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第三章

これはいくらですか? 一ヶ月分の給料です!

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 店を出ると、空はすっかり昼の色になっていた。

 露店が立ち並ぶ広場へと向かう道すがら、コーデリアたちは並んで歩く。フィリルは少し気まずそうに視線を泳がせ、イェニーは呆れたようにため息をついた。

「また喧嘩ですか」
「喧嘩じゃない! いや、違います……。その、まあ、いつもの押し問答というか……。お恥ずかしいところをお見せしました」

 肩をすぼめるフィリルに、イェニーは「全くもう」と言わんばかりに首を振る。コーデリアもどう反応するべきか迷い、とりあえず苦笑いで誤魔化した。

「ところで、今日はどうしてうちの店にいらしたんですか?」

 フィリルが話題を変えるように尋ねる。

「魔道具の調子が悪いとか?」
「いえ、そうではなくて……」

 コーデリアの代わりに魔石のことは伏せたまま、イェニーが簡単に事情を説明すると、フィリルはなるほどと頷いた。

「装飾品の市場調査ですか。ちょうどいいですね、馴染みの店があるんです。一度見てみませんか?」




**********




 市場は広場のすぐ近くに併設されており、活気のある声が飛び交っていた。道行く人々が露店に立ち寄り、品物を手に取って品定めをしている。

 コーデリアはフィリルの昔馴染みと言う魔石装具店へと向かった。

「おっと、いらっしゃい!」

 店主は気さくな中年の男だった。フィリルとイェニーを見て、気安く手を振るが、コーデリアの姿を認めた途端、慌てて姿勢を正した。

「あっ、これはこれは……! コーデリア様も」
「どうぞそのままで。お店の商品を見せていただけますか?」
「も、もちろんですとも!」

 店主は何度も頷きながら、並べられた品々を示した。

 テーブルの上には、指輪、ブレスレット、ネックレスといった品々が並んでいる。だが、そのほとんどは装飾品というより、どこか実用性を重視した作りをしていた。

 シンプルなデザインが多く、派手な細工はほとんど施されていない。

「装飾品というより防具みたいな感じね」
「そうですね。実際、買っていくのは騎士や護衛、戦う職業の方々がほとんどです」

 店主が言うように、指輪もネックレスも、どれも戦闘の邪魔にならない程度に薄く、軽そうで機能性が目立つ。実際に戦場で身につけることを想定しているのだろう。

「補充用やメンテナンスの際の予備として買われることが多いですね。壊れた時の予備として、なるべく安価なものが求められる傾向があります」
「なるほど……」

 それよりも、と店主は新しい商品を取り出した。

「こっちの方が、最近はよく売れますよ」

 彼が見せたのは、小型の結界装置だった。手のひらに収まるほどのサイズで、中央には青い人工魔石が埋め込まれている。

「最近ルーヴェニック領で開発された、一人用の魔法障壁を展開する結界装置です。戦闘中に瞬時に防御を張れるので、なかなか好評なんですよ」
「人工魔石の技術も進んでいますものね」
「ええ、それに……今なら特典付きです!」

 店主は満面の笑みで言った。

「ひとつ買っていただくと、人工魔石をもうひとつオマケでつけちゃいます!」
「……販売が始まってますよ」

 イェニーが指摘すると、店主は「あっ」と気まずそうに手を引っ込めた。

「そういえば、天然の魔石と人工の魔石には、やはり性能に差があるんですか?」
(実は人工魔石の存在は知っているけど、戦闘で使ったことはないのよね……)

 ふと気になって尋ねると、店主は腕を組んだ。

「多少、魔力の伝導率に差がありますが……実際のところ、気分の問題って人も多いですね」
「気分の問題?」

 そうなんですよね、と煮え切らない表情で露店の主はしきりに頷く。

「天然魔石の方が、なんとなく魔力が通りやすいと感じる人もいますし……、逆の場合もある。実際の測定値によれば、両者ともにあまり差はないと聞いています。――それより、付与の有無によって天然を好む方がいらっしゃいますね。『特性』はご存じですか」
「特性……?」

 コーデリアは、過去に魔法の師であるラドフェレーグから聞いた話をふと思い出した。

(例えば、水の魔石なら、水の魔法を使う際の魔力消費が軽減されたり、魔法そのものが強化されたり……。あるいは、魔力を通さなくても常時瘴気を払うような効果があったり……だったわよね)

 カイルが現在胸に下げているペンダントにも瘴気を払う効果があるし、コーデリアの短刀にも同じ付与が施されている。

 ただし、それらはすべて天然魔石の中でも特別なもの。採掘量全体の一割にも満たない希少な存在だ。

 たとえ、とびぬけて高品質で純度の高い結晶でも、付与がない魔石の方が一般的である。

「ごくごくたまにですけど、そういう特性のある魔石を探してるお客さんがいて、値段が高くても買っていきますよ」

 店主はそう言って、棚の奥から小さな指輪を取り出した。

「ちなみに、これがそういう一品です。安くしときますよ?」

 指輪の中央には、透き通るような青色の魔石が埋め込まれていた。

「ちなみに、……おいくらですか?」
「俺たち平民の一ヶ月分の食費くらいですね」

 店主はニカっと白い歯を見せて笑う。コーデリアは思わず顔をひきつらせた。

「……なるほど」

 魔石そのものの価値も高いが、それ以上に、付与された特別な性能が珍重されるのだろう。

 コーデリアは指輪をじっと見つめながら、魔石の市場についてさらに思いを巡らせた。
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