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十四話 敗北の後 上下
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丸太を組み合わせて作られた壁は、暖かな日差しを吸収し、部屋を適温に維持している。
だが、大賢者ユーティライネンは、露骨に面倒くさそうな暖かさのかけらもない表情でそんな事を言った。
「それだけ動けるなら、あとは自然治癒でいいわね」
「……はあ」
まだあちこちに痛みもあり、さきほどまでのどたばた騒ぎは何だったんだ、と言いたくなるが、蒸し返してあの薬を飲まされたくはない。
それだけを言うと、ユーティライネン殿はすたすたと歩き始め、その後ろをマゾーガが、びくんびくんしているリョウジを米俵のように担いで着いて行く。
ここに一人残されるのも困ってしまう。
三人の後を私も着いて行くが、この小さな大賢者様とやらはなんだか苦手だ。
大賢者ユーティライネンの名は一応、聞いた事があった。
百年前、先代勇者の仲間で回復魔術の遣い手……だったはずだ。
それが本当なら齢百歳を超えているはずだが、私をすたすたと歩く彼女の可愛らしいつむじを見ていると、到底そうは思えない。
「何だか不愉快な視線を感じるわね……」
「気のせいでしょう」
「ちっ……!」
憎々しげに舌打ちされてしまった。
名前がどうこうではなく、人間的に苦手だ。
「私よりでかい奴は皆、死ねばいいのに!」
やさぐれたまま、ユーティライネン殿は扉を蹴り開く。
しかし、ユーティライネン殿より小さい者しか残れないなら、人類は半分しか残らない。
そんな事を考えながら、開かれた扉の向こうを見ると、
「どこだ、ここは」
一面の雪景色が広がり、冷たい風が吹き込み、偶然そこにいた狐の親子がびくりと身を震わせた。
壁から感じた暖かさはなく、外に放り出されたら凍死する寒さしかない。
「間違えたわ」
扉を閉め、再び開くと今度は普通の部屋に通じた。
「お嬢様、お目覚めですか!?」
「どうなってるんだ、これは……」
涙ながらに飛び付いてこようとした爺の頭を、適当にくしゃくしゃと撫でながら、辺りを見回す。
丸太で組まれた家は王都近辺でこそ珍しいが、石材の少ない地域ではありふれている。
内装もありふれているが、貧しさを感じはしない。
「ユーティライネン殿、これは」
「説明はしないわ。 毎回毎回、同じ説明ばかりして飽きるのよ。 たまには私が知らない話でもしなさい!」
なんて不条理な。
「……なら、私の剣はどうなりましたか?」
「知らないわよ! 私に聞かないで!」
会話にならん……。
その思いが伝わったのか、ユーティライネン殿は不機嫌そうに叫んだ。
「クリス、持ってきなさい!」
「クリス……?」
誰だ、一体。
私の知らない人だろうか。
「はい、ただいま!」
ユーティライネン殿の言葉に、壁際に置いてあった木箱へと爺が走り寄る。
「クリス……?」
「お待たせしました……って、まさかお嬢様、僕の名前……」
「そんな事よりチィルダだ」
爺の持ってきた刀は、やはり刀身の半ばからへし折れており、研ぎ直しても脇差しにすらならなそうだ。
「……参ったな、これは」
これでは直しようがない。
刀、という物は消費物だ。
如何なる名刀、名槍であろうとも鎧に切りつけ、刀同士を打ち合わせれば折れるし、折れて曲がる。
それは仕方のない事だ。
前の生でも何本もへし折ってきた。
真っ二つになった今でも、チィルダはひどく私の手に馴染み、儚げな少女の姿が脳裏に浮かぶ。
「ゾフィア……」
マゾーガのこちらを気遣う言葉に、私は首を振って答えた。
「形ある物は、いつかはこうなるさ」
だから、仕方ない。
魔王の首を落とした刃だ。
歴史程度には名が残るかもしれない。
私は無意識のうちに、チィルダを腰に戻そうとして、鞘も刀身も無くなっている事を思い出した。
「ぬう」
自分でも思ったより、チィルダが馴染んでいたらしく、どうにも手放し難い。
困ったものだ。
「そんな事より」
ユーティライネン殿がばさりと叩き切るように、言葉を作る。
じめじめと慰められるよりは、こうしてすぱっと言われた方が気分的にはマシだ。
「これからどうするのよ、今代勇者パーティー」
「……私達は勇者の一味だったのか」
私主催の諸国漫遊の旅、くらいの気分だったんだが、いつの間にか勇者御一行様になっていたらしい。
「……魔王討伐の旅してるんじゃなかったの、あんた達」
「……そうだったのか?」
私から爺へ。
「え、そうなんですかね!?」
爺からマゾーガへ。
「ぞうなのか?」
マゾーガからリョウジへ。
「な、なにが!?」
担がれていたリョウジは、状況を掴めておらず、首を傾げている。
「何しに来たのよ、あんた達は!?」
