スペースチャンバラNo.1

久保田

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スペースチャンバラNo.1

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「兄ィ! 兄ィ!?」

 飛びカトウにも死に逝く者が最後に言葉を残す時間を、与えるくらいの情けはあった。
 必死にブンタの肩を揺するサブの気持ちはよくわかる。 自分が手を下したとはいえ、この恐るべし強敵がいなくなるのは惜しい。

「兄ィ! 兄ィ!」

「うるせえな……耳元で騒ぐな」

 肺と心臓を潰した。 それは確かな事だ。 動いて話せるのは道理に外れる。
 しかし、ブンタほどの男が、動けぬ理由ではない。
 だが、その顔にははっきりと死相が出ている。 今からどんな名医が治療を行っても手遅れだろう。

「サブ」

 泣きじゃくるサブにブンタは静かに声をかけた。

「なんだよ、兄ィ!」

「今からお前は独りだ」

 いやいやとする子供のように首を振るサブの肩に、ブンタの厚い手が置かれる。 その手には死の淵にいる人間とは思えないくらい、しっかりと力が籠められていた。

「俺がお前にくれてやれるモンは、全部くれてやった」

「無理だよ、兄ィ! 俺なんか独りじゃ無理だよ!」

「サブ」

 必死に泣き喚くサブを黙らせ、ブンタは言った。

「男がめそめそ泣くんじゃねえよ」

 それっきりブンタが動く事は、なかった。









 どれほどそうしていたのか。 飛びカトウも、サブも、クラリスも動かなかった。
 ただ泣きじゃくるサブだけが、場の音を作る。
 泣けばいい、と飛びカトウは思った。 ブンタの跡を継ぐ者は、きっと強くなるだろう。
 そして、いつか自分の前に彼が立つ。 それを考えれば、心が軽くなった。

「去ね。 もうお前らに用はない」

 殺す気はとうに失せている。

「……お前は」

「黙れ」

 しかし、殺す気は残っている。

「弱者と語る舌を我は持たぬ」

 散々、なぶった後で何を今更。 そう思わなくもないが、彼には自分を追ってきてもらわなければならない。
 そして、殺す。 殺されるのだ。

「どけ」

「何をするつもりだ」

 サブの眼から怯えが消えていた。 揺らぎが消えていた。

「強者を倒した証に、そのスペーステンガロンハットを貰って行く」

 目印だ。 いつの日かこの男が自分を追うために、はっきりとした目印が必要なのだ。

「……お前は」

「む?」

「お前は何のために戦ってんだよ」

「強者との戦いのため」

 狂おしいまでの飢えがある。 金も女もその飢えを満たす役には立たない。

「そうか」

と、サブは言った。

「なら、あんたにゃこいつはやれないな」

 そう言うとブンタの刀を握り、サブは立ち上がった。
 思わず見惚れてしまうほどに、美しい上段の構えだった。

「兄ィのスペーステンガロンハットを、あんたに汚させるわけにゃいかねえ」

「はっ」

 思わず自分が笑っていた事に、飛びカトウは気付いた。
 小僧が大口を叩いた事に、ではない。 すでに完成した剣士を見誤っていた自分を笑ったのだ。

「もう反吐は吐かんのか?」

「昔、ちょいと色々あってよ。 でも、俺は無頼だ」

 頼る者無し。 ブンタの庇護を失ったサブは、正真正銘の無頼となった。

「兄ィの顔に、泥を塗るわけにはいかねえ」

 曇りなき眼が、飛びカトウを射抜く。

「斬るぜ、あんた」

「面白い」

 子猫だった相手が、僅かな時間の間で獅子になっていた。 殺したくはなかった。
 しかし、そんな甘さを持ってしまえば、この獅子の牙は飛びカトウに届くだろう。

「名を、聞かせてもらおうか」

「レーザー柳生宗家が嫡男にして、ナルカミ・ブンタが弟子、ヤギュウ・サブロウタ」

「コズミックIGA抜けNIN、飛びカトウ」

 そして、

「参る」

と、どちらが言ったのか。

 飛びカトウはただ一直線に前に出た。




















「見事」

 ブンタとの決闘で傷を負っていなければ、と一瞬、思ってしまった。 しかし、それもまた、

「未練よな」

 最強の名を欲しいままにしていた飛びカトウは、ここに散った。

























「本当にもう行くの……? まだ怪我も治ってないんだし、一晩だけじゃなくて、もう少し休んで行ってもいいんだよ」

 晴れ渡る空。 空気は澄んで、どこまでも遠くが見える。
 そんな中、サブロウタとクラリスは村の入り口で、別れを惜しんでいた。

「ああ、もう充分だ」

「嘘だよ。 その眼だってさ……」

 サブロウタの左の眼に深々と斬られた傷があった。 この辺境の村ではナノマシンで傷口を治す事しか出来ず、再生は不可能だった。
 しばらく待てば再生してくれるであろう、無医村を回る巡回医が来る。 その事を踏まえた上でクラリスは言った。

「いいんだよ、これは再生しない」

「でも!」

「いいんだ」

 サブロウタは、クラリスが初めて出会った時の騒々しさが鳴りを潜めた、透き通った笑みを浮かべていた。
 何かを背負い、何かのために生きるのだろう。 その生き方は美しく、悲しい。

「……馬鹿」

「そうだな……ありがとうよ、クラリス」

 あの日からサブロウタから、姉ちゃんという言葉が消えていた。
 サブロウタは無頼になった。 それは誰にも頼る事の無い孤独な旅路。
 それはクラリスにもわかっている。



 しかし、

「馬鹿サブ!」

「ぐおっ!?」

 辺境の女の腕力は、別れの場面でも強い。 腰の入った平手打ちは、サブロウタに避ける事を許さなかった。

「この私を呼び捨てにするとは、いい度胸ね!」

「なんで今更、キレてんだよ!?」

「うるさい! 黙りなさい!」

 自分で打ったサブロウタの頬に、クラリスは優しく手を添えた。

「クラリスの姉ちゃん」

「いや、でも」

「あんたはサブ」

「俺はさ」

 クラリスはぎゅっと力を籠めて、サブを抱き締めた。

「それで、いいのよ」

 サブロウタは無頼だ。 しかし、それではあまりに寂しいではないか。
 せめて、自分くらいは疲れたサブが、寄りかかる場所になってあげたい。 そう、クラリスは思った。

「……ああ、そうだな。 クラリスの姉ちゃん」

「うん……」

 だが戻って来る事は、きっとないだろう。 サブの選んだ道はそういう道だ。
 クラリスは抱いていた腕を離すと、湿っぽさを吹き飛ばすようにして言った。

「ほら、これお弁当とおじいちゃんが漬けたモグの実! とっても美味しいんだから、よーく味わって食べなさい!」

「ありがとうよ、クラリスの姉ちゃん」

 弁当を受け取ったサブは透き通った笑みでも、子供っぽい笑いでもなく、男の笑いをしていた。
 溢れそうになる涙を、必死にこらえた。

「行ってらっしゃい、サブ!」

「達者でな、クラリスの姉ちゃん!」

 背を向けたサブは、すでにアロハではない。
 青空のような青地に桜の花びらが散る着流し。 リーゼントの代わりにはスペーステンガロンハット。 その背中には影のような黒で『無双』の二文字。
 腰にぶち込まれた刀一本、サブは、サブロウタは旅に出る。

 それは、男の旅立ちだった。
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