27 / 47
第27話:秩序ある愛
しおりを挟む春が、清純の屋敷に、住み込みの庭師として暮らすようになってから三月(みつき)ほどの時が流れた。
屋敷の空気は、目に見えて変わった。
昼間、清純は法務庁へ出仕するか、あるいは書斎で、山のような書類と向き合っている。
その間、春は庭で土と向き合う。
春の小さな手によって、屋敷の庭は、日に日に、その表情を豊かにしていった。
季節の移ろいを繊細に映し出す花壇、風が心地よく通り抜けるように剪定(せんてい)された木々。
その仕事ぶりは、実に見事なものだった。
そして春は、実によく働く、心根の優しい少年だった。
庭仕事が一段落すれば、まだ若い侍女たちに混じって、「ぼくも手伝います」と、長い廊下を雑巾がけしたり、蔵の整理を手伝ったりする。
その姿には、驕りや気負いが、かけらもなかった。
清純は何度か、春に夕餉(ゆうげ)を共にしようと誘った。
だが春は、そのたびに嬉しそうに、しかし、きっぱりと首を横に振るのだった。
「お気持ちは、天にも昇るほど嬉しいです。ですが、ぼくは、この屋敷の庭師ですから。皆さまと同じ場所でいただくのが、分相応というものです」
そう言って、深々と頭を下げ、侍女や他の使用人達と食事を共にする。
その己の立場をわきまえた、あまりに殊勝な態度に、清純は寂しさを覚えながらも、深く感心するしかなかった。
使用人たちが、そんな春に絶大な好感を抱いているのは、言うまでもない。
「春殿は、若いのによくできたお方だ」と誰もが、その働きぶりと謙虚さを陰ながら称賛していた。
昼間の、きっちりと引かれた境界線。
それが夜の訪れと共に甘く溶け合うことを、この屋敷で知っているのは、ごくわずかな者たちだけだった。
夜。
自室で体を清めた春は、誰に言われるでもなく静かな足取りで、清純の私室を訪れる。
まず、二人でゆっくりと茶を飲む。
清純がその日に扱った難解な訴訟について、ぽつり、ぽつりと語り、春は庭で見つけた、新しい花のつぼみの話をする。
それは恋人たちの、穏やかで満ち足りた時間だった。
そして、どちらからともなく寝所へと、移る。
だが、二人が肌を重ねるのは、毎夜のことではなかった。
「……春。今宵は、疲れてはいないか」
清純が春の体を気遣って、そう問いかける日もあれば、
「……清純さま。今日は、少し、肌寒いですね」
と春が、その細い体で甘えるようにすり寄ってくる夜もある。
二人は決して、己の欲望に任せることはなかった。
互いの体調と心の機微を、丁寧に確かめ合いながら、肌を重ねる「その日」を決める。
その、あまりに節度ある二人の生活は、周囲にいらぬ憶測を抱かせる隙を与えなかった。
法務局長が、年若い異国の少年を屋敷に囲い、愛人として侍らせている。
そんな下世話な噂が立つ余地など、どこにもない。
そこにあるのは、主と腕の良い庭師という、秩序ある関係。
そして、その奥に秘められた、深く静かな慈しみの情だけ。
その誰にも踏み込ませぬ規律正しい愛情こそが、二人の関係を何よりも強く、守っている。
そして規律の向こう側にある、夜だけの甘い共犯関係を、二人は何よりも大切に育んでいるのだった。
18
あなたにおすすめの小説
オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない
子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」
家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。
無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。
しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。
5年後、雪の夜。彼と再会する。
「もう離さない」
再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。
彼は温かい手のひらを持つ人だった。
身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。
孤独なオメガは、龍になる。
二月こまじ
BL
【本編完結済み】
中華風異世界オメガバース。
孤独なオメガが、オリエンタルファンタジーの世界で俺様皇帝のペットになる話です。(SMではありません)
【あらすじ】
唯一の肉親祖父にに先立たれ、隠れオメガとして生きてきた葵はある日祖父の遺言を目にする──。
遺言通りの行動を起こし、目が覚めるとそこは自分を青龍と崇める世界だった。
だが王のフェイロンだけは、葵に対して悪感情を持っているようで──?
勿論全てフィクションで実際の人物などにモデルもおりません。ご了承ください。
※表紙絵は紅様に依頼して描いて頂きました。Twitter:紅様@xdkzw48
白金の花嫁は将軍の希望の花
葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。
※個人ブログにも投稿済みです。
氷の支配者と偽りのベータ。過労で倒れたら冷徹上司(銀狼)に拾われ、極上の溺愛生活が始まりました。
水凪しおん
BL
オメガであることを隠し、メガバンクで身を粉にして働く、水瀬湊。
※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。
過労と理不尽な扱いで、心身ともに限界を迎えた夜、彼を救ったのは、冷徹で知られる超エリートα、橘蓮だった。
「君はもう、頑張らなくていい」
――それは、運命の番との出会い。
圧倒的な庇護と、独占欲に戸惑いながらも、湊の凍てついた心は、次第に溶かされていく。
理不尽な会社への華麗なる逆転劇と、極上に甘いオメガバース・オフィスラブ!
【完結】名前のない皇后 −記憶を失ったSubオメガはもう一度愛を知る−
社菘
BL
息子を産んで3年。
瀕死の状態で見つかったエリアスは、それ以前の記憶をすっかり失っていた。
自分の名前も覚えていなかったが唯一所持品のハンカチに刺繍されていた名前を名乗り、森の中にひっそりと存在する地図上から消された村で医師として働く人間と竜の混血種。
ある日、診療所に運ばれてきた重病人との出会いがエリアスの止まっていた時を動かすことになる。
「――お前が俺の元から逃げたからだ、エリアス!」
「本当に、本当になにも覚えていないんだっ!」
「ととさま、かかさまをいじめちゃメッ!」
破滅を歩む純白竜の皇帝《Domアルファ》× 記憶がない混血竜《Subオメガ》
「俺の皇后……」
――前の俺?それとも、今の俺?
俺は一体、何者なのだろうか?
※オメガバース、ドムサブユニバース特殊設定あり(かなり好き勝手に詳細設定をしています)
※本作では第二性→オメガバース、第三性(稀)→ドムサブユニバース、二つをまとめてSubオメガ、などの総称にしています
※作中のセリフで「〈〉」この中のセリフはコマンドになります。読みやすいよう、コマンドは英語表記ではなく、本作では言葉として表記しています
※性的な描写がある話数に*をつけています
✧毎日7時40分+17時40分に更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】
晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。
発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。
そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。
第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる