剣戟rock'n'roll

久保田

文字の大きさ
40 / 132

十二話 人生イロモノ 上下

しおりを挟む
 勇者として召喚された頃、ルーテシアとこんな話をした事がある。

「アカツキはどうして、何の縁もないこの国のために勇者をしてくれますの?」

 ルーテシアは不思議な女の子だった。
 城の中庭は季節の花々が咲き誇り、華やかな空間を形成している。
 着飾った貴族達はその中心でいつもお茶会などをしていた。
 しかし、ルーテシアはそんな華やかな場所を選ばず、植え込みに囲まれて緑の壁と言ってもいいくらいの狭い空間に僕を誘った。
 両手を広げれば壁と壁に手が届きそうなくらいの狭い空間に、白いクロスがかけられたテーブルが一つと椅子が二つ、白いカップが二つ。
 甘いお茶菓子すらありはしない。
 でも、そんな雰囲気でも寂しさは感じないどころか、ルーテシア自身の輝きで華やかですらあった。
 テーブルの下でこんなに綺麗な女の子と膝がぶつかりそうになるのを、ひどく気恥ずかしく思いながら『俺』は何の疑問もなく答える。

「――、――――――――!」

 『俺』は一体、彼女になんて答えたんだろう。
 テレビを見ながら僕は世界が平和になればいいな、とは思った事はあるし、一度も思った事がない人も珍しい気がする。
 でも実際に戦争を止めに行くより、こたつでみかんでも食べる事を僕は選んだ。
 僕はそんな人間で『俺』の中に、世界を平和にしてやろうという意志なんかない。

「まぁ素晴らしいですわね」

「――――――――――? ――、―――――――!」

 胸の中で安い自尊心が風船のように膨らんで、腹を見せるようにふんぞり返った『俺』が、思い返してみればたまらなく恥ずかしかった。

「この国のため、ですの?」

「―――――――――――、―――――!」

 僕は未だにこの国を何も知らない。
 日本の総理大臣くらいは知っていても、大臣の名前も覚えていない。
 ずっと生まれ育った日本に何もして来なかったのに、いきなり連れて来られただけの知らない国のために、僕が何かするはずもない。
 『俺』の中に国のため、なんて大層な気持ちはない。
 だから僕は『俺』の言葉を覚えていられない。

「民のため……立派な志ですわ」

「――――――――――……、―――――!」

 知らない誰かのために、僕は戦えない。
 ゴブリン退治だって、ティータみたいないい子が傷付くのを許せなかっただけだ。
 それは誰だって嫌だろうし、誰だってする。
 マゾーガみたいに当たり前のように人を助けてみせる気高さも、ソフィアさんの誇り高い心も持ち合わせてない、ただの力のない凡人でしかない。
 それどころか元の日本の生活では、僕は誰とも繋がれない落伍者だった。
 独りきりにしかなれない。
 『俺』はどうしようもないくらい、勇者じゃない。
 だから、

「アカツキは素晴らしい人ですわね」

 にっこりと、今になって思い出しても嘘の感じられない、心からの微笑みが嬉しくて、『俺』はルーテシアを避けた。
 他の子達の中にあった嘘を嘘と気付かず、そのくせその嘘が楽で甘えていた。
 僕みたいな劣っていて空っぽな人間が、ルーテシアの望む勇者であるはずがない。
 ルーテシアの期待が嬉しい分、失望されるのが怖くて僕は逃げ続けて、



「アカツキ!」

 僕は今も逃げ出してしまっていた。
 後ろから聞こえるルーテシアの声は、はっきりと怒りを孕んでいて振り返れもしない。
 彼女の期待を裏切ってしまった。
 僕は『俺』なりに頑張ったけど、その頑張りは方向を間違えていて、自分でも恥ずかしくなるくらいの無様さを晒していただけだった。
 強くなろうとして、笑われていた道化だ。
 今もその無様さは変わらず、やっと気付けだけで、僕がどうしようもない人間だと内側からいつも囁いてくる。
 村の外に広がる森に、全力疾走で飛び込む自分が堪らなく嫌だった。
 僕は彼女に合わせる顔がない。
 最初はソフィアさんに拉致されてきた。
 でも今は戻ろうなんて、思ってもみなかった。 『俺』だった頃は、忘れてしまいたかったくらいだ。

「ごめん……!」

 ルーテシアの望む勇者にはなれなかった。
 許して欲しいわけじゃない。
 だけど、謝りたかった。
 そして、逃げ出した僕はそのくらいの事も出来ない卑怯者で……、

「お待ちなさい、アカツキ!」

「うそお!?」

 ルーテシアはカップより重い物を持った事がないような貴族の令嬢だったはずだ!
 ドレスのまま森の中を全力疾走して、男に追いついてくるような子じゃなかったはず!?

「な、なんで……?」

 憧れとかそういう物が一瞬でぶち壊されて、僕は自分でも何がなんでなのかわからない。
 だけど現実はルーテシアに併走されている。

「なんでじゃありませんわ! どうして戻ってきませんの!」

「……っ!」

 君から逃げたんだ、とそこまで情けない事は言えるはずがないじゃないか!
 だから足に力を籠めて、僕は必死に彼女をわずかに引き離した。

「ふざけるんじゃ……」

 その声に毛穴が一瞬で開いた。
 背後を振り返れば、紅蓮の炎が燃え盛り、哀れな木々が一瞬で炭に変わるだけの熱量が僕の肌をひりつかせる。
 細い指で長いスカートをたくしあげたルーテシアは、黒いタイツから手首から肘くらいまでの長さしかない短めの杖を抜き取った気がするけど、僕は思わず目を逸らしていた。
 白いぱんつなんて見てません!

「なんて言ってる場合じゃない!」

「ありませんのよ!」

 目を逸らせば死ぬ。
 黒装束の前に飛び出した時のより、激しく命の危険を感じる。
 例えるなら山道で腹を空かせた熊と、ばったりと出くわしたような状況だ。

「焼き払いなさい!」

「い、嫌だァァァァァァァァァァ!」

 ルーテシアの炎は、辺り一面を一瞬で、音も無く焼き払う。
 その威力は隕石でも墜ちてきたか地獄でも生み出したかのような、ひどい有り様を作り出す。

「さあ、出てきなさい、アカツキ」

 まだ残る火の粉がルーテシアの金髪を輝かせるが、その表情は酷薄な印象すら受けるだろう。

「今は外して差し上げましたが、わたくしには生命感知の魔術があります。 どこにいようと……あら?」

 僕が見ていれば、だけど。

「ど、どこに行きましたのよ、アカツキィィィィ!?」

 ソフィアさんに追いかけまわされた経験と、ルーテシアの炎で命の危険に晒された僕は、どうやら奇跡的な逃げ足を手に入れたらしい。

「さよなら、ルーテシア……僕は逃げる」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。 子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。 ――彼女が現れるまでは。 二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。 それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

処理中です...