27 / 30
第26話 里帰り
しおりを挟む
数日後。
覇王の執務室には、重い沈黙が流れていた。
レグルスは玉座に座ったまま、ヴィクトルの報告を無言で聞いていた。
「――以上が、現時点での調査結果です」
.
ヴィクトルの報告は、以下のものだった。
孤児院のある村は、邪教の手に落ちていた。
その邪教は、リントが発見した毒草の幻覚作用を利用し、人々の心を掌握する邪悪な集団であること。
村の不作は、食料を育てるべき畑のほとんどが、その違法な毒草の栽培に置き換えられてしまっていたためである。
そして、病で孤児たちが次々と命を落としているというのは偽り。
その実態は、邪教が裏で行う、大規模な人身売買の隠れ蓑だった。
さらに、その邪教の背後に、ある貴族の影があることも掴んでいた。
かつてレグルスと玉座を争い、敗れた後継者候補の一人。
人身売買や違法な毒草の密売で軍資金を貯め、打倒レグルスを狙っているのは、明白だった。
「先日、クラヴィス様の件があったばかり。この時機に、これほどあからさまな動きを見せるのも、逆に不自然ではありますが」
ヴィクトルが、冷静に分析を付け加える。
レグルスは、組んでいた指を解くと、低い声で呟いた。
「メアリージュは、長らく病に伏せっていたはずだな……」
メアリージュ。それは、先王の長女の名。
生来の病弱であったこともあり、レグルスの台頭によって早々に後継者争いの戦線から離脱し、辺境の領地で、静かに療養しているはずであった。
「はい。メアリージュ様ご本人が、というよりは、彼女を盾に、あるいは生贄にしようと企む者がいる可能性も。または……確かメアリージュ様には、成人されたばかりのご子息がいらっしゃいました。そのご子息様を、新たな旗頭として担ぎ上げようとする勢力の仕業やもしれません」
「……その周辺も、徹底的に探れ」
「承知いたしました」
ヴィクトルが、音もなく執務室を退出していく。
一人きりになった、わずかな時間。
レグルスは玉座の背もたれに深く体を預けると、ゆっくりと天井を仰いだ。
その顔には、深い疲労と、苦悩の色が浮かんでいる。
「ナハト……お前、なのか……?」
覇王ではない、ただのレグルスとしての苦悩。
正義感の強かったかつての友を思い浮かべながら、レグルスは信じがたい現実を、ただひとり噛み締めていた。
*
「遠出、ですか」
「ああ」
その日の夕餉。
相変わらず黙々と料理を口に運んでいたレグルスの口からリントが聞いたのは、件の孤児院がある村へ、レグルス自らが向かう、という話だった。
「支援増額が必要な実情を、この目で確認する必要がある。それに、一度くらいは『里帰り』でもしてやろうかと思うてな」
珍しく、覇王の口から軽口めいた言葉が出る。
だがその内実は、村と、友を名乗る男の身辺を、王自ら調査するための危険な遠征である。
「里帰りかぁ……」
リントは、ちらりとレグルスの面持ちを見る。
幼少期を過ごした村へ出向き、幼馴染に再び会いに行くというのに、その横顔は、ちっとも嬉しそうには見えなかった。
「あの……」
気づけば、リントは口を開いていた。
「ぼくも一緒に行っては、だめですか……?」
「……」
それまで無感動に動いていたレグルスのフォークが、ぴたり、と止まった。
猛禽の瞳が、「なぜだ」と言いたげに、リントをまっすぐに見据える。
威圧感に、リントは一度言葉に詰まった。
しかし、勇気を振り絞って、その視線を受け止め返した。
「レグルス様の、育った村や孤児院を……見てみたい、です」
「……」
レグルスは虚を突かれたように、わずかに目を見開いた。
彼の金の瞳が驚きから、複雑な感情の色へと揺らぐ。
しばしの沈黙の後、王は深く、静かな息を吐いた。
「楽しい旅には、ならぬぞ」
その声は、脅すようでもあり、試すようでもあった。
「邪魔は、しませんから……!」
リントが、まっすぐに頷き返す。
レグルスは、もう一度、短く息を吐くと、諦めたように言った。
「……好きにしろ――いや、お前を連れた方が好都合かもしれん。あとはそうだな……村の畑の調査でもしてもらうとするか」
「はい!」
許しを得られたことに、リントの顔が、ぱっと輝いた。
覇王は、どこか居心地が悪そうに、そっと視線を逸らすのだった。
*
レグルスは、ヴィクトルをはじめとする十数名の屈強な護衛だけを伴い、王都を発った。
王族であることを悟られぬよう、一行はきらびやかな軍装ではなく、質実剛健な革鎧に色褪せた旅の外套を羽織っている。馬も王家の紋章が入ったものではなく、戦場で鍛えられた、たくましい軍馬だった。
その中の一頭、ひときわ大きな黒馬の鞍に、リントの小さな体が乗せられていた。
背後には、まるで絶対的な守護者のように、レグルスが座している。
リントの体をすっぽりと腕の中に囲い込む形で、その大きな手が手綱を握っていた。
背中に感じる王の硬い胸板と、体温。
今のリントにとって、そこは世界で一番安全な場所だった。
一行は丸一日馬を飛ばし、やがて目的の村が見渡せる小高い丘の上で、馬を止めた。
「あの村が、レグルス様が育ったところ……」
リントの呟きに、王は答えなかった。
丘から見える村は、寂れていた。
家々の屋根はところどころ崩れ、畑は手入れがされず、雑草が生い茂っている。
村の中心には、かつて教会だったのだろう石造りの立派な建物が見えた。
あれが、孤児院に違いない。
だが、リントが見たかった、子供たちが元気に走り回る姿はどこにもなかった。
村全体がまるで重い病に罹っているかのように、空気が淀み、活気がまったく感じられない。
「ここは……」
リントは、息を呑んだ。
自分が育った村も、孤児院も、貧しかった。けれど、温かさがあった。
