国一番のカタブツ閣下(四十路)は、陽だまりの庭で不器用な初恋を知る

冬苑

文字の大きさ
47 / 47

最終話:陽だまりの庭

しおりを挟む
 それからさらに、数年の歳月が流れた。

 清純は五十路を越え、その黒髪には白いものが目立つようになった。
 だがそれは、老いによる衰えでは断じてない。
 国を支える、司法の大いなる柱として、その身に刻み込まれた威厳と年輪の証だった。
 その精神はいまだ衰えを知らず、眼光は若い頃よりもさらに鋭く、そして、深みを増している。

 一方の春は、男として円熟しながら、その類まれなる美しさは少しも、変わらなかった。
 むしろ、美しさに新たな輝きが加わっていた。
 家族への深い愛情がもたらす、穏やかで柔らかな雰囲気。
 それは、春という存在そのものを、神々しいまでに美しく見せるのだった。

 そして、小夜。
 かつて両親を失い、心を閉ざしていた少女は、もうどこにもいない。
 彼女は都の学校を、常に首席という優秀な成績で修め、今は知性と、そして強い意志を瞳に宿した、才色兼備の乙女へと、成長していた。

 ある穏やかな、昼下がり。
 清純は屋敷の縁側で、難しい法律書を読み解き、春は自らが作り上げた完璧な庭で、黙々と花の手入れをしている。
 その傍らで小夜は、父の、そして「清父(せいとう)さま」の後を継ぐべく、法学の書物を熱心に読み耽っていた。

 それは誰が見ても、幸福な家族の肖像画、そのものだった。

 やがて小夜が、顔を上げる。
 瞳には、決意の光が宿っていた。

「清父さま」
「……なんだ」
 この呼びかけも、慣れたものだ。

「わたくし決めました。学校を卒業した後は法務局に入り、清父さまや、亡きお父様のように、法の下で国にお仕えする道を、歩みます」

 小夜の力強い宣言に、庭仕事をしていた春が手を止め、嬉しそうに微笑んだ。
 清純は、驚きはしなかった。
 この聡明な娘が、いずれその道を選ぶであろうことは、分かっていたからだ。
 彼はただ、静かに小夜の頭に大きな手を置いた。

「そうか。ならば、励むがよい。なかなかに、茨(いばら)の、多い道だぞ」
「はい。覚悟の上でございます」

 清純は娘の力強い返事へ満足そうに頷くと、視線を庭へと映す。
 そこには、柔らかな陽光の下、穏やかに微笑む春の姿。
 そして隣には、自らの意志で未来を切り開こうとする、誇らしい娘の姿。

 私は、幸せ者だ。

 清純は心の底から、そう思った。
 この腕の中に抱えきれぬほどの、幸福。
 これ以上の人生が、あろうか。

 だが、この時の清純と春は、まだ知る由もなかった。

 いずれ、この小夜が。
 亡き父の忠義と、
 清父さまの揺るぎない正義の心、
 そしてはる兄さまの深く人を慈しむ愛の心をすべて受け継ぎ。

 この国の歴史上、初めての女性の司法長官として、法の頂点に立つ日が来ることを。

 その輝かしい未来は、まだ誰にも見えてはいない。
 今はまだ、陽だまりの庭に、三人の穏やかな笑い声が響いている。

 陽だまりの庭で出会った不器用な恋は、こうして大きな愛の花となった。



しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない

子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」 家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。 無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。 しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。 5年後、雪の夜。彼と再会する。 「もう離さない」 再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。 彼は温かい手のひらを持つ人だった。 身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。

孤独なオメガは、龍になる。

二月こまじ
BL
 【本編完結済み】 中華風異世界オメガバース。  孤独なオメガが、オリエンタルファンタジーの世界で俺様皇帝のペットになる話です。(SMではありません) 【あらすじ】  唯一の肉親祖父にに先立たれ、隠れオメガとして生きてきた葵はある日祖父の遺言を目にする──。  遺言通りの行動を起こし、目が覚めるとそこは自分を青龍と崇める世界だった。  だが王のフェイロンだけは、葵に対して悪感情を持っているようで──?  勿論全てフィクションで実際の人物などにモデルもおりません。ご了承ください。 ※表紙絵は紅様に依頼して描いて頂きました。Twitter:紅様@xdkzw48

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

氷の支配者と偽りのベータ。過労で倒れたら冷徹上司(銀狼)に拾われ、極上の溺愛生活が始まりました。

水凪しおん
BL
オメガであることを隠し、メガバンクで身を粉にして働く、水瀬湊。 ※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 過労と理不尽な扱いで、心身ともに限界を迎えた夜、彼を救ったのは、冷徹で知られる超エリートα、橘蓮だった。 「君はもう、頑張らなくていい」 ――それは、運命の番との出会い。 圧倒的な庇護と、独占欲に戸惑いながらも、湊の凍てついた心は、次第に溶かされていく。 理不尽な会社への華麗なる逆転劇と、極上に甘いオメガバース・オフィスラブ!

【完結】名前のない皇后 −記憶を失ったSubオメガはもう一度愛を知る−

社菘
BL
息子を産んで3年。 瀕死の状態で見つかったエリアスは、それ以前の記憶をすっかり失っていた。 自分の名前も覚えていなかったが唯一所持品のハンカチに刺繍されていた名前を名乗り、森の中にひっそりと存在する地図上から消された村で医師として働く人間と竜の混血種。 ある日、診療所に運ばれてきた重病人との出会いがエリアスの止まっていた時を動かすことになる。 「――お前が俺の元から逃げたからだ、エリアス!」 「本当に、本当になにも覚えていないんだっ!」 「ととさま、かかさまをいじめちゃメッ!」 破滅を歩む純白竜の皇帝《Domアルファ》× 記憶がない混血竜《Subオメガ》 「俺の皇后……」 ――前の俺?それとも、今の俺? 俺は一体、何者なのだろうか? ※オメガバース、ドムサブユニバース特殊設定あり(かなり好き勝手に詳細設定をしています) ※本作では第二性→オメガバース、第三性(稀)→ドムサブユニバース、二つをまとめてSubオメガ、などの総称にしています ※作中のセリフで「〈〉」この中のセリフはコマンドになります。読みやすいよう、コマンドは英語表記ではなく、本作では言葉として表記しています ※性的な描写がある話数に*をつけています ✧毎日7時40分+17時40分に更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...