スペースチャンバラNo.1

久保田

文字の大きさ
2 / 6

義務と人情

しおりを挟む
 元は筋骨隆々の大男であっただろう彼も時の流れの前には無力。 今は背は曲がり、骨に皮がへばり付いているかのような老醜を晒している。

「帰ってもらえ」

 しかし、そんな骨と皮から発せられたのは、取り違えのしようがない明確な拒絶だった。

「ちょっと待ってよ、村長!?」

 強靭な珪素樹の皮を加工して作られた家は頑丈ではあるが、大きく作るには手間がかかりすぎる。 それは村長の家も変わらない。
 居間も人が五人も集まれば、立っていなければならないような狭さだ。
 そんな中、クラリスの金切り声に晒された村長は心底、憎々しげな表情を見せた。

「やかましいわ、小娘が」

「だ、だって私がディメンションモヒカンに襲われてる所を助けてもらったんだよ!? 恩人なんだから、お礼に一晩泊めてあげたいって言ってるだけで……」

 今も村の入り口で二人の男が待っているだろう。 命を助けられたのだ。
 その事に礼をするのは人の道理。 村長がいい顔をして村を挙げて歓迎してくれる、とまでは思っていなかった。
 しかし、それでもクラリスの家に泊めるくらいは快く許してくれると考えて―――信じていた。
 クラリスは生まれ育った村が嫌いだ。

「お前は本当に余計な事をする娘だの」

 聞きたくなかった。

「旅人なんて奴らは盗っ人しかおらん! そんな奴らを村に置いてみい。 わしらの蓄え、みぃんな持ってかれちまうわ!」

 恩人を口汚く罵る言葉なんて、聞きたくない。
 どこから出てくるのか不思議に思うほどの罵詈雑言が、村長の歯が減った口から勢いよく飛び出してくる。

「大体、相手はディメンションモヒカンだったんだろう?」

「……はい」

 恩人のためには言い返さなければならない。 しかし、言葉が溢れてくる以上に涙が溢れてきそうになるのを、クラリスは必死に抑えなければならなかった。

「馬鹿が! この馬鹿娘が! ディメンションモヒカンに手を出したら、必ず復讐に来るぞ! わしら皆殺しにされてしまうわ!」

 村長に報告してからずっとこの調子だった。 クラリスはこの村で生まれた。
 クラリスと名前を付けてくれたのは村長その人だ。
 その人に、

「村長……私がモヒカンに殺されてた方がよかったの!?」

「お前のような馬鹿一人で村が救われるなら、その方が良かったわ! 死ね! 今から死んでこい!」

 死ねと心から罵られる。

 クラリスは村を愛していない。 自分ではそう思っていた。
 もし村を出て行くなら罵られるのは覚悟の上だ。 そんな物は聞き流してしまえば、次の瞬間には忘れられると思っていた。

 それでも心が、軋みを上げている。

「おじいちゃん……!」

「何がおじいちゃんだ、白々しい! この疫病神が! まったく……そうやって情に訴えようなど、お前は恐ろしい売女よな」

 優しかった。
 幼かったクラリスの頭を撫でてくれたおじいちゃんを、覚えている。
 しかし、目の前にいる村長と、おじいちゃんがクラリスの中で、どうしても結びつかない。
 退屈で、それでも優しかった世界は、今はもうどこにもない。

「私、何も悪い事なんてしてない……!」

 涙が決壊し、クラリスの頬を濡らす。 ただクラリスは仕事をしていただけだ。
 真面目ではなかったかもしれない。 やる気なんてなかった。
 それでも死ねと言われる理由はないはずだ。

「お前が」

 死ねば何の問題も無かった。 生きてる事が悪い。
 次の言葉を、聞きたくない。












 どかん、と音を立てて、閉ざされていた扉が開いた。

「おうおうおうおう!」

 威勢のいい、しかし、ニワトリが鳴いているかのような甲高い声。 真っ青な布地にピンクの桜が咲いている。 抗磁場アロハを身にまとい、気合いの入ったリーゼント。 ひどいガニ股で現れた男。

