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十一話 How much is the price of the life? 上
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私が旅に出て気付いたのは、木で出来た村というのは、さほど珍しい物ではないという事だ。
よく考えてみれば近くに手頃な石切場があるならともかく、遠くからえんやこらと石を運んでくるのが大変だろう。
故に小さな村では周りにある木材を利用した方が効率的だ。
今、私達のいる家も木材を贅沢に使い、隙間風が入る余地などはないしっかりとした作りをしている。
質素な内装と調度品だが、困窮とは無縁そうだ。
しかし、金銭に困っていないからと言って、困難の全てがないというわけではない。
「お願いします、何卒この村をお救いくだされ!」
テーブルに打ち付けるようにして下げられた頭は禿げ上がり、赤く染まっている。
顔を上げ、こちらを伺う福々しく太った丸顔には似合わない悲痛な表情が刻まれていた。
「無理です」
「な、何故ですか!? 報酬は十分以上の額をお支払いします。 ですから」
「そこまでです、村長殿。 私達も私達で厄介な問題を抱えていて、さすがに手が回りそうにない」
「そこを何とか……貴方のような腕利きの冒険者は滅多におりませぬ!」
そういえば他人から見れば、冒険者に見えるのか、私は。
流れ者から貴族の娘、そして冒険者へ。
これだけ並べると意味がわからない経歴だな。
まぁ私はどの立場にいても、武芸者以外にはなれそうにないが。
どうせなら他の仕事をするなり、嫁にでもなって適当に生きてみたいものだが、結局は流れ流れてはぐれ旅だ。
剣の道など意味はない。
極論を言えば他人を斬る以外、何の役にも立たないし、真っ当な仕事をするのが一番だと思う。
それがわかりながらも、結局は棒振りに戻ってきてしまう自分がどうしようもないと思い、普段は何の役にも立たない分、こういう時には世間様の役に立ちたいとも考えているのだが、そうは言ってもさすがに無理な物は無理である。
「無理です、どうあっても」
「……仕方ありませんな。 ではどうか他の冒険者の方がいれば、村に来るように伝えてください」
「必ず」
渋々、という様子を絵に描いたような村長殿の姿に、私のなけなしの良心が疼くが、かと言って自分の身を滅ぼしてまで何とかしようとは思えない。
結局は我が身だ。
「……村で食料を買わせていただいてよろしいでしょうか」
「ええ……お好きにしてください」
依頼を断ったため、食料すら買わせてもらえなかった事はよくある。
そういう意味ではよく出来た方だと思う。
席を立った私は謝罪の言葉をぐっと飲み込んだ。
自分が楽になるためだけの謝罪に一体、何の意味がある。
酒場に入ってきたソフィアさんは、壮絶な仏頂面をしていた。
珍しく紺色のパンツルックと、白いブラウスという姿には色気があるけど、危機感なんて欠片もない元の世界でも今の彼女に声をかけようなんて命知らずはいないだろう、腰に刀差してるし。
「どうしたんですか、お嬢様?」
命知らずがいた。 すげえな、Gさんは。
意味はわからないけど、伊達にGなんて呼ばれているわけではないらしい。
暗殺部隊なんていう物騒な連中に狙われている俺達だけど、食料が減らなくなるはずもなく。
街道の途中にあった村に立ち寄った俺達は、村長さんに呼ばれて代表者のソフィアさんだけが行ったわけなんだけど、
「ああ、依頼を断ってしまった」
「よっぽど失礼な事でも言われたんですか?」
「それならまだよかったがな。 親父、エールをジョッキで頼む!」
すぐに運ばれてきたビールをソフィアさんは、荒々しく掴むとごくごくと音が聞こえそうなくらい、一気に飲み干した。
「非常に丁寧に頼まれたよ、ゴブリンマザーの退治をな」
「ゴブリンマザー?」
ゴブリンの話は聞いた事があるし、この旅の途中で何度も見る機会があった。
