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第二章

変態聖女 VS むっつりスケベ朴念仁、という奇妙な構図。

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 突然の出来事に、何が起こったのか理解する間もなく、体が硬直する。

 ふわりとそよいだ風が運ぶのは甘い花の蜜のような香り。

 エルウィザードの紫紺の瞳が至近距離で揺れ、コーデリアはぬいぐるみのようにぎゅううっと抱きしめられていた。

 彼女の吐息が肌にかかり、わずかに温もりを感じるほどの距離だった。

「あぁ~。やはりおなごは良いのぅ。柔らかくて、よい香りじゃ」
「ひぃいいいいいいいいい」

 情けなくも喉の奥から悲鳴が飛び出してしまう。

「魔獣殿が嫁御を娶ったと聞いておったから、どのような野人令嬢が嫁いだのかと思えば。なに、杞憂じゃったようじゃ。こんなにも麗しい娘とは」

 すりすり、と胸元に頭を押し付けられてぐりぐりと甘えるように左右に押し込まれる。さらさらとしたエルウィザードの銀色の髪の毛がぱらぱらと衣服に触れて落ち、コーデリアはどうすればよいのかと両手をかぎ爪状にして、助けを求めるように周囲を見回した。

 だが、先ほどまで熱狂的に周囲を取り巻いていた人々は、さっと顔を横に逸らし、「見なかったことにしよう」とばかりにあちらこちらに散り始める。

 ライグリッサの騎士たちも、ふい、と目を背け、帰還の準備とばかりに何事か指示を飛ばし始めた。

(裏切者ぉおおおおおおお!)

 誰も聖女の行動に文句をつけることができないのか。わずかに残った群れの中に、エルウィザードと同じような服装の女性たちを見つけ、救難信号を口パクで出してみるも、ニコニコと微笑んでいるだけである。全く役に立たない。

「なんともまあ、美しい。……聞きしに勝る水色の双眸じゃ」

 エルウィザードの紫紺の瞳が、じっとコーデリアを見つめる。その奥に潜む得体の知れぬ輝きに、コーデリアは思わず息をのんだ。

「三度も婚約者候補に逃げられた唐変木とうへんぼくめとるには、惜しすぎる逸材じゃな」
「うるさい。黙れ。
「お主になぞ言われたくないわ。

 含みのある言葉とともに、エルウィザードはコーデリアの手を持ち上げてぎゅっと握り込んだ。その視線がコーデリアの胸元のペンダントへと落ちると、ますます嬉しそうに双眸に喜色を浮かべる。

「なるほどなるほど……あの方の愛し子ということか。それはまた、はなはだしく納得のいく話じゃの」
「え? どういう……?」

 問いかけるコーデリアの足元から、白銀と蒼の光がちらちらと立ち昇る。揺らぎながら細やかな光の粒子を纏い、少しずつ範囲を拡大していく。それはまるで魔力そのものの輝きのように、周囲を圧倒しながら美しく揺らめいている。

「これは」
「お主に祝福を授けよう。――聖女、リーゼンシア・エルウィザードの名にけて」

 驚きのあまり思わず手を引こうとしたコーデリアの指先を、エルウィザードは逆にしっかりと押さえ、口の端を釣り上げてニッと白い歯を見せた。拒否する間もなく、エルウィザードの紫の双眸に青い雷光のような光が走る。

「っ!!」
 思わず目を瞑ってしまうほどの突風が足元から巻き上がる。砂埃を巻き上げながら、旋風を引き起こし、ガタガタと近くの荷箱や荷車を翻弄ほんろうする。

 力の奔流ほんりゅうのような美しい白銀と青の輝きが不思議な煌めきの風を巻き起こし、コーデリアの体を包み込む。不思議と不快感はなく、心地よい空気の揺らめきがやわらかく全身を取り巻いていた。

「これは……」
「なに。大したことはない。妾からの結婚祝いだと思ってくれればよい。元来、聖女の祝福とはそういうものだ」
「聖女の、祝福……」

 自分の身に何が起きているのか判然としないまま、光の粒子が遊ぶように指先を跳ねていく。

 その様子をぼんやりと見つめながら、コーデリアは光の柱の中に立ち入ることができないとばかりに、焦ったように顔を強張らせているカイルの存在に気づいた。声を掛けようと口を開く前に、エルウィザードの歌うような声が耳朶じだを打つ。

「清い、――心地の良い極上の魔力じゃの。怠ることなく鍛え抜かれた四肢に、剣を握ることに慣れた指先。魔法の腕前も相当だと聞く。——カイルは良い嫁御を見つけたな」

 コーデリアの頬に片手を添えて、愛娘でも見るように愛しく笑うエルウィザード絶世の美貌に、抵抗する気力すらなく、吸い寄せられるように息を詰める。

「それ以上、――触るな!」

 既に落ち着きつつあった光の柱の外側から、二つの腕が伸びる。カイルの腕がコーデリアの腰に回され、抵抗する間もなく体を引き寄せられた。そしてそのまま、強く抱き込むようにして、腕の中へ閉じ込められる。

「いい加減にしろ。祝福以外の行為を許したつもりはさらさらない」
「冗談じゃ、冗談。辺境伯殿があまりにも面白い反応するから、つい悪戯心が……」

 エルウィザードは困ったような顔をしつつも、軽く肩をすくめてみせる。

 コーデリアは二人のやり取りを見つめながら、もはや何が起きているのか分からず、ただ呆然とするばかりだった。

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