痩せた土地でも村人たちが懸命に育てた作物は、いつも生命力に満ちた美しい実りを生み出していた。
だけど、この村は違う。
生命の輝きそのものが、失われている。
「レグルス様……」
不安が募り、リントは首を捻って背後にある王の顔を見上げた。
ぐっと唇を引き結んだ、いつもの厳しい覇王の顔がそこにある。
しかしその金の瞳に故郷を懐かしむ色はなく、深い悲しみと静かな怒りを宿した、暗い翳りが落ちていた。
覇王の執務室には、重い沈黙が流れていた。
レグルスは玉座に座ったまま、ヴィクトルの報告を無言で聞いていた。
「――以上が、現時点での調査結果です」
.
ヴィクトルの報告は、以下のものだった。
孤児院のある村は、邪教の手に落ちていた。
その邪教は、リントが発見した毒草の幻覚作用を利用し、人々の心を掌握する邪悪な集団であること。
村の不作は、食料を育てるべき畑のほとんどが、その違法な毒草の栽培に置き換えられてしまっていたためである。
そして、病で孤児たちが次々と命を落としているというのは偽り。
その実態は、邪教が裏で行う、大規模な人身売買の隠れ蓑だった。
さらに、その邪教の背後に、ある貴族の影があることも掴んでいた。
かつてレグルスと玉座を争い、敗れた後継者候補の一人。
人身売買や違法な毒草の密売で軍資金を貯め、打倒レグルスを狙っているのは、明白だった。
「先日、クラヴィス様の件があったばかり。この時機に、これほどあからさまな動きを見せるのも、逆に不自然ではありますが」
ヴィクトルが、冷静に分析を付け加える。
レグルスは、組んでいた指を解くと、低い声で呟いた。
「メアリージュは、長らく病に伏せっていたはずだな……」
メアリージュ。それは、先王の長女の名。
生来の病弱であったこともあり、レグルスの台頭によって早々に後継者争いの戦線から離脱し、辺境の領地で、静かに療養しているはずであった。
「はい。メアリージュ様ご本人が、というよりは、彼女を盾に、あるいは生贄にしようと企む者がいる可能性も。または……確かメアリージュ様には、成人されたばかりのご子息がいらっしゃいました。そのご子息様を、新たな旗頭として担ぎ上げようとする勢力の仕業やもしれません」
「……その周辺も、徹底的に探れ」
「承知いたしました」
ヴィクトルが、音もなく執務室を退出していく。
一人きりになった、わずかな時間。
レグルスは玉座の背もたれに深く体を預けると、ゆっくりと天井を仰いだ。
その顔には、深い疲労と、苦悩の色が浮かんでいる。
「ナハト……お前、なのか……?」
覇王ではない、ただのレグルスとしての苦悩。
正義感の強かったかつての友を思い浮かべながら、レグルスは信じがたい現実を、ただひとり噛み締めていた。
*
「遠出、ですか」
「ああ」
その日の夕餉。
相変わらず黙々と料理を口に運んでいたレグルスの口からリントが聞いたのは、件の孤児院がある村へ、レグルス自らが向かう、という話だった。
「支援増額が必要な実情を、この目で確認する必要がある。それに、一度くらいは『里帰り』でもしてやろうかと思うてな」
珍しく、覇王の口から軽口めいた言葉が出る。
だがその内実は、村と、友を名乗る男の身辺を、王自ら調査するための危険な遠征である。
「里帰りかぁ……」
リントは、ちらりとレグルスの面持ちを見る。
幼少期を過ごした村へ出向き、幼馴染に再び会いに行くというのに、その横顔は、ちっとも嬉しそうには見えなかった。
「あの……」
気づけば、リントは口を開いていた。
「ぼくも一緒に行っては、だめですか……?」
「……」
それまで無感動に動いていたレグルスのフォークが、ぴたり、と止まった。
猛禽の瞳が、「なぜだ」と言いたげに、リントをまっすぐに見据える。
威圧感に、リントは一度言葉に詰まった。
しかし、勇気を振り絞って、その視線を受け止め返した。
「レグルス様の、育った村や孤児院を……見てみたい、です」
「……」
レグルスは虚を突かれたように、わずかに目を見開いた。
彼の金の瞳が驚きから、複雑な感情の色へと揺らぐ。
しばしの沈黙の後、王は深く、静かな息を吐いた。
「楽しい旅には、ならぬぞ」
その声は、脅すようでもあり、試すようでもあった。
「邪魔は、しませんから……!」
リントが、まっすぐに頷き返す。
レグルスは、もう一度、短く息を吐くと、諦めたように言った。
「……好きにしろ――いや、お前を連れた方が好都合かもしれん。あとはそうだな……村の畑の調査でもしてもらうとするか」
「はい!」
許しを得られたことに、リントの顔が、ぱっと輝いた。
覇王は、どこか居心地が悪そうに、そっと視線を逸らすのだった。
*
レグルスは、ヴィクトルをはじめとする十数名の屈強な護衛だけを伴い、王都を発った。
王族であることを悟られぬよう、一行はきらびやかな軍装ではなく、質実剛健な革鎧に色褪せた旅の外套を羽織っている。馬も王家の紋章が入ったものではなく、戦場で鍛えられた、たくましい軍馬だった。
その中の一頭、ひときわ大きな黒馬の鞍に、リントの小さな体が乗せられていた。
背後には、まるで絶対的な守護者のように、レグルスが座している。
リントの体をすっぽりと腕の中に囲い込む形で、その大きな手が手綱を握っていた。
背中に感じる王の硬い胸板と、体温。
今のリントにとって、そこは世界で一番安全な場所だった。
一行は丸一日馬を飛ばし、やがて目的の村が見渡せる小高い丘の上で、馬を止めた。
「あの村が、レグルス様が育ったところ……」
リントの呟きに、王は答えなかった。
丘から見える村は、寂れていた。
家々の屋根はところどころ崩れ、畑は手入れがされず、雑草が生い茂っている。
村の中心には、かつて教会だったのだろう石造りの立派な建物が見えた。
