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8 (前半ラウラ視点)
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収穫祭で諸々を揃えると言っても、自力でできるものはやらなくてはいけない。お金も有限なのだ。
天気のいい日にしまい込んでいた冬の寝具や防寒着を干し、リクニス用に丈を合わせたり傷んだ部分を繕う。冬は外出の機会も少ないため、本人が持参したものと合わせれば今年の冬はなんとか足りるだろう。街へ出られるようになったら気に入ったものを買い足せばいい。
ついでに夏のものも虫干しをしてしまう。
備蓄用の薪にするために森から木を切ってくるのだが、この森には悪戯好きの妖精が住んでいる場所なんかもあるため切り出してくる場所には注意が必要なのだ。そういった場所の木は時に求める人によって高値がつけられたりするらしいのだけど、私は必要がないので切ったり売ったりしたことはない。妖精関係は厄介ごとの方が多いのだ。
切ってきた木を丸太にして運び、使いやすい大きさに割ってよく乾かしてから倉庫にしまう。ついでにリクニスと協力して、火口用の細い枝も拾い集めておく。
薪があっても暖炉が使えないのでは意味がない。冬が終わるたびに掃除をして普段からも軽く手入れはしているが、キッチンとは別であるため、やはり長時間使わないでいると煙突に蜘蛛の巣が張ったりする。掃除のしにくいところなので、こういうときこそ魔法の出番である。埃などが散らばらないようにコントロールしながら煙突の中に風の塊を通していく。
衣住の環境を整えるのと同時に、食べ物についても備蓄用に加工をしていく。
と言っても今は雪が降っても帝都まで出れば最低限のものは手に入るため、冬籠り覚悟で備えなくてもなんとかなる。肉や魚、自家栽培していない野菜などは収穫祭で揃えるとして、その他の野菜類を加工していく。
庭の草木も、冬越しの準備をしていく。
霧の森はゼロではないが幸いあまり雪は降らない。しかし降る時は積もるほど降るのだ。常緑の木々のおかげで多少はマシであるが、どうしても庭は拓けているため、多年草は種類によって雪除けをしたり、地上部を刈ったり、鉢に植え替えたり……やることが案外と多いのだ。
諸々の作業をリクニスとたまに来る自称弟子に教えながら進めていく。
一週間に一度とはいえ、気をつけていてもどうしても二人が鉢合わせてしまうことがある。リクニスに怖い思いをさせてしまっていないか心配していたのだけど、何度か顔を合わせているうちに慣れてきたらしい。
彼は距離感を測るのが上手いらしい。世渡りも上手そうである。
「ゲートさんなら、毎日いらしていても大丈夫だと思います! 元々は毎日通っていらしたんですよね?」
「そうですか……」
リクニスと二人だけの冬支度の合間、その言葉を聞いて少し考える。
男性に少し慣れてきたことはとても喜ばしいことだけれど……。彼なら大丈夫、か……。もしかしてリクニスは彼に気があったりするのだろうか?
「ところで気になってたんですけど……ラウラさんってゲートさんのことを名前で呼んだことないですよね? どうしてですか?」
「どうして、と言われても……呼んでなかったですか?」
「私が聞いている限り、一度も。何か理由があったりするんですか?」
特にはない。
というか、自分でも気付いていなかった。どうしてだろうか。呼ばなくても事足りていたから、必要性を感じていなかっただけのような気がする。
「せっかく収穫祭でご一緒にお出かけするんですから、これを機にどうでしょう! すごい人混みだと聞きますし、お互い離れないように呼び合えたらいいと思うんです!」
自分でもわからず首を傾げていると、いい考えが浮かんだというようにリクニスが提案してくる。確かに一理ある。
「名前、名前ねぇ……考えておきます」
「絶対ですよ!」
「さぁ、作業を再開しましょうか」
随分と打ち解けてくれたようで、最近はグイグイくるようになったリクニスだが、こちらが素なのだろう。いい傾向である。おどおどしているよりも年相応に笑っていた方がよっぽどいい。
でもそのキラキラとした目になんとなく居た堪れなさを感じて無理矢理話を切ってしまった。
---------------------
ラウラたちが本格的な冬支度を始めてから十数日、あっという間に収穫祭当日となった。
早朝から出かけるため、アンドレアは前日の夜からラウラの家に来ていた。昨夜はアンドレアが持ってきた本の内容でリクニスと二人で盛り上がって夜更かししていたようだったが、朝は無事に起きれたようだ。ちなみに恋愛関係の本だったため、あまり興味がないラウラはさっさと寝てしまっていた。
今朝は今朝で何かとラウラの服装に口を出して盛り上がっており、結局二人に押される形で、いつもの地味な外套姿ではなくいくらか明るい格好となっていた。と言ってもお洒落に興味がないラウラが華やかな服を持っているわけもないため、町娘の普段着レベルではあるが。
