国一番のカタブツ閣下(四十路)は、陽だまりの庭で不器用な初恋を知る

冬苑

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第45話:聡い瞳

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 小夜の凍てついていた心は、清純と春の絶え間ない、温かな愛情によって、ゆっくりと溶かされていった。

 いつしか小夜は、棘々しい言葉を口にすることはなくなり、年頃らしい柔らかな表情を見せるようになっていた。

 そして、二人のことを、こう呼ぶようになる。
 清純のことは、「清(せい)父(とう)さま」。
 春のことは、「はる兄(にい)さま」と。

 初めてそう呼ばれた時、清純は動揺を隠しきれず、柄にもなく茶をこぼしそうになった。 春は、ただ嬉しそうに、目を細めて笑っていた。

 それは三人にとって、新しい家族の形が生まれた瞬間だった。

 夜のお茶会は、もはや慰めのためのものではなく、三人でその日の出来事を語り合う、楽しくかけがえのない時間となっていた。

 だが小夜は、聡い少女だった。
 心が安定し、周囲を冷静に見つめる余裕が生まれてくると、少しずつ、気づき始める。

 この新しくて温かい二人の保護者の間に流れる、不可思議な空気の存在に。

 ある日のこと。
 お茶会の席で、小夜が街で見かけた面白い曲芸師の話を、身振り手振りを交えて夢中で話していた。

 その子供らしい一生懸命な姿に、清純と春は同時に、ふっ、と笑みをこぼした。
 その瞬間。
 二人の視線が、小夜の頭上で交差した。

 小夜は見た。
 それはただの、温かい眼差しではない。

 互いを慈しみ、すべてを理解し合っている者同士だけが交わすことのできる、深く、密やかな色の視線だった。
 小夜のおしゃべりは一瞬止まり、胸に小さな、なぜだろう、という疑問が浮かんだ。

 また、ある時には。
 清純が書斎で、小夜に書物を教えていた時のこと。
 お茶を運んできた春が、清純の湯呑みが空になっているのに気づき、新しいものを淹れてくれた。

 湯呑みを、文机(ふづくえ)に戻す、ほんの一瞬。
 春の指先が、書物に置かれていた清純の大きな手に、かすかに触れた。

 どちらもすぐに手を引くことはなく、まるで名残を惜しむかのように、ほんのわずかな時間、ぬくもりを確かめ合っている。

 小夜は、その自然で親密な触れ合いを見つめ、自分もなんだか嬉しくなるのだった。

 決定的な、出来事もあった。
 清純が、大事な書類の場所を忘れて探し物をしていた時だ。

「どこへ、やったか……」
 と呟く清純に、庭から戻ってきたばかりの春が、こともなげに言ったのだ。

「ああ、それなら寝所の、三段目の棚にございますよ。青い花瓶の後ろです。……昨夜、お休みになる前にお読みでしたから」

 その瞬間、小夜の中で、すべての、点と点が繋がった。

 はる兄さまは、どうして清父さまの、私的な寝所の棚の中身まで、そんなに詳しく知っているのだろう。
 昨夜、お休みになる前のことまで……。

 小夜は聡い少女だった。
 そして何より、両親の深い愛情をその身に受けて育ってきた。

 彼女は知っていた。
 愛し合う者同士が、互いに交わす視線の色を。
 触れ合う指先の熱を。

 そうか。
 小夜は一人、納得した。
 清父さまと、はる兄さまは。

 ぼうっと考えて、そして、ふふ、と一人で笑ってしまった。

 気味が悪いとも、嫌だとも、思わなかった。
 むしろ、腑に落ちた。
 この屋敷に流れる、他に類を見ないほどの深い安らぎと、優しさの理由が。

 自分は、この世で一番固く結ばれた二人の愛が溢れる家へと、温かく迎え入れられたのだ、と。

 その日から、小夜は二人の小さな密やかな触れ合いや、視線の交換を見つけるたびに、誰にも気づかれぬよう、こっそりと微笑むようになった。
 自分はもう、この温かい家族の一員なのだから。

 小夜は二人の一番の理解者として、二人の秘密を自分の宝物のように、大切に守っていこうと心に決めた。
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