【完結】死に戻り8度目の伯爵令嬢は今度こそ破談を成功させたい!

雲井咲穂(くもいさほ)

文字の大きさ
11 / 18

chapter.8 / 遠い日の記憶

しおりを挟む
 群青色に染まり始めた空よりも濃く深い色彩を纏って、街の明かりが一つ、二つと灯り始めた。

 壮麗さと厳格さを凝縮したような個性様々な邸宅が立ち並ぶ貴族街の一角にある、自宅に戻ってから三日。エヴァンゼリンやデルフィーネ達との会合が終わり、いくつかの決め事の確認のために書簡を受け取って、確認するなどしてあっという間に日数が経ってまった。

 明後日はいよいよ婚約式本番だと思うと、さらに気が重くなってくる。

 固く閉じられたバルコニーへ通じる窓から外の様子を眺めながら、アンテリーゼは軽く羽織った薄手のショールを引き寄せた。

「今回はうまくいくかしら」

 磨き上げられた窓ガラスに映りこむ、薄ぼんやりとした自分の姿がひどく所在なくてまるで幻のようだと自嘲しながらアンテリーゼは独りごちた。

 結局マルセルと婚約の指輪を受け取りに行けないままで数日経ち、あちらからは面会を求める手紙や訪問があったとユイゼルゼから聞かされてはいるものの、正直なところどんな顔をして会えばいいのかわからない。

 婚約式を取りやめて、婚約を解消したいという衝動に駆られるが、そのためにはそれに足る十分な理由が必要で、そのためにはまだ一番必要な証拠が集まっていなかった。デルフィーネやエヴァンゼリンたちは婚約式までに必ずその証拠を見つけ出すと約束をしてくれたのだが、正直なところどう転ぶか未だに気は抜けない。

 アンテリーゼは琥珀色の瞳をそっと閉じ、溶けて消えてしまいそうな声で問うた。

「あなたは本当に私と結婚する気があるの?」

 ぺたりと指先で窓に触れてみても、冷たい感触が言葉を返すことはない。

「あなたは、本当は誰を愛しているの?」

 家同士の繁栄のために取り交わされることが一般的な貴族同士の結婚という制度。それが嫌で女公爵や女伯爵として一生を終えた人物はいるが、長い歴史の中でも数人しかいない。それにそういう人たちは何か特別な才能や、生まれながらの地位が「社会的にわがままと言われる選択」を許している節もある。

「私は、無理ね」

 貴族の中では名門とは程遠く、財力も歴史も埋もれてしまうほど浅い。父は政治的野心も金銭的欲望も薄い性格で、母は質素で素朴な生活を好む。領地の安定が第一で、それ以上を望んでいないことは明白だ。

 いい意味で目立たない、地味といえば地味なこのマトヴァイユ家にマルセルのメルツァー家から正式な結婚の話があった際は、両親は何度も考え直すようにアンテリーゼを説得した。家格が違いすぎる、同じ伯爵家でもつり合いが取れないなどなどだ。

 本当のところ両親が彼をどう思っているのかはわからないが、それでもアンテリーゼが結婚を前提に交際をはじめると決めた時は、渋々ながらそれでも許してくれた記憶がある。その後は、順調といえば順調に交際を進め、求婚され、結婚の許しを得るために両親に面会し、許された。

 アンテリーゼもマルセルの領地に招かれ、未来の義母となる人や親族や兄弟を紹介され、少なくとも表面上は歓迎されたように感じたし、両家同士の顔合わせや内々での仮婚約もトントンと進んだ。正式な婚約が許され、婚約式のために加速度的に毎日が忙しくなった時には、マルセルの仕事が忙しいようでほとんど会えなかったが、婚約指輪やそれに続く結婚指輪の打ち合わせなどをして会う機会はあったので、アンテリーゼも寂しさを感じることはほとんどなかった。

「それなのに、どうしてかしらね」

 マルセルとは国王主催の春の花の式典で催された夜会で出会った。三日間国中の様々な貴族がその序列や功績などの関係なく顔を合わせ、会話とダンスを楽しむ貴族の春の式典だ。その頃のアンテリーゼは社交デビューを果たしたばかりで右も左もわからず、エヴァンゼリンはその優れた魔力と頭脳から王立魔術院に入学しており、この頃ほとんど接点がなかった。

 友人らしい友人はほとんどおらず、会話らしい会話もうまくできなくて、数度ダンスを誘われて踊ったけれどだんだん自信がなくなって、気が付いたら壁の花になっていたのだ。

 賑やかさに目が追い付かず、気後れしているところに声をかけてきたのが、マルセルだった。

 三つ年上ですでに王宮に勤めているというその青年は、見るからに真面目そうで、細かな気配りができる優しそうな人だと思った。そうしてすっかり夜会が終わるころには、彼に心惹かれていた自分を自覚した。