子供くらいの大きさで、武器も棒の先に尖った石をくくりつけているだけの奴らだ。
ソフィアさんとマゾーガがいるなら、百匹いようと何とでもなりそうな気がするんだけどな。
「む、知らんのか。 ……説明してやれ、爺」
面倒らしい。
「はい。 えっと、ゴブリンは倒しても倒しても大量に発生するのはご存知ですよね?」
「うん、それは知ってる」
よほど腹が立っているのか、ガツガツと冷めたパスタを腹に納めていくソフィアさんを視界から外しながら、俺はGさんの言葉を聞く事にした。
「ゴブリンマザーというのは、文字通りゴブリン達の母親でして、一日に百匹は子供を産むそうです」
「蟻みたいだな」
「普段は土の中でなく、どこか深い山の奥にいたりするんですけどね。 そこからどういうわけか、あちこちに出没します。 今回の場合は……」
「この村から二日ほどの距離がある森だそうだ」
「二日!?」
この村は本当に小さな村で、人口は多くても五十人はいないと思う。
その中で戦える若い男が何人いるのか。
生まれた百匹のゴブリンの全てが、この村に来ないとしても毎日毎日、十や二十匹のゴブリンに襲われたらたまったもんじゃないだろう。
「そ、それは……騎士団に頼むとかさ!」
「この辺りの騎士団は魔王軍との戦いに引っ張り出されているらしい」
「……じ、じゃあソフィアさんが」
あ、ヤバい。 地雷踏んだ。
そう思うくらいの眼光がソフィアさんに宿る。
「ゴブリンマザーという奴はとても臆病でな。 常に自分の周りを千は下らないゴブリンに取り囲ませさせている」
「そんなに……」
「そして、ホブゴブリンと呼ばれる、普通のゴブリンよりも厄介な連中までいる」
「…………」
「加えて村の守りを疎かにするわけにもいかない。 私とマゾーガの二人で行かなければならないのだ。 そこで深手を負えば、暗殺者達に仕留められる。 どう考えても手が回らないではない」
「じ、じゃあ、この村は……」
「逃げるしかあるまい、滅びたくなければ」
「ま、まぁそれなら死ぬよりはマシだよな……」
誰だってこのままいたら、死ぬのがわかっているならさっさと逃げ出すはずだ。
これは沈む船から逃げるのと何も変わらない。
「馬鹿め」
なのにソフィアさんは吐き捨てるように言った。
「父祖が耕してきた土地を、簡単に捨てる百姓がいるはずないだろう」
「そんな事……!?」
「人には命より大切な物がある」
「でも死んだら終わりじゃないか! なんとか……なんとかならないのか!?」
人をこの手で殺して、一つだけわかった事がある。
人は死ぬ。 死ねば終わりなんだ。
当たり前の事だけど、それがはっきりと理解出来た。
俺は死にたくないし、人が死ぬ光景はやっぱり嫌だ。
自分達から突っかかってソフィアさんに斬られるのは、やっぱり嫌だけど自業自得としか言いようがない。
でも何にもしてないのに殺されるのは、間違っていると思う。
「なんとかなるなら、なんとかしている」
「他に誰か連れてくるとかさ」
「腕の立つ者がその辺りを歩いていればいいな。 ゴブリンとはいえ、半端な腕では間違いなく死ぬ」
「なら暗殺者に頼んでしばらく見逃してもらうとか……」
「寝言は寝て言え」
何か無いのか……。
確かに縁もゆかりもない村で、何も無かったら通り過ぎたら、すぐに忘れてしまいそうなどこにでもある村の一つ。
でも、何というか……嫌だ。
「じゃあ俺が城に戻るよ。 それなら……!」
「死ぬぞ、貴様」
「へ?」
「勇者の力を無くしたお前を迎え入れておく理由はあるまい。 勇者召喚の儀式はとにかく金がかかるが、二回出来ないものではないさ」
ソフィアさんの表情に嘘はない。
ただ淡々と事実を並べているだけに見えた。
「そんな……!?」
「勇者は必ず一人でなければならないらしいがな。 勇者召喚の儀式にかかる金をせびりに来た役人から聞いたから、間違いないはずだ」
頑張って勇者をやろうとしてたのに、駄目だったら殺されるって何だよ……。
あんまりにもふざけてるだろ、それ。
「……今晩はこの村に泊まる」