「いや、まずそもそもここはどこなのですか」
何一つわかってないのだが、そう言われても困る。
だが、大賢者ユーティライネンは、露骨に面倒くさそうな暖かさのかけらもない表情でそんな事を言った。
「それだけ動けるなら、あとは自然治癒でいいわね」
「……はあ」
まだあちこちに痛みもあり、さきほどまでのどたばた騒ぎは何だったんだ、と言いたくなるが、蒸し返してあの薬を飲まされたくはない。
それだけを言うと、ユーティライネン殿はすたすたと歩き始め、その後ろをマゾーガが、びくんびくんしているリョウジを米俵のように担いで着いて行く。
ここに一人残されるのも困ってしまう。
三人の後を私も着いて行くが、この小さな大賢者様とやらはなんだか苦手だ。
大賢者ユーティライネンの名は一応、聞いた事があった。
百年前、先代勇者の仲間で回復魔術の遣い手……だったはずだ。
それが本当なら齢百歳を超えているはずだが、私をすたすたと歩く彼女の可愛らしいつむじを見ていると、到底そうは思えない。
「何だか不愉快な視線を感じるわね……」
「気のせいでしょう」
「ちっ……!」
憎々しげに舌打ちされてしまった。
名前がどうこうではなく、人間的に苦手だ。
「私よりでかい奴は皆、死ねばいいのに!」
やさぐれたまま、ユーティライネン殿は扉を蹴り開く。
しかし、ユーティライネン殿より小さい者しか残れないなら、人類は半分しか残らない。
そんな事を考えながら、開かれた扉の向こうを見ると、
「どこだ、ここは」
一面の雪景色が広がり、冷たい風が吹き込み、偶然そこにいた狐の親子がびくりと身を震わせた。
壁から感じた暖かさはなく、外に放り出されたら凍死する寒さしかない。
「間違えたわ」
扉を閉め、再び開くと今度は普通の部屋に通じた。
「お嬢様、お目覚めですか!?」
「どうなってるんだ、これは……」
涙ながらに飛び付いてこようとした爺の頭を、適当にくしゃくしゃと撫でながら、辺りを見回す。
丸太で組まれた家は王都近辺でこそ珍しいが、石材の少ない地域ではありふれている。
内装もありふれているが、貧しさを感じはしない。
「ユーティライネン殿、これは」
「説明はしないわ。 毎回毎回、同じ説明ばかりして飽きるのよ。 たまには私が知らない話でもしなさい!」
なんて不条理な。
「……なら、私の剣はどうなりましたか?」
「知らないわよ! 私に聞かないで!」
会話にならん……。
その思いが伝わったのか、ユーティライネン殿は不機嫌そうに叫んだ。
「クリス、持ってきなさい!」
「クリス……?」
誰だ、一体。
私の知らない人だろうか。
「はい、ただいま!」
ユーティライネン殿の言葉に、壁際に置いてあった木箱へと爺が走り寄る。
「クリス……?」
「お待たせしました……って、まさかお嬢様、僕の名前……」
「そんな事よりチィルダだ」
爺の持ってきた刀は、やはり刀身の半ばからへし折れており、研ぎ直しても脇差しにすらならなそうだ。
「……参ったな、これは」
これでは直しようがない。
刀、という物は消費物だ。
如何なる名刀、名槍であろうとも鎧に切りつけ、刀同士を打ち合わせれば折れるし、折れて曲がる。
それは仕方のない事だ。
前の生でも何本もへし折ってきた。
真っ二つになった今でも、チィルダはひどく私の手に馴染み、儚げな少女の姿が脳裏に浮かぶ。
「ゾフィア……」
マゾーガのこちらを気遣う言葉に、私は首を振って答えた。
「形ある物は、いつかはこうなるさ」
だから、仕方ない。
魔王の首を落とした刃だ。
歴史程度には名が残るかもしれない。
私は無意識のうちに、チィルダを腰に戻そうとして、鞘も刀身も無くなっている事を思い出した。
「ぬう」
自分でも思ったより、チィルダが馴染んでいたらしく、どうにも手放し難い。
困ったものだ。
「そんな事より」
ユーティライネン殿がばさりと叩き切るように、言葉を作る。
じめじめと慰められるよりは、こうしてすぱっと言われた方が気分的にはマシだ。
「これからどうするのよ、今代勇者パーティー」
「……私達は勇者の一味だったのか」
私主催の諸国漫遊の旅、くらいの気分だったんだが、いつの間にか勇者御一行様になっていたらしい。
「……魔王討伐の旅してるんじゃなかったの、あんた達」
「……そうだったのか?」
私から爺へ。
「え、そうなんですかね!?」
爺からマゾーガへ。
「ぞうなのか?」
マゾーガからリョウジへ。
「な、なにが!?」
担がれていたリョウジは、状況を掴めておらず、首を傾げている。
「何しに来たのよ、あんた達は!?」
「いや、まずそもそもここはどこなのですか」
何一つわかってないのだが、そう言われても困る。
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