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第二章
ゆでだこおじちゃん
しおりを挟む吊り目がちで、人によっては睨んでいるように見える自分の雰囲気を気にして、コーデリアはできるだけ優しく聞こえるように配慮しながら少女に声をかけた。
「こんにちは。私はコーデリア。あなたのお名前は?」
「わたし、メリッサ。あのっ……」
少女は少し緊張した様子で名乗ると、背中に隠していた腕をそっと動かし、小さな水色の花束を差し出した。
「これを、コーデリアさまに……」
しぼんでいくような声でそう言いながら、メリッサは両手を前に突き出した。
小さな手に握られていたのは、野で摘んだばかりと思われる花束だった。茎には他の草の葉が絡みつき、途中で折れたものも混じっていたが、それでも花弁はピンと広がり、みずみずしく凛としている。
光が差し入ると、花弁の向こう側が微かに透けてとても美しかった。
コーデリアはゆっくりと両手を差し伸べ、メリッサの小さな手を包み込むようにして花束を受け取った。
「ライグリッサでは、この時期でもこんなにきれいな花が咲くのね。どうもありがとう、とても素敵なお花ね。大切にお部屋に飾らせてもらうわ」
子どものぷっくりとした柔らかい手が、戸惑うようにスッと離れ、少女はまたスカートの後ろに隠してしまった。
コーデリアは片膝をついて目線を合わせ、さらに優しい表情で問いかける。
「メリッサ、本当にありがとう。これはあなたが一人で摘んできてくれたの?」
すると、メリッサは勢いよく首を横に振り、背後をそっと振り返った。その視線の先、建物の入り口近くの物陰で、他の子どもたちが慌てて身を縮めるのが見えた。
コーデリアはくすりと笑い、手を振ると、物陰にいた子どもたちがピクッと肩を震わせ、互いに顔を見合わせた。やがてそろそろと歩み寄ってくる。
メリッサと同じくらいの年頃の子どもたちが、おずおずと言った様子で顔を見合わせすぐ近くで立ち止まる。男の子が三人、女の子が二人。女の子の方が少し背が高い。
どの子もやや緊張した表情を浮かべながらも、どこか嬉しそうに服の裾を握りしめたり、互いに顔を見合わせたりしながら、期待に満ちた瞳でコーデリアをまっすぐに見つめている。
「なぁ、コーデリアさま!」
気がつくと、コーデリアは子どもたちに囲まれていた。彼らはキラキラと目を輝かせながら、あれこれと質問を投げかける。
「どうしてコーデリアさまはカイルさまと結婚したの?」
「コーデリアさまはどこからきたの?」
「コーデリアさまは、カイルさまのどこが好きなの?」
「カイルさま、まじゅうみたいで怖くない?」
次々と繰り出される無邪気な質問攻めに、コーデリアは思わずたじろぎつつも、一つずつ丁寧に答えていく。
コーデリアは、縁あってカイルと結婚したこと、自分の生まれ育った場所のことや、彼の誠実さや頼もしさ、そして見た目とは違いとても優しい人であることを、子どもたちに優しく語った。
「カイルさまはとても優しい方よ。それに、町の皆のことをいつも心から大切に思っていらっしゃるわ」
柔らかな微笑みを浮かべながら、コーデリアは彼の領主としての誠実さや温かい人柄を子供たちに伝わるように一言ずつかみ砕いて真摯に語った。
聞き入る子どもたちは、キラキラと輝く瞳で一心に彼女を見つめながら、うんうんと頷いている。
「あのね!」
「ぼくもカイルさまと一緒に剣で戦いたい! まじゅうを一緒にやっつけるんだ!」
「でも、怖いのはやだなぁ。それから痛いのもきらい」
「あ、カイル様!」
少年の一人がコーデリアの背後を指差した。
右の視界に、のそりとした影が映り込む気配がする。ぱっと顔を上げると、そこには棒立ちになっているカイルの姿があった。
「旦那、さま?」
コーデリアがそろりと声をかけると、カイルは呆けたように目を瞬いて数秒。
不意に顔を真っ赤に染めてしまう。
それに早々と気づいた子どもたちは一斉に黄色い笑い声を上げた。
「ゆでだこおじちゃんだー!」
「ほんとだ、赤くなってるー!」
「カイル様、真っ赤真っ赤!」
カイルははくはくと口を開閉するものの、声にならない。恥ずかしそうに目を逸らしたかと思えば、そのまま反転して大きな背をこちらに向ける。
その姿に、子どもたちはさらに笑い声を弾ませた。
子供たちの笑い声が小神殿の聖堂の中に反響して木霊する中、その和やかな空気を切り裂くように、遠くから一人の女性が片手を振り上げながら駆け寄ってきた。
「イェニー?」
ハッとして立ち上がったコーデリアは、足元に縋りつく子供たちの頭を軽く撫でながら、彼女が何かを叫んでいるのに気づき、耳を澄ます。
「奥様―!」
ぜぇぜぇと肩で息をしながら、イェニーが到着する。両膝に手をつき、息を整える間もなく、焦燥を滲ませた声で叫んだ。
「旦那様、コーデリア様! 大変です!」
「どうし――」
「聖女様がお見えになりました!」
聖女って何だろう、と考えかけ。
コーデリアは驚きに目を瞠った。
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