「サ、サブさん!?」

「誰じゃ、貴様は!?」

「やかましい!」

 村長とクラリスの声を、サブはぶったぎった。

「黙って聞いてりゃあ、いい気になりやがって! いいか、俺と兄ィを追い出す気持ちはよーくわかる。 誰だって盗賊は怖えよ」

 でもな、とサブは言葉を切ると村長を睨み付けた。 それは子供が必死に怒っているようにしか、クラリスには思えなかった。

「女ァ、泣かしちゃあいけないだろうよ!? そいつは無頼の仁義ですらねえ、男の生き方だろうよ!」

 しかし、その子供の怒りは、確かにクラリスの胸に届いた。
 サブの純粋な怒りは、まだクラリスの胸の内に言葉を作ってはくれない。 だが、それでもクラリスの傷付いた心を守ってくれた。

「や、や、やかましいわ、この腐れ鳥頭が! お前のような余所者が、わしらの気持ちがわかるのか! わしはこの村を守らにゃあならんのだ!」

「わしら、じゃねえだろうがよ! お偉いわし様は要するに、あのモヒカン共にビビってるだけだろ? 自分がビビってんのを他の連中を出汁にして、調子くれてんじゃねえぞ!」

 クラリスの胸中はともかく、売り言葉に買い言葉。 このままでは遠からぬうちに決定的な破綻が訪れるだろう。
 恩人と村人達が争う事に、

「黙ってろ、サブ」

 ならなかった。
 場が、静まり返った。
 いつの間にやら戸口に男が現れている。 着流しは旅塵に汚れてはいるが、男の発する気は強烈なまでに清廉。

「上がらせてもらうぜ」

 家の中に上がるという事で、男はスペーステンガロンハットを脱ぐ。 クラリスはそれを意外な想いで見た。
 彼を礼を知らぬ野蛮人と思っていたわけではない。 彼の頭の上から、スペーステンガロンハットが消えた事が不思議に思えただけなのだ。
 それだけスペーステンガロンハットは、彼の頭の上に馴染んでいた。

「兄ィ、でもよ!」

「サブ」

 黙っていろ、とは言わなかった。

「飲み込め」

とだけ、彼は言った。

「…………!」

 歯を食いしばり、俯くサブに声をかけてやりたかった。
 クラリスの身を守ってくれたのは男だ。 でも、あなたのお陰で私の心は守られた。 そう言ってやりたかった。
 しかし、ぐっと全てを飲み込もうとするサブに声をかけるのは、二人の大事な何かに踏み込んでしまいそうで、クラリスも言葉を飲み込む。 飲み込もうとした。
 それは、とても苦い味がした。

「水と、飯だけ分けてくれ。 金なら払う」

 サブとクラリスをいない物のように、淡々と男は村長に声をかける。

「……駄目だ。 あんたに恨みはないが、ディメンションモヒカンに目を付けられるわけにはいかん」

 男の気は百戦錬磨のモヒカン達を怯えさせた。 しかし、それほどの気を受けながらも、村長は膝を屈しない。
 怯えながら、だが、しっかりと男の顔を見て、言った。
 毒と虚飾を剥ぎ取られた村長の顔に、何かとても硬い想いが乗っていた。

「そうか」

 それだけを言うと、男は再びスペーステンガロンハットを被り、背を向ける。

「行くぞ、サブ」

「……へい」

 普段なら何事か言い返すであろうサブも、大人しく男の後に続いて外に出ようとしている。
 あまりの流れの早さに、クラリスが呆けた時である。

「クラリス」

「は、はい……」

 また村長から何か罵られるのだろうか、と僅かに身構えた。

「年を取ったのか、眠くなっていかんの。 ちょっと五分ほど寝ようかのう。 そういえば台所にモグの実、漬けたのがあったはずなんじゃが、食べたか忘れちまったのう。 年は取りたくないのう」