呆然とする俺にそれだけを言うと、ソフィアさんは立ち上がり、酒場を出て行った。
「私にはここで命を賭ける理由がない」
ソフィアさんがぼそりと呟いたその言葉が、不思議と俺の耳に残った。
よく考えてみれば近くに手頃な石切場があるならともかく、遠くからえんやこらと石を運んでくるのが大変だろう。
故に小さな村では周りにある木材を利用した方が効率的だ。
今、私達のいる家も木材を贅沢に使い、隙間風が入る余地などはないしっかりとした作りをしている。
質素な内装と調度品だが、困窮とは無縁そうだ。
しかし、金銭に困っていないからと言って、困難の全てがないというわけではない。
「お願いします、何卒この村をお救いくだされ!」
テーブルに打ち付けるようにして下げられた頭は禿げ上がり、赤く染まっている。
顔を上げ、こちらを伺う福々しく太った丸顔には似合わない悲痛な表情が刻まれていた。
「無理です」
「な、何故ですか!? 報酬は十分以上の額をお支払いします。 ですから」
「そこまでです、村長殿。 私達も私達で厄介な問題を抱えていて、さすがに手が回りそうにない」
「そこを何とか……貴方のような腕利きの冒険者は滅多におりませぬ!」
そういえば他人から見れば、冒険者に見えるのか、私は。
流れ者から貴族の娘、そして冒険者へ。
これだけ並べると意味がわからない経歴だな。
まぁ私はどの立場にいても、武芸者以外にはなれそうにないが。
どうせなら他の仕事をするなり、嫁にでもなって適当に生きてみたいものだが、結局は流れ流れてはぐれ旅だ。
剣の道など意味はない。
極論を言えば他人を斬る以外、何の役にも立たないし、真っ当な仕事をするのが一番だと思う。
それがわかりながらも、結局は棒振りに戻ってきてしまう自分がどうしようもないと思い、普段は何の役にも立たない分、こういう時には世間様の役に立ちたいとも考えているのだが、そうは言ってもさすがに無理な物は無理である。
「無理です、どうあっても」
「……仕方ありませんな。 ではどうか他の冒険者の方がいれば、村に来るように伝えてください」
「必ず」
渋々、という様子を絵に描いたような村長殿の姿に、私のなけなしの良心が疼くが、かと言って自分の身を滅ぼしてまで何とかしようとは思えない。
結局は我が身だ。
「……村で食料を買わせていただいてよろしいでしょうか」
「ええ……お好きにしてください」
依頼を断ったため、食料すら買わせてもらえなかった事はよくある。
そういう意味ではよく出来た方だと思う。
席を立った私は謝罪の言葉をぐっと飲み込んだ。
自分が楽になるためだけの謝罪に一体、何の意味がある。
酒場に入ってきたソフィアさんは、壮絶な仏頂面をしていた。
珍しく紺色のパンツルックと、白いブラウスという姿には色気があるけど、危機感なんて欠片もない元の世界でも今の彼女に声をかけようなんて命知らずはいないだろう、腰に刀差してるし。
「どうしたんですか、お嬢様?」
命知らずがいた。 すげえな、Gさんは。
意味はわからないけど、伊達にGなんて呼ばれているわけではないらしい。
暗殺部隊なんていう物騒な連中に狙われている俺達だけど、食料が減らなくなるはずもなく。
街道の途中にあった村に立ち寄った俺達は、村長さんに呼ばれて代表者のソフィアさんだけが行ったわけなんだけど、
「ああ、依頼を断ってしまった」
「よっぽど失礼な事でも言われたんですか?」
「それならまだよかったがな。 親父、エールをジョッキで頼む!」
すぐに運ばれてきたビールをソフィアさんは、荒々しく掴むとごくごくと音が聞こえそうなくらい、一気に飲み干した。
「非常に丁寧に頼まれたよ、ゴブリンマザーの退治をな」
「ゴブリンマザー?」
ゴブリンの話は聞いた事があるし、この旅の途中で何度も見る機会があった。
子供くらいの大きさで、武器も棒の先に尖った石をくくりつけているだけの奴らだ。
ソフィアさんとマゾーガがいるなら、百匹いようと何とでもなりそうな気がするんだけどな。
「む、知らんのか。 ……説明してやれ、爺」
