純は人払いを命じた。
重い扉が閉ざされ、広い尋問室に二人きりになる。
そこにいるのは、夜の東屋で心を通わせる男たちの姿ではない。
法の番人たる法務局長と、国家への反逆を疑われる一人の容疑者。
その二人が、冷たい石の卓を挟んで、対峙している。
「春」
清純の温度のない声が、狭い室内に響いた。
「そこに座れ。そして、この絵図について、言い分を聞こう」
春は震える足で椅子に腰かけ、清純が差し出した絵図を見た。
途端に、その瞳から恐怖の色が薄れる。
「……ああ、これ。これは、来年の春の庭の……」
「庭だと?」
「はい。ここに、八重桜を。こちらの池の周りには、菖蒲を咲かせて……それからお庭だけではなく、内廊下や外廊下、それから渡り廊下や玄関や裏口も、お目に優しい緑をうまく配置できないかと考えていました……局長さまがよく、お疲れになると視界が霞んで頭痛がすると仰っていたので……」
そこまで聞いて、清純は深く長い息を吐いた。
「そんなことであろうとは思った……」
清純は改めて絵図に目を落とす。
庭だけではなく建物やその内部構造を正確に描いたのは、植物の配置を緻密に計算するためだったのだ。
「武田の奴めが……」
清純は、ゆっくりと立ち上がった。そして春の座る椅子の前まで歩み寄り、その前に、片膝をつく。
「え……きょ、局長さま!?」
容疑者の前に、この国の法の頂点に立つ男がひざまずいている。
常識では考えられない光景に、春は声をひっくり返した。
「春。よく聞きなさい」
清純は、まっすぐに春の目を見つめた。もはや尋問者のものではない、ただ一人の人間を守ると決めた、男の目をしていた。
「これから、何があっても私を信じなさい」
「……!」
清純は、そっと手を伸ばし、震える春の手に自らの手を、力強く重ねた。
初めて、はっきりと、自らの意思で触れる。
「私が、必ず君を守ろう」
「局長さま……」
その大きな手の温かさと揺るぎない声の力強さに、春の瞳から涙が溢れ落ちた。
安堵と不安、ほんの少しの恐怖と喜び。相反する感情がごちゃ混ぜになって、心の整理が追いつかない。
それでも、これだけは春にも理解ができた。
今はただ清純を信じ、気丈であること、困らせないこと。
それが今の自分にできる最大限のことであると。
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