 こんなにあっさり誰かに心を開いて話せたことが初めてだったし、右も左もわからない未成熟な自分のような人物にも敬意を持って接してくれたのが嬉しかったのかもしれない。

 それから数日後、彼はあの真珠の首飾りと花束を手に交際を申し込むたびにこの家の扉を叩いたのだった。

「遠い昔の物語みたいだわ」

 アンテリーゼは床にゆっくりと腰を下ろし、足を横に流して空を見上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

悪役令嬢は断罪されない

竜鳴躍
恋愛
卒業パーティの日。 王太子マクシミリアン=フォン=レッドキングダムは、婚約者である公爵令嬢のミレニア=ブルー=メロディア公爵令嬢の前に立つ。 私は、ミレニア様とお友達の地味で平凡な伯爵令嬢。ミレニアさまが悪役令嬢ですって?ひどいわ、ミレニアさまはそんな方ではないのに!! だが彼は、悪役令嬢を断罪ーーーーーーーーーーしなかった。 おや?王太子と悪役令嬢の様子がおかしいようです。 2021.8.14 順位が上がってきて驚いでいます。うれしいです。ありがとうございます! →続編作りました。ミレニアと騎士団長の娘と王太子とマリーの息子のお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/mypage/content/detail/114529751 →王太子とマリーの息子とミレニアと騎士団長の娘の話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/449536459

悪女の私を愛さないと言ったのはあなたでしょう?今さら口説かれても困るので、さっさと離縁して頂けますか?

輝く魔法
恋愛
システィーナ・エヴァンスは王太子のキース・ジルベルトの婚約者として日々王妃教育に勤しみ努力していた。だがある日、妹のリリーナに嵌められ身に覚えの無い罪で婚約破棄を申し込まれる。だが、あまりにも無能な王太子のおかげで(?)冤罪は晴れ、正式に婚約も破棄される。そんな時隣国の皇太子、ユージン・ステライトから縁談が申し込まれる。もしかしたら彼に愛されるかもしれないー。そんな淡い期待を抱いて嫁いだが、ユージンもシスティーナの悪い噂を信じているようでー? 「今さら口説かれても困るんですけど…。」 後半はがっつり口説いてくる皇太子ですが結ばれません⭐︎でも一応恋愛要素はあります!ざまぁメインのラブコメって感じかなぁ。そういうのはちょっと…とか嫌だなって人はブラウザバックをお願いします(o^^o)更新も遅めかもなので続きが気になるって方は気長に待っててください。なお、これが初作品ですエヘヘ(о´∀`о) 優しい感想待ってます♪

悪役令嬢は間違えない

スノウ
恋愛
 王太子の婚約者候補として横暴に振る舞ってきた公爵令嬢のジゼット。  その行動はだんだんエスカレートしていき、ついには癒しの聖女であるリリーという少女を害したことで王太子から断罪され、公開処刑を言い渡される。  処刑までの牢獄での暮らしは劣悪なもので、ジゼットのプライドはズタズタにされ、彼女は生きる希望を失ってしまう。  処刑当日、ジゼットの従者だったダリルが助けに来てくれたものの、看守に見つかり、脱獄は叶わなかった。  しかし、ジゼットは唯一自分を助けようとしてくれたダリルの行動に涙を流し、彼への感謝を胸に断頭台に上がった。  そして、ジゼットの処刑は執行された……はずだった。  ジゼットが気がつくと、彼女が9歳だった時まで時間が巻き戻っていた。  ジゼットは決意する。  次は絶対に間違えない。  処刑なんかされずに、寿命をまっとうしてみせる。  そして、唯一自分を助けようとしてくれたダリルを大切にする、と。   ────────────    毎日20時頃に投稿します。  お気に入り登録をしてくださった方、いいねをくださった方、エールをくださった方、どうもありがとうございます。  とても励みになります。  

嘘からこうして婚約破棄は成された

桜梅花 空木
恋愛
自分だったらこうするなぁと。

悪役令嬢の大きな勘違い

神々廻
恋愛
この手紙を読んでらっしゃるという事は私は処刑されたと言う事でしょう。 もし......処刑されて居ないのなら、今はまだ見ないで下さいまし 封筒にそう書かれていた手紙は先日、処刑された悪女が書いたものだった。 お気に入り、感想お願いします!

【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます

22時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。 エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。 悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。

婚約破棄を求められました。私は嬉しいですが、貴方はそれでいいのですね?

ゆるり
恋愛
アリシエラは聖女であり、婚約者と結婚して王太子妃になる筈だった。しかし、ある少女の登場により、未来が狂いだす。婚約破棄を求める彼にアリシエラは答えた。「はい、喜んで」と。

処理中です...