面倒らしい。
「はい。 えっと、ゴブリンは倒しても倒しても大量に発生するのはご存知ですよね?」
「うん、それは知ってる」
よほど腹が立っているのか、ガツガツと冷めたパスタを腹に納めていくソフィアさんを視界から外しながら、俺はGさんの言葉を聞く事にした。
「ゴブリンマザーというのは、文字通りゴブリン達の母親でして、一日に百匹は子供を産むそうです」
「蟻みたいだな」
「普段は土の中でなく、どこか深い山の奥にいたりするんですけどね。 そこからどういうわけか、あちこちに出没します。 今回の場合は……」
「この村から二日ほどの距離がある森だそうだ」
「二日!?」
この村は本当に小さな村で、人口は多くても五十人はいないと思う。
その中で戦える若い男が何人いるのか。
生まれた百匹のゴブリンの全てが、この村に来ないとしても毎日毎日、十や二十匹のゴブリンに襲われたらたまったもんじゃないだろう。
「そ、それは……騎士団に頼むとかさ!」
「この辺りの騎士団は魔王軍との戦いに引っ張り出されているらしい」
「……じ、じゃあソフィアさんが」
あ、ヤバい。 地雷踏んだ。
そう思うくらいの眼光がソフィアさんに宿る。
「ゴブリンマザーという奴はとても臆病でな。 常に自分の周りを千は下らないゴブリンに取り囲ませさせている」
「そんなに……」
「そして、ホブゴブリンと呼ばれる、普通のゴブリンよりも厄介な連中までいる」
「…………」
「加えて村の守りを疎かにするわけにもいかない。 私とマゾーガの二人で行かなければならないのだ。 そこで深手を負えば、暗殺者達に仕留められる。 どう考えても手が回らないではない」
「じ、じゃあ、この村は……」
「逃げるしかあるまい、滅びたくなければ」
「ま、まぁそれなら死ぬよりはマシだよな……」
誰だってこのままいたら、死ぬのがわかっているならさっさと逃げ出すはずだ。
これは沈む船から逃げるのと何も変わらない。
「馬鹿め」
なのにソフィアさんは吐き捨てるように言った。
「父祖が耕してきた土地を、簡単に捨てる百姓がいるはずないだろう」
「そんな事……!?」
「人には命より大切な物がある」
「でも死んだら終わりじゃないか! なんとか……なんとかならないのか!?」
人をこの手で殺して、一つだけわかった事がある。
人は死ぬ。 死ねば終わりなんだ。
当たり前の事だけど、それがはっきりと理解出来た。
俺は死にたくないし、人が死ぬ光景はやっぱり嫌だ。
自分達から突っかかってソフィアさんに斬られるのは、やっぱり嫌だけど自業自得としか言いようがない。
でも何にもしてないのに殺されるのは、間違っていると思う。
「なんとかなるなら、なんとかしている」
「他に誰か連れてくるとかさ」
「腕の立つ者がその辺りを歩いていればいいな。 ゴブリンとはいえ、半端な腕では間違いなく死ぬ」
「なら暗殺者に頼んでしばらく見逃してもらうとか……」
「寝言は寝て言え」
何か無いのか……。
確かに縁もゆかりもない村で、何も無かったら通り過ぎたら、すぐに忘れてしまいそうなどこにでもある村の一つ。
でも、何というか……嫌だ。
「じゃあ俺が城に戻るよ。 それなら……!」
「死ぬぞ、貴様」
「へ?」
「勇者の力を無くしたお前を迎え入れておく理由はあるまい。 勇者召喚の儀式はとにかく金がかかるが、二回出来ないものではないさ」
ソフィアさんの表情に嘘はない。
ただ淡々と事実を並べているだけに見えた。
「そんな……!?」
「勇者は必ず一人でなければならないらしいがな。 勇者召喚の儀式にかかる金をせびりに来た役人から聞いたから、間違いないはずだ」
頑張って勇者をやろうとしてたのに、駄目だったら殺されるって何だよ……。
あんまりにもふざけてるだろ、それ。
「……今晩はこの村に泊まる」
呆然とする俺にそれだけを言うと、ソフィアさんは立ち上がり、酒場を出て行った。
「私にはここで命を賭ける理由がない」
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