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十七話 戦うな、マゾーガ 中中
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ドワイト男爵の屋敷であてがわれた部屋で、突如として生えた猫耳をルーテシアに診断してもらっているわけだが、
「……なんて強度の呪いですの」
「ふむ」
「猫耳が生えてから、何かおかしな事はありません?」
「特にはないですね」
痛みも違和感もなく、最初から生えていたとしか思えないほど、私の頭には猫耳が馴染んでいる。
触られると困るが元から耳は弱いからな、うん。
「最近、強い恨みを買った事は?」
「猫族を斬ったくらいでしょうか」
「明らかにそれが原因ですわよねえ……」
ルーテシアも見ていたのだから、それは理解しているはず。
どこか諦めを含んだ空気を纏いながら、紙になにやら書いていく。
一般に使われている文字ではなく、違う国の言葉を書くルーテシアの手付きに淀みはない。
私も貴族のはしくれで数ヶ国語はそれなりに書けるが、非常に癖のある書き方がなされていて、頭が理解を拒んでいる。
「猫族の死ぬ寸前の呪いは非常に強力で、私では無理ですわね。 高位の神官にでも頼まないとですわ……」
「まぁ何か困った事があるわけでもないですし、問題はないでしょう」
高位の神官が使う浄化魔術は、ありとあらゆる呪いを解くらしいが……それだけにべらぼうに金がかかるのだ。
美味しい物を食べながら、たまに着道楽する程度の路銀はあるが、高位の神官に呪いを浄化してもらえるほどはない。
「問題があってからでは困りますわ!」
まぁ諦めようか、と思った私にルーテシアは声を荒げた。
声を荒げた自分に驚いた、という表情を作ったが、次の瞬間には持ち直し、言葉を続ける。
「呪われている以上、何が起きても不思議ではありませんわ。 一刻も早く祓うべきです」
「……いっそ切ってしまっては駄目でしょうか」
「完全に皮膚と一体化してますから……ハゲますわよ?」
「それは……さすがに困るな」
ハゲは困る。
それはともかく、
「感謝します、ルーテシア」
「な、何がですの!?」
「心配してくれるとは、思いませんでしたから」
「なっ!?」
熟した林檎のように、顔を赤く染めるルーテシアを見て、私は思わず笑いを零してしまった。
「なにを笑ってますの!?」
「いや、失礼。 あまりに可愛らしくて、つい」
「……馬鹿にしてますのね?」
「ははは、そんなまさか。 それどころか貴方のために戦えるリョウジが羨ましいほどです」
整った眉をきっと上げたルーテシアは立ち上がると、私に指を突きつけた。
「そ、その胡散臭い敬語をやめなさい!」
胡散臭い敬語と言われてしまった……。
せっかく騎士らしい装いをしているのだから、少し真似をしてみたのだが。
「大体、どうして私だけ敬語ですのよ!」
「失礼があってはいけないかと」
「慇懃無礼としか思えませんわ!」
男装してこういう話し方をすると、ご婦人方にはウケるのだが、ルーテシアには合わなかったようだ。
「そ、それに……」
髪を触り、視線はふらふらと泳ぎ、赤い顔が更に赤く。
「それに?」
「わ、わたくしだけ敬語で話されていると、壁を作られているようじゃありませんの……」
つい私はまた吹き出してしまった。
「な、何を笑ってますのよぅ……?」
ルーテシアの目元に、涙の球が浮かび始める。
泣き出すのではなく、涙目になりやすい体質なのだろう。
リョウジの周りにいた女の中で、彼女一人が彼を追った。
道中の苦難を省みず、立ち上がる強さがありながら、こうして可愛らしい所も見せてくるとは、何とも面白い娘だ。
「い、いや……」
強い笑いの衝動が、私の腹を突き上げてくる。
過去の経緯、立場の違い。
「なあ、ルーテシア」
「な、なんですのよ!」
そういう物は忘れて、私はこの愛らしい娘と話してみたいと思った。
「悪かった。 これからは俺お前の関係で行こう」
「え、俺お前の……?」
「ああ、友人として付き合おう、と言っているのだ」
「う」
「う?」
「嘘臭いですわよ!?」
一体、私は何だと思われているのだろう。
「私は嘘はつかない」
なるべく、だが。
「それこそ嘘じゃありませんの!?」
「だけど、ルーテシア。 貴方と友になりたいと思っているのは本当だ」
ルーテシアと視線の高さを上げ、彼女に手を差し出した。
「友になってくれないか?」
「うあー!」
淑女らしくない奇声を上げるルーテシアに、再び笑いがこみ上げる。
「あ、貴方は背徳的な空気を出さなければ死んでしまう病気なんですの!?」
そう言いながらも私の手を握ってくれるルーテシアを、少しからかってみたくなった。
「実はそうなんだ。 ……今晩、部屋で待っているよ」
耳元で囁いてみると、思い切り手を叩かれる。
「ほ、ほ、ほ、ほ、ほ」
「本気ではなく、冗談だ」
「燃やしてやろうかしら!」
「それは勘弁願いたい」
「わ、わたくしを構う暇があるなら、リョウジを鍛えて強くしてくださいまし!」
「ふむ」
まだ彼女には見えていないのか。
「それは大丈夫だ」
勇者の力は確かに凄まじい物がある。
そして、それ以上の力がリョウジの中にある。
「もう、あいつは強い」
繭の中の蝶のように、泥の中で咲こうとする蓮のように、リョウジの中に力の萌芽がある。
「もう少しだ、ルーテシア」
