【完結】死に戻り8度目の伯爵令嬢は今度こそ破談を成功させたい!

雲井咲穂(くもいさほ)

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Chapter.10-1 / 断罪者は婚約破棄を華麗に謳う(1)

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「わたくし、アンテリーゼ・フォン・マトヴァイユはマルセル・イル・テ・メルツァー卿との婚約を破棄し、ここに彼を…婚姻法第七条一項に抵触した罪で、彼とその関係にあった相手セレーネ・ユドヴェルド男爵令嬢を弾劾致します!」

 婚姻法第七条一項とは、法的な手続きを踏み両家と両性の合意の下交わされた婚約において、婚約の正式な解消がないままでの不貞行為を禁ずる、という条項である。元は国家間の婚姻の重要性を保持するために作られた法案だが、現行の貴族社会においても非常に重要視される要項である。

 何らかの理由があり、婚約の解消を願い出る場合は、貴族院裁判所において両家両名の出廷と、婚約を解消するに足る明確な説明が求められる。現在は代理人を通じて煩雑な事務的作業や調書書類の提出によって随分簡素化されてはいるのだが、基本的に婚約の解消においては離婚よりも時間とお金がかかると言われる。

 それは、国内での魔力を保持する貴族の流出や減退を防ぐためでもあり、保持している財産としての魔石の流出を分散紛失させないための方法でもあった。

 ともあれ、名誉というのは貴族社会において非常に重要なものであり、婚約式という公の場において衆目の前での弾劾というのは、決闘の申し込みとは異なり相手の顔と身分、家名に泥を塗る行為に等しい。

 故に、十分な証拠がなければ沼地に足を踏み入れるのは自分自身と言っても良い行いである。

「は?」

 何を言われたのかまるで理解できていない様子で、マルセルがアンテリーゼのすぐ背後でゆらりと立ち上がった。

 さざなみが次第に大波のように声という形で会場全体に広がっていく様子を見下ろしながら、アンテリーゼは今にも倒れそうな表情で父に肩を抱かれ引き寄せられている母の姿を目にし、ぎゅっと唇を噛み締める。

 もう引き下がることはできないが、引き下がる必要はない。

 アンテリーゼは胸元に輝くエヴァンゼリンが本来身につけるべきだった首飾りに指先を触れた。大粒の虹の輝きを眩いばかりに煌めかせる美しい魔石が、まるで自分を後押ししてくれているように輝く。

 デルフィーネはもとより、リエリーナ、フィオナ、そしてエヴァンゼリン程の魔力や才能はないが、貴族の端くれとしてアンテリーゼにも魔力は存在する。

「わたくしは、―――婚約者であるメルツァー卿が、この婚姻法に抵触し、セレーネ・ユドヴェルド男爵令嬢と共に不貞行為に及び、婚姻法に定められた不貞行為における婚約破棄の可能条件と解消の通告に該当しているものと判断し、この場で告発及び婚約解消の即時承認と婚姻法に定めるところの相当額の弁済を要求いたします」

 アンテリーゼの声は教会の鈴鐘のように騒めく会場を通り抜けて広がった。

 驚愕に見開かれる誰もの表情の中に、怒りと恐怖で綯い交ぜになったセレーネの姿がある。

「き、君は、アンテリーゼ!何を言って、気でも狂ったのか!?」

 マルセルはいきり立ってアンテリーゼのすぐ傍に歩を進めると、その片手を思い切り掴んで振り向かせた。

「っ。……痛いですわ。放してくださる?」

 冷徹さを帯びた琥珀の瞳がすがめられ、眉根を寄せたアンテリーゼの表情に怒鳴りつけるのを精一杯の精神力で抑え込んでいる様子のマルセルが震える声で問い詰める。

「君は、っこんな公衆の面前で。一体何を言っているのか、理解しているのか?この僕が、不貞行為だと?」

 耳まで朱色に染めてできるだけ声を抑えながらマルセルはアンテリーゼを詰問するが、彼女は涼やかな表情で見返しただけだった。それから、マルセルから視線を外し、その背後に悠然と存在を現した黒薔薇姫に視線を合わせる。

「殿下」

 最高位の貴族へ向けて、アンテリーゼは背筋を正し美しく令嬢としての礼を向けると、デルフィーネは朱色の唇を華麗に引き上げて頷いた。

「ロックフェルト嬢」

 王太子の婚約者ではあるが成婚前である為、身分としてはデルフィーネの方が上位である。呼ばれるまで背後で頭を軽く下げた状態で控えていたエヴァンゼリンが翡翠色の瞳を煌めかせて口を開いた。

「はい、殿下」

「お前が探していたというあの耳飾りは見つかったのかしら?」

 パタパタと扇子を仰ぎながらデルフィーネが何でもないことのように、それでもよく通る声で問えば、伝言ゲームのようにその単語があちこちで繰り返された。

 発言を許されて、エヴァンゼリンはアンテリーゼの側に杖をコツコツと突きながら優雅な様相で進み出ると、王太子の婚約者として相応しい表情で上品に微笑む。

「はい殿下。長らく、ご心痛をおかけいたしまして、誠に申し訳もございません。たった今、つい先ほど。間違いなくわたくしの耳飾りの在処を見つけましてでございます」

 耳飾り、という細い声がマルセルから溢れた。

 アンテリーゼからやや遅れて不恰好に跪く格好で貴族の礼をとって頭を垂れるマルセルの様子を、アンテリーゼは冷淡に見下ろす。

 発言が許されていない彼は、この場で口を開く権利すらない。
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