髪型もいつも通りの低めのツインテールであるが、アンドレアによって編み込まれておりやや雰囲気が華やかである。
腰のベルトに魔法がかかった収納鞄を着ける。この収納鞄というのは、小さな部屋一つ分ほどの容量があり収納したものの重さも半分以下に軽減される。やや値は張るもののごく一般的に流通している便利用品である。
ラウラの準備が済んだあたりで丁度庭の入口のベルが鳴る。アルバートが迎えに来たようだ。
女三人で連れ立って庭に出ると、ラウラの姿を視界に捉えたアルバートが驚愕の表情を浮かべた。
「し、師匠、その格好……」
「? あぁ、アンドレアたちがこれを着ていけって何度も言うものですから……ちょっと動きにくいですけど」
「うぅ……ありがとうございます、先輩。ありがとうございます」
「ふふん、大いに感謝なさい」
「どういう反応なんですかそれ?」
普段とは装いが違うラウラの姿に見惚れ、アンドレアにしきりにお礼を言うアルバートを胡乱な目で見るラウラであった。
「じゃあアンネ、よろしくね。暗くなるまでには戻るわ」
「お泊まりしてきてもいいわよん」
「そんなにかからないわよ。じゃあ行きましょうか、ゲートさん」
「ッ……私、今日死んでもいいです」
「何言ってるんですか?」
アルバートとともにラウラが出かけていく。その姿をアンドレアとリクニスがニコニコしながら見送った。
---------------------
二人が出かけて行った後……
「デートですかね? これってやっぱりデートですよね! きゃー!」
「あんた、色々あった割にそういうのは平気なのね」
「自分のことだと想像するととてもじゃないですけど、人の恋バナは大好きです! 本でしか読んだことなかったので本物のデートは初めて見ました!」
「多分デートと思ってるのはアルバートの方だけだと思うけどね」
「でもゲートさんならラウラさんが本当に嫌がってることはしないと思うのです。私、ラウラさんには幸せになって欲しいんです。こんなこと言うのは失礼かもしれないんですけど……」
「あら奇遇ね、私も知り合った頃からずっとそう思っているわ」
「そうなんですね! お二人の仲がうまくいきますように……! 私も微力ながらお手伝いしますので!」
「ふふん、二人をくっつけ隊、次の作戦を練るわよ!」
「はい!」
「……? なんか今、寒気がしたような……」
「私もです……」
天気のいい日にしまい込んでいた冬の寝具や防寒着を干し、リクニス用に丈を合わせたり傷んだ部分を繕う。冬は外出の機会も少ないため、本人が持参したものと合わせれば今年の冬はなんとか足りるだろう。街へ出られるようになったら気に入ったものを買い足せばいい。
ついでに夏のものも虫干しをしてしまう。
備蓄用の薪にするために森から木を切ってくるのだが、この森には悪戯好きの妖精が住んでいる場所なんかもあるため切り出してくる場所には注意が必要なのだ。そういった場所の木は時に求める人によって高値がつけられたりするらしいのだけど、私は必要がないので切ったり売ったりしたことはない。妖精関係は厄介ごとの方が多いのだ。
切ってきた木を丸太にして運び、使いやすい大きさに割ってよく乾かしてから倉庫にしまう。ついでにリクニスと協力して、火口用の細い枝も拾い集めておく。
薪があっても暖炉が使えないのでは意味がない。冬が終わるたびに掃除をして普段からも軽く手入れはしているが、キッチンとは別であるため、やはり長時間使わないでいると煙突に蜘蛛の巣が張ったりする。掃除のしにくいところなので、こういうときこそ魔法の出番である。埃などが散らばらないようにコントロールしながら煙突の中に風の塊を通していく。
衣住の環境を整えるのと同時に、食べ物についても備蓄用に加工をしていく。
と言っても今は雪が降っても帝都まで出れば最低限のものは手に入るため、冬籠り覚悟で備えなくてもなんとかなる。肉や魚、自家栽培していない野菜などは収穫祭で揃えるとして、その他の野菜類を加工していく。
庭の草木も、冬越しの準備をしていく。
霧の森はゼロではないが幸いあまり雪は降らない。しかし降る時は積もるほど降るのだ。常緑の木々のおかげで多少はマシであるが、どうしても庭は拓けているため、多年草は種類によって雪除けをしたり、地上部を刈ったり、鉢に植え替えたり……やることが案外と多いのだ。
諸々の作業をリクニスとたまに来る自称弟子に教えながら進めていく。
一週間に一度とはいえ、気をつけていてもどうしても二人が鉢合わせてしまうことがある。リクニスに怖い思いをさせてしまっていないか心配していたのだけど、何度か顔を合わせているうちに慣れてきたらしい。
彼は距離感を測るのが上手いらしい。世渡りも上手そうである。
「ゲートさんなら、毎日いらしていても大丈夫だと思います! 元々は毎日通っていらしたんですよね?」
「そうですか……」
リクニスと二人だけの冬支度の合間、その言葉を聞いて少し考える。
男性に少し慣れてきたことはとても喜ばしいことだけれど……。彼なら大丈夫、か……。もしかしてリクニスは彼に気があったりするのだろうか?