「……ソ、ソフィア?」
何故か一歩下がるルーテシアに、私は優しく微笑んだ。
「リョウジは必ず魔王を討つだろうさ」
「……なんて強度の呪いですの」
「ふむ」
「猫耳が生えてから、何かおかしな事はありません?」
「特にはないですね」
痛みも違和感もなく、最初から生えていたとしか思えないほど、私の頭には猫耳が馴染んでいる。
触られると困るが元から耳は弱いからな、うん。
「最近、強い恨みを買った事は?」
「猫族を斬ったくらいでしょうか」
「明らかにそれが原因ですわよねえ……」
ルーテシアも見ていたのだから、それは理解しているはず。
どこか諦めを含んだ空気を纏いながら、紙になにやら書いていく。
一般に使われている文字ではなく、違う国の言葉を書くルーテシアの手付きに淀みはない。
私も貴族のはしくれで数ヶ国語はそれなりに書けるが、非常に癖のある書き方がなされていて、頭が理解を拒んでいる。
「猫族の死ぬ寸前の呪いは非常に強力で、私では無理ですわね。 高位の神官にでも頼まないとですわ……」
「まぁ何か困った事があるわけでもないですし、問題はないでしょう」
高位の神官が使う浄化魔術は、ありとあらゆる呪いを解くらしいが……それだけにべらぼうに金がかかるのだ。
美味しい物を食べながら、たまに着道楽する程度の路銀はあるが、高位の神官に呪いを浄化してもらえるほどはない。
「問題があってからでは困りますわ!」
まぁ諦めようか、と思った私にルーテシアは声を荒げた。
声を荒げた自分に驚いた、という表情を作ったが、次の瞬間には持ち直し、言葉を続ける。
「呪われている以上、何が起きても不思議ではありませんわ。 一刻も早く祓うべきです」
「……いっそ切ってしまっては駄目でしょうか」
「完全に皮膚と一体化してますから……ハゲますわよ?」
「それは……さすがに困るな」
ハゲは困る。
それはともかく、
「感謝します、ルーテシア」
「な、何がですの!?」
「心配してくれるとは、思いませんでしたから」
「なっ!?」
熟した林檎のように、顔を赤く染めるルーテシアを見て、私は思わず笑いを零してしまった。
「なにを笑ってますの!?」
「いや、失礼。 あまりに可愛らしくて、つい」
「……馬鹿にしてますのね?」
「ははは、そんなまさか。 それどころか貴方のために戦えるリョウジが羨ましいほどです」
整った眉をきっと上げたルーテシアは立ち上がると、私に指を突きつけた。
「そ、その胡散臭い敬語をやめなさい!」
胡散臭い敬語と言われてしまった……。
せっかく騎士らしい装いをしているのだから、少し真似をしてみたのだが。
「大体、どうして私だけ敬語ですのよ!」
「失礼があってはいけないかと」
「慇懃無礼としか思えませんわ!」
男装してこういう話し方をすると、ご婦人方にはウケるのだが、ルーテシアには合わなかったようだ。
「そ、それに……」
髪を触り、視線はふらふらと泳ぎ、赤い顔が更に赤く。
「それに?」
「わ、わたくしだけ敬語で話されていると、壁を作られているようじゃありませんの……」
つい私はまた吹き出してしまった。
「な、何を笑ってますのよぅ……?」
ルーテシアの目元に、涙の球が浮かび始める。
泣き出すのではなく、涙目になりやすい体質なのだろう。
リョウジの周りにいた女の中で、彼女一人が彼を追った。
道中の苦難を省みず、立ち上がる強さがありながら、こうして可愛らしい所も見せてくるとは、何とも面白い娘だ。
「い、いや……」
強い笑いの衝動が、私の腹を突き上げてくる。
過去の経緯、立場の違い。
「なあ、ルーテシア」
「な、なんですのよ!」
そういう物は忘れて、私はこの愛らしい娘と話してみたいと思った。
「悪かった。 これからは俺お前の関係で行こう」
「え、俺お前の……?」
「ああ、友人として付き合おう、と言っているのだ」
「う」
「う?」
「嘘臭いですわよ!?」
一体、私は何だと思われているのだろう。
「私は嘘はつかない」
なるべく、だが。
「それこそ嘘じゃありませんの!?」
「だけど、ルーテシア。 貴方と友になりたいと思っているのは本当だ」
ルーテシアと視線の高さを上げ、彼女に手を差し出した。
「友になってくれないか?」
「うあー!」
淑女らしくない奇声を上げるルーテシアに、再び笑いがこみ上げる。
「あ、貴方は背徳的な空気を出さなければ死んでしまう病気なんですの!?」
そう言いながらも私の手を握ってくれるルーテシアを、少しからかってみたくなった。
「実はそうなんだ。 ……今晩、部屋で待っているよ」
耳元で囁いてみると、思い切り手を叩かれる。
「ほ、ほ、ほ、ほ、ほ」
「本気ではなく、冗談だ」
「燃やしてやろうかしら!」
「それは勘弁願いたい」
「わ、わたくしを構う暇があるなら、リョウジを鍛えて強くしてくださいまし!」
「ふむ」
まだ彼女には見えていないのか。
「それは大丈夫だ」
勇者の力は確かに凄まじい物がある。
そして、それ以上の力がリョウジの中にある。
「もう、あいつは強い」
繭の中の蝶のように、泥の中で咲こうとする蓮のように、リョウジの中に力の萌芽がある。
「もう少しだ、ルーテシア」
「……ソ、ソフィア?」
何故か一歩下がるルーテシアに、私は優しく微笑んだ。
「リョウジは必ず魔王を討つだろうさ」
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