金色の瞳

バナナ🍌

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4人目の金色の瞳

崖の底の2人

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この世界では珍しい、世界共通の常識。その中に、金色の瞳ゴールデンアイを持つ者は生まれながらの“天才„だと言う物がある。
その天才は確認される中でも3人。
1人目は、国々を転々とする平民の青年。
2人目は、テイアリスト王国魔道師団団長の少年。
3人目は、リーペ王国大神官である少年。
そして、4人目となるリリアイラー王国の王女は半信半疑の状態として、その中には入っていないのだった。



納豆の件から数分後、わたしは気を取り直して口を開いた。
「で、貴方は誰ですか?貴方がロープでわたしを引きずり落としたんですか?」
無言でこくりと頷いた彼は、小さく口を開いた。
「………名は……イヴァン・ハエック………」
「アリーヤ・ディオンと申します。ではまず、わたしを上に帰してください」
「………」
わたしが上を指差しながらそう言うと、彼は無言で、更に無表情でふるふると首を振った。癖毛のある白いふわふわの髪が緩く揺れた。引っこ抜いてやりたい。
苛立ちを感じながら、わたしは心を落ち着ける為ににこりと微笑み首を傾げた。
「何故です?貴方がわたしを引きずり落としたのでしょう?そもそも貴方は何なのですか、ここに住んでいるのですか?ならば地底人は上と同じ文化なのですか?」
「…何で……落ちたという選択肢が無いの……??」
無表情で首を傾げるイヴァンに、わたしはまるで人形のようだと感じた。だがすぐに落ちる前に見た光景を思い出す。確かに柵が1ヵ所壊れていた。というか何で落ちるんだ、この人天才のはずだろう。そう思いながら、わたしは更に疑問を重ねた。
「では何故落ちたのですか?」
「………。人は欲に弱い、それは僕も同じ……。村人がうっかり転んで納豆が崖に落ちた時、取りに行かない選択肢が何処に?」
「馬鹿と天才は紙一重だそうですよ、とても勉強になります」
「………嫌味………」
ふいっと無表情で顔を反らしたイヴァンにわたしはため息をつく。上を向き、ほんの微かな光をベール越しに見た。
「登ってみるにしても、体力が確実に持ちません。というかイヴァン、先程のロープは何処にくくりつけるつもりで投げたのですか」
「え、岩」
「それでわたしの足ですか」
「……すみません……………」
無表情のまま視線を反らすイヴァンを見る事無く、わたしは数歩後ろに下がり助走をつけて縄を上に投げた。手応えあり。
わたしはそのまま壁に足を付き縄にしがみついて登り始め、視線を送る事無く彼に話し掛けた。
「ところで貴方の能力は?わたしは能力無効化ですが」
「ん………珍しい力だね………。……僕は、物の時間を操る能力……」
「ちなみにこの崖が出来たきっかけは下が空洞になって上の地が落ちたからだそうです」
「時間を進めるにしても、戻すにしても……危険………」
「えぇ、そうですね」
そう言っているうちに、地面からイヴァンが縦に3人分程の場所まで登れた。上はイヴァン何人分だろうか。
「イヴァン、登ってきてください。そしてわたしの上で止まってわたしの踏み台になってください」
「………君は………、僕の事を何だと思ってるの……??」
「え、人形」
「…人だよ……」
無表情のままそう言う彼だが、顔と違って声には心底気持ちが籠っている。単に表情筋が死んでるだけか。良かった、良かった。と、全く良くない事を思いながら、わたしは今より少し登って近くの壁を軽く蹴った。ガコンと壁が崩れ薄暗い洞窟が現れる。縄を少し揺らし、そこに飛び込み着地する。
「洞窟がありました、イヴァンもどうぞ」
「………」
こくんと頷いたイヴァンは、縄を持ちながらもほぼ壁に体重をかけて、地面を蹴って跳び更に壁を蹴ってタンタンと登ってきた。スタッと小さな音を出してイヴァンが着地する。ふわふわとした白い髪が揺れた。洞窟の奥を見るが良く見えない。ジェル王子の暗視能力があれば便利なのだが、まあ居たら居たで不便だ。
「スケルトンとか居ますかね」
「………さあ………」
無表情でイヴァンはそう呟く。ひとまず魔術で指先に火を出す。魔術の負担が大きすぎて心臓が口から出そうな程気分が悪い。ベール越しに口元を手で押さえて急いでイヴァンの服の袖に火を移す。無表情から目のみを見張ってイヴァンはその炎を見つめた。わたしは彼の袖を破る余裕も無く咳き込む。
「ゲホッ、ケホッ、カハッ……。速く、破った方がいいですよ、ケホッ」
「………」
イヴァンは無言でこくりと頷く。魔術の負担がまだ残っていたようで、わたしは再び口元を押さえた。
「ゲホッ、ゲホッ、おえっ」
「………吐かないでよ…………」
ビリッと火の付いた袖の一部を破り、イヴァンは転がった木の枝にその火を移した。コツコツと奥に進んでいく。
「このまま進めば地上に出るとかのフラグですかね」
「………」
わたしの問いかけにイヴァンは無表情無言を通す。少しずつ上に向かう、斜面上の道が真っ直ぐあった為、わたし達はそのままボテボテと足を進めた。
「………君の、その目……良く、バレなかったね………」
「まあ、ベールのおかげですね。けれど、バレる人にはバレてますよ。うちの国の第1王子とか」
「……仕えてるの……?」
「いえ、わたしが仕えているのは侯爵令嬢です。驚く事に、ベールを捲られて縁があって
「………」
思い出すだけで忌々しい出来事に、わたしは思わず少し強めに言ってしまった。イヴァンはこちらに視線を寄越す事無く無表情で進み続ける。わたしはイヴァンに質問しようと口を開いた。
「イヴァンの故郷は何処ですか?」
「……リリアイラー王国……」
「へぇ……、そこからここまで。崖の底ここまで……」
「……やめて……」
ぼそっと呟くイヴァンに、わたしはベールの下で苦笑する。リリアイラー王国出身ならば、恐らく平民でも、金色の瞳ゴールデンアイを持つ少年ならばわたしが消えた第1王女である可能性は容易に浮かんでいるだろう。
「そういえば凄いですね、平民なのに貴族に誘拐されたりしなかったのですか?イヴァン」
「………。僕が生まれた事で、貴族からの圧力を恐れた父さんは去り、母さんは貴族に殺された………。…そして…僕は、逃げるように旅を続けた…」
「なるほど、御母様が。御愁傷様です、神の御加護があらんことを」
素っ気なくそう言ったわたしに、イヴァンはちらりと視線を寄越し、すぐに戻した。そして本当にフラグだったようで、しばらくして差した日光が見えた。
「……。昔、勇者が罪人をこの崖に突き落として国を救ったそうです」
「………」
「国は救われていませんでしたね…」
わたし達は、遠い目をして歩を進めたのだった。
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