剣戟rock'n'roll

久保田

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十六話 因果応報、人類皆兄弟、遠慮容赦 中上

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 弦が震える音が、響いた。
 切り裂くような、包みこむような不思議な色だ。

「歌は世につれ、世は歌につれ」

 道行く人々の立てる音の中、彼女の気怠げな声ははっとするほどに通る。
 雑多な人々の空気が、一瞬にして束ねられた、と私は思った。
 視線が、意識が、彼女に集まる。
豊満な裸身を隠すように生える赤い毛、先が曲がった尻尾、ぴんと張った猫の耳、綺麗に伸びた背筋。
 どこかの店の軒先で、媚びを浮かべて佇む彼女は、三味線に似た楽器を抱えている。

「お急ぎの方も、そうでない方も」

 見事なまでに集められた意識は、群集に動く事を許さず、しっとりとした声音で彼女が語りかけるのに聞き入るしかない。
 だから、私は彼女の前に悠々と立てた。

「どうかご贔屓にしてくださいまし」

 すぱりと終わった口上と共に人々がぞろぞろと集まり、あっという間に人だかりが出来る。
 観衆を無視するように、自分の間で音を奏で始める女に固さは感じられない。
 そのまま絵にしておきたいような、官能的な空気を纏った女だと、私は思った。
 美しい音楽を奏でる柔らかな指使い、風に散る紅葉のように美しい長い髪。
 優しげに見える僅かに垂れた目はその実、熱を孕み輝いている。
 女の瞳が私を見つめていた。
 赤い、どこまでも真っ赤な唇が開くと、倦怠の中にあったさきほどまでの声とは違い、どこまでも広がる歌声が滑り出す。
 地に雲が満ちるような、汚濁に満ちた俗世を覆い隠す歌声だ。
 今の生でも前の生でも聞いた事のない言葉で歌われているが、不思議と厭う事なく聞ける。
 はあ、と誰かが簡単の溜め息を零し、

「あれ」

 と、間抜けな声が聞こえた。
 この人ごみの中、私の横にいた冒険者風の男が、剣を抜き打つ。
 栗を焚き火に放り込んだかのような勢いで振るわれた剣は、しっかりと私の胴を断ち割らんと迫り、男はきょとん、とした表情をしたまま、仰向けに倒れこむ。
 考えるよりも早く振るった私の剣が、男の額を叩き割ったのだ。

「やはり、いまいちだな……」

 頑丈で叩きつけるようにして使うには非常にいい剣だが、反りがなく斬りにくい。
 重さも少しばかり、私には重かった。

「キャァァァァァァ!」

 絹を引き裂くような女の悲鳴が背後に響き、辺りにいた兵士や冒険者達が私を取り囲む。
 すでに槍や剣を抜き、私への警戒を露わにしている。

「待て」

 私は言葉を作りながら、音を奏で続ける女から目を離さずにいた。
 目の前で人一人が斬られた、というのに彼女は平然と歌い続け、それどころか艶やかな笑みすら浮かべている。

「先にそちらの男が斬りかかってきたので、斬り返した」

 倒れた男の手には鞘から半ばまで抜かれた剣があり、道理のわかった官吏ならばきちんとわかってもらえるだろう。
 普通ならば、だ。

「確かにそうらしいな」

 年嵩の兵士が最もらしい事を口しながら、手にしていた剣を袈裟がけに振るってくる。

「スティーブ、何やってんだ!?」

 一緒にいた兵士が同僚の凶行に驚きながら槍を、私に突き刺さんと踏み込んだ。
 女の歌う曲は血臭漂うこの中で、まるで場違いなほどにのんびりとしていた。
 右手一本で剣に剣を返し、左手で先ほど買ったばかりの短剣を使って、槍を受け流す。
 買ったばかりの直剣は鉄と鉄がぶつかり合ったせいで、火花と共にその鉄である身を散らした。
 ある意味、こうやって使い潰せる武器というのは楽でいい。
 そんな事を考えながら受け流した槍を無視し、身を回す。
 剣を持っていた兵士の喉を短剣で深々と斬り裂き、その勢いのまま右手の剣を槍持ちの兵士に叩きつける。
 右の肩から左の腿まで通った斬線は、僅かに右にブレていた。
 倒れ込む兵士達の表情は一様にきょとんとした間抜け面で、辺りにいる群集も似たような表情をしている。
 それはそうだろう。
 止めに入ったはずの兵士が、いきなり私に襲いかかり、返り討ちに合ったのだ。

「―――――――」

 女の歌声が響けば、鉄と鉄が打ち合う音が鳴る。
 再びきょとんとした表情をした冒険者達が、右から左から私に斬りかかってくる。

「無益な殺生をさせてくれる」

 事、ここに至っては彼らが操られているのは自明の理。
 しかし、敵となりうる相手がどれだけいるかわからない以上、手心を加える余裕などない。
 私が振るう剣と短剣は、冒険者達の身を深々と抉る感覚は不愉快ですらあった。
 有象無象をいくら斬った所で、私の極みが見えるわけでもない。

「恐ろしいにゃあ」

 いっそ暢気なほどの声、止まらず響く弦の音はおどろおどろしい。

「なんて恐ろしい女だにゃあ」

 抜かせ、と言い返したい所だが、そうもいかないようだ。
 冒険者や兵士の表情に芯が入る。
 一瞬で五人を斬って落とした私に理はあれど、それが彼らに恐怖を与えていないとは間違っても言えない。
 彼らの膨れ上がった恐怖に、女がそっと針を突き刺す。

「この女は、きっと敵だにゃあ」

 凛、と一度、音が鳴る。
 恐怖を断ち切る音だ。

「皆、この街を守るんだにゃあ」

 よく通る女の声は、男達を奮い立たせ、私への敵意を作り出す。
 いくら弁解しようと、この流れは止められまい。

「やれやれ……」

 何の因果でこんな事になったやら。
 そうぼやきたくもなるが、まぁ仕方ない。

「私に斬られた所で意味はないぞ」

 左右の刃を振るい、血と脂を払う。
 血の雫が線となるのを、私はうんざりとした気分で見ていた。

「まぁそれでもいいなら、かかってこい」

 蛮声を上げ向かってくる男達を見て、またこの街から逃げる事になるのか、と私は溜め息を吐く。
 困ったものだ。
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