渇望の覇王が寵愛したのは、平凡な少年でした

冬苑

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第4話 屈辱の朝食

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「ん……」
 意識が浮上した時、リントは自分がまだ王の寝台の上にいることに気づいた。

 恐る恐る目を開けると、まず視界に入ったのは自身の体だ。
 いつの間にか、昨夜の出来事で汚れたであろう体は綺麗に清められ、寝間着も新しいものに着替えさせられていた。
 夜伽用だった薄く透けるものではなく、しっかりと厚みがありながら肌に吸い付くように柔らかい、上質な絹の部屋着だった。

 リントはゆっくりと身を起こし、部屋の中を見渡す。
 高い窓から差し込む朝の光が、室内に漂う埃をきらきらと照らし出していた。
 夜の闇に沈んでいた時とは違い、部屋の調度品の豪奢さがよく見える。

 磨き上げられた黒檀の床、熊や狼の分厚い毛皮、銀で縁取られた巨大な姿見。
 その全てが、リントを萎縮させた。

 まるでリントが目覚めるのを見計らっていたかのように、重たい扉が開き、侍女たちが姿を現す。
 彼女たちは一言も発することなく、手際よくテーブルへ朝食を並べていった。

 銀の皿に盛られた、見たこともない料理の数々。
 黄金色のパン、艶やかな果物、湯気の立つ乳白色のスープ。
 貧しい村では、一生口にできないようなものばかりだ。

「リント様、朝餉のお時間です。どうぞ」
 年配の侍女が、恭しくテーブルを示した。
 リントは力なく首をふる。

「スープだけでもお召し上がりください。昨日も何もお召し上がりになりませんでした」

 空腹の感覚など、とうになかった。
 リントは返事もせず、再び無言で首を横に振る。
 侍女たちは、困ったように顔を見合わせた。

「召し上がっていただきませんと、私どもがレグルス様に叱られてしまいます」

 その言葉に、リントは「えっ……」と驚いて顔を上げた。
 その時だった。
 廊下の奥から、重い足音が近づいてくる。
 侍女たちが、はっとしたように顔色を変え、慌てて傅いた。

 次の瞬間、壮麗な扉がおざなりに開け放たれ、王が姿を現した。
 朝の公務を終えてきたのだろう、鎧ではなく、黒地に銀の刺繍が施された豪奢な上着をまとっている。
 その姿は、戦場の時とはまた違う、絶対的な支配者の威厳に満ちていた。

「っや……!」
 リントはベッドから這い出すと、壁際まで後ずさり、恐怖の対象から必死に距離をとった。

 王は、手付かずの朝食が並んだテーブルに気づくと、冷たい目を侍女たちに向ける。

「なぜ食べさせぬ」
 その厳しい声が響いた時、リントは咄嗟に声を上げていた。

「ぼくが、食べたくないだけ!」

 王の視線が、リントを射抜く。
「なぜ食べぬ」

「……いやだ。食べない」
 リントは、それだけを繰り返した。
 侍女たちが、はらはらした顔で黙りこくっている。

 王の整った面持ちに、瞬間、苛立ちの黒い雲が立ち昇った。

「下がれ」
 侍女たちに短く命じると、彼女たちは逃げるように部屋を退出していく。

 二人きりになった部屋で、王は壁際で固まるリントの元へ大股で近寄った。
「いたっ……や、だ……!」
 リントの細い腕を掴むと、まるで小枝でも拾うかのように軽々と持ち上げ、強引に引きずってベッドへ押し倒した。

 王はテーブルの上のスープ皿を掴むと、その中身を一口、自身の口に含む。そしてリントの顎を鷲掴みにして固定すると、有無を言わさずその唇を重ね、無理やりスープを流し込んだ。

「んぐっ……!ごほっ、げほっ……!」
 リントは何度もむせながら、口移しでスープを飲まされた。
 抵抗する間もなく、熱い液体が喉を滑り落ちていく。
 シーツや、着替えさせられたばかりの部屋着が、スープでぐっしょりと汚れた。

「侍女らの仕事を増やすでない」
 唇を離した王が、低い声で言い放つ。

 それでも呆然と動かないリントに、王は氷のように冷たい声で告げた。
「抵抗のつもりか。お前が餓死でもすれば、数人の侍女の首が飛ぶのだぞ」

「っや、やめて……!」
 リントは、またしても咄嗟に叫んでいた。

「食べる、食べます……」
 しぶしぶとベッドから這い出たリントはテーブルにつき、震える手でパンに手を伸ばした。

 その日の朝食は、まるで猛獣に見据えられたまま、かろうじてパンとサラダを胃に詰め込むだけの、拷問のような時間だった。
 味など、何もわからなかった。
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