「ところで気になってたんですけど……ラウラさんってゲートさんのことを名前で呼んだことないですよね? どうしてですか?」
「どうして、と言われても……呼んでなかったですか?」
「私が聞いている限り、一度も。何か理由があったりするんですか?」
特にはない。
というか、自分でも気付いていなかった。どうしてだろうか。呼ばなくても事足りていたから、必要性を感じていなかっただけのような気がする。
「せっかく収穫祭でご一緒にお出かけするんですから、これを機にどうでしょう! すごい人混みだと聞きますし、お互い離れないように呼び合えたらいいと思うんです!」
自分でもわからず首を傾げていると、いい考えが浮かんだというようにリクニスが提案してくる。確かに一理ある。
「名前、名前ねぇ……考えておきます」
「絶対ですよ!」
「さぁ、作業を再開しましょうか」
随分と打ち解けてくれたようで、最近はグイグイくるようになったリクニスだが、こちらが素なのだろう。いい傾向である。おどおどしているよりも年相応に笑っていた方がよっぽどいい。
でもそのキラキラとした目になんとなく居た堪れなさを感じて無理矢理話を切ってしまった。
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ラウラたちが本格的な冬支度を始めてから十数日、あっという間に収穫祭当日となった。
早朝から出かけるため、アンドレアは前日の夜からラウラの家に来ていた。昨夜はアンドレアが持ってきた本の内容でリクニスと二人で盛り上がって夜更かししていたようだったが、朝は無事に起きれたようだ。ちなみに恋愛関係の本だったため、あまり興味がないラウラはさっさと寝てしまっていた。
今朝は今朝で何かとラウラの服装に口を出して盛り上がっており、結局二人に押される形で、いつもの地味な外套姿ではなくいくらか明るい格好となっていた。と言ってもお洒落に興味がないラウラが華やかな服を持っているわけもないため、町娘の普段着レベルではあるが。
髪型もいつも通りの低めのツインテールであるが、アンドレアによって編み込まれておりやや雰囲気が華やかである。
腰のベルトに魔法がかかった収納鞄を着ける。この収納鞄というのは、小さな部屋一つ分ほどの容量があり収納したものの重さも半分以下に軽減される。やや値は張るもののごく一般的に流通している便利用品である。
ラウラの準備が済んだあたりで丁度庭の入口のベルが鳴る。アルバートが迎えに来たようだ。
女三人で連れ立って庭に出ると、ラウラの姿を視界に捉えたアルバートが驚愕の表情を浮かべた。
「し、師匠、その格好……」
「? あぁ、アンドレアたちがこれを着ていけって何度も言うものですから……ちょっと動きにくいですけど」
「うぅ……ありがとうございます、先輩。ありがとうございます」
「ふふん、大いに感謝なさい」
「どういう反応なんですかそれ?」
普段とは装いが違うラウラの姿に見惚れ、アンドレアにしきりにお礼を言うアルバートを胡乱な目で見るラウラであった。
「じゃあアンネ、よろしくね。暗くなるまでには戻るわ」
「お泊まりしてきてもいいわよん」
「そんなにかからないわよ。じゃあ行きましょうか、ゲートさん」
「ッ……私、今日死んでもいいです」
「何言ってるんですか?」
アルバートとともにラウラが出かけていく。その姿をアンドレアとリクニスがニコニコしながら見送った。
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二人が出かけて行った後……
「デートですかね? これってやっぱりデートですよね! きゃー!」
「あんた、色々あった割にそういうのは平気なのね」
「自分のことだと想像するととてもじゃないですけど、人の恋バナは大好きです! 本でしか読んだことなかったので本物のデートは初めて見ました!」
「多分デートと思ってるのはアルバートの方だけだと思うけどね」
「でもゲートさんならラウラさんが本当に嫌がってることはしないと思うのです。私、ラウラさんには幸せになって欲しいんです。こんなこと言うのは失礼かもしれないんですけど……」
「あら奇遇ね、私も知り合った頃からずっとそう思っているわ」
「そうなんですね! お二人の仲がうまくいきますように……! 私も微力ながらお手伝いしますので!」
「ふふん、二人をくっつけ隊、次の作戦を練るわよ!」
「はい!」
「……? なんか今、寒気がしたような……」
「私もです……」
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