 酷い演技であった。
 しかし、男の清廉な気に清められたのか、その顔にはさっきまでの毒が抜けている。
 どこか、清々しい顔をしていた。

「ありがとう、おじいちゃん」

 そう口の中だけで言うと、クラリスは走り出した。



「待って!」

と、クラリスは男達の背に向けて叫んだ。
 手に抱えるモグの実の漬け物は、クラリスの細腕にはずっしりと来る。
 しかし、離すつもりなんてない。 しっかりと抱き締めて、クラリスは走った。

「お願い、待って!」

 二人は振り返らない。
 狭い村だ。 すでに彼らは安っぽい柵に囲まれただけの村の出入り口に差し掛かっていた。

「待って!」

 追い付いて、何を言おう。 まずは謝ろう。 おじいちゃんが失礼な事を言ってごめんなさい、と。 そして、モグの実を渡すんだ。
 おじいちゃんの漬けたモグの実は、すごく美味しいからあの人達だって、きっとおじいちゃんを許してくれるはずだ。
 そうしたら、もう一度ごめんなさいって言って、助けてくれたお礼にありがとうって言おう。





















「あれ?」

 どうして目の前に地面が見えるんだろう、とクラリスが気付いた時、熱を感じた。

「大丈夫か!? しっかりしろ!」

「サブ、さん……?」

 リーゼントが、そこにいた。 いつの間にかサブに抱き起こされている自分に気付く。

「……あれ?」

 熱を感じた。
 背後から、熱を感じた。

「あれ……?」

 クラリスは振り返った。

「おじい、ちゃんの……お家は?」

 炎が、そこにあった。
 轟々と燃え盛る炎だけが、そこにはあった。
 もう、そこには何もない。 思い出も、分かり合えたという想いも、何もない。

「ヒュー!」

 炎の中に人影一つ。 場にそぐわぬ口笛一つ。 陽気な悪鬼が只今、登場。

「なんだいなんだい、湿気たツラした奴らばっかじゃねーの」

 両の肩パッドからズガンと勢いよく伸びる棘。 サイバーエレキネズミの皮で作られた派手な黄色のジャケット。
 ほっそりとした顔の半分に、紅一色の仮面。
 そして、何より目につくのは頭の上のモヒカン
 毒々しい緑のモヒカンが三本、立っていた。

「あ、あれは……!?」

 何事かと出てきた村人が言った。 いつもクラリスにちょっかいを出すフランクリン。 馬鹿で相手にしたくもない。

「トライモヒカンのスライム・ザ・リッパー!?」

 そんな馬鹿でもディメンションモヒカンの首領、スライム・ザ・リッパーの顔と名くらいは知っている。

「ヒャッハー! こんなクソド田舎でも俺様の名前を知ってるとはなぁ! ……でもよ、てめえ」

 いつ抜いたのか、スライムの手レーザーガンが握られていた。

「様を付けろよ、様をよォォォォォォ!」

 レーザーガンが獰猛な唸りを上げ、フランクリンの首から上が一瞬にして吹き飛べば、断面から吹き上がる血がスライムに降り注ぐ。
 鮮血のシャワーを浴びながら、スライムは満面の笑みと共に言った。

「お、いいねぇ。 クソの割にゃなかなかいい演出してくれんじゃねえか。 つー事でよく聞け、クソ村人共!」

 物陰からスライムを狙おうとしていた村人が、スライムのレーザーガンに撃ち抜かれる。

「俺が!」

 また一人。

「俺が!」

 二人。

「こぉぉぉぉの俺様が!」

 三人。
 村人達の抵抗は今、終わった。

「スライム! ザ! リッパー様だ!」

 スライムの背後に音もなく、二次元跳躍で現れたモヒカン、その数―――百。

「万雷の拍手で迎えろ、クソ共」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

義務ですもの。

あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

処理中です...