あれが、孤児院に違いない。
だが、リントが見たかった、子供たちが元気に走り回る姿はどこにもなかった。
村全体がまるで重い病に罹っているかのように、空気が淀み、活気がまったく感じられない。
「ここは……」
リントは、息を呑んだ。
自分が育った村も、孤児院も、貧しかった。けれど、温かさがあった。
痩せた土地でも村人たちが懸命に育てた作物は、いつも生命力に満ちた美しい実りを生み出していた。
だけど、この村は違う。
生命の輝きそのものが、失われている。
「レグルス様……」
不安が募り、リントは首を捻って背後にある王の顔を見上げた。
ぐっと唇を引き結んだ、いつもの厳しい覇王の顔がそこにある。
しかしその金の瞳に故郷を懐かしむ色はなく、深い悲しみと静かな怒りを宿した、暗い翳りが落ちていた。
41
あなたにおすすめの小説
強面龍人おじさんのツガイになりました。
いんげん
BL
ひょんな感じで、異世界の番の元にやってきた主人公。
番は、やくざの組長みたいな着物の男だった。
勘違いが爆誕しながら、まったり過ごしていたが、何やら妖しい展開に。
強面攻めが、受けに授乳します。
愛人少年は王に寵愛される
時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。
僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。
初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。
そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。
僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。
そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。
竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
悪役未満な俺の執事は完全無欠な冷徹龍神騎士団長
赤飯茸
BL
人間の少年は生まれ変わり、独りぼっちの地獄の中で包み込んでくれたのは美しい騎士団長だった。
乙女ゲームの世界に転生して、人気攻略キャラクターの騎士団長はプライベートでは少年の執事をしている。
冷徹キャラは愛しい主人の前では人生を捧げて尽くして守り抜く。
それが、あの日の約束。
キスで目覚めて、執事の報酬はご主人様自身。
ゲームで知っていた彼はゲームで知らない一面ばかりを見せる。
時々情緒不安定になり、重めの愛が溢れた変態で、最強龍神騎士様と人間少年の溺愛執着寵愛物語。
執事で騎士団長の龍神王×孤独な人間転生者
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
BLゲームの展開を無視した結果、悪役令息は主人公に溺愛される。
佐倉海斗
BL
この世界が前世の世界で存在したBLゲームに酷似していることをレイド・アクロイドだけが知っている。レイドは主人公の恋を邪魔する敵役であり、通称悪役令息と呼ばれていた。そして破滅する運命にある。……運命のとおりに生きるつもりはなく、主人公や主人公の恋人候補を避けて学園生活を生き抜き、無事に卒業を迎えた。これで、自由な日々が手に入ると思っていたのに。突然、主人公に告白をされてしまう。
冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~
大波小波
BL
フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。
端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。
鋭い長剣を振るう、引き締まった体。
第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。
彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。
軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。
そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。
王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。
仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。
仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。
瑞々しい、均整の取れた体。
絹のような栗色の髪に、白い肌。
美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。
第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。
そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。
「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」
不思議と、勇気が湧いてくる。
「長い、お名前。まるで、呪文みたい」
その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる