【全12話/完結】リタイア勇者たちの飲み会

雲井咲穂(くもいさほ)

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1軒目 ―女神イーリスの店―

2杯目。角煮で。

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「え?お前、禁煙中だったの?」

 ヤスは紙たばこを器用に口の端に食みながら、百円ショップで購入した青色の安物のライターで火をつけた。

 もわぁん、とした煙がたちどころに頭上をぐるりと這いまわり、ほどなくして消えていく。

 隣にいた主任がわずかに8つある鼻腔を拡張した気がした。

 実にうまそうに煙を燻らせるヤスをたくさんの目を細めて見やると、主任は遠い昔を思い出すようにうねうねと触手を動かす。

「俺は、お前に敗北してから自暴自棄になってな。魔高酒は飲みまくるし、ブレーバー煙草を吸いまくって、現実逃避し続けて赤ちゃん返りした結果、気持ち悪がれて嫁にも逃げられたし……。配下には愛想憑かされて四天王は解体しちゃうし、お前に財産のほとんどを持って行かれた挙句、魔王城まで破壊されて住む家も仕事も失って、本当に大変だったんだ」

 両肩を落とし、喉の奥から深いため息をつくに、ヤスは今度はまあまあ、と優しく肩を叩いてやった。

 すると、ちょっとネチョッとした何かの粘液が手のひらについてしまったので、すかさず彼に気づかれないように主任の紫色のマントの切れ端に拭いつける。

 なんかこれ、スライムっぽくない?

「今じゃ体も壊してな。煙草はやめたし、酒も飲まないんだよ」

 そう言って主任は手元のウーロン茶の入ったグラスをひょいとたこ足、もしくは指で持ち上げた。人間サイズになっている小さくておいしそうな吸盤が、キンキンに冷えているグラスに張り付いている。

「そうだったのか~。健康的だな、お前は!」

 バン、と主任の背中っぽいところを叩くと、六つの目玉がびっくりしたように大きく見開かれた。

「お前は肝臓が強そうでいいよなぁ」

 さらに深くため息をつく彼に、ヤスは主任がおかわりに注文したウーロン茶を手渡した。

 ありがとう、と小さく礼を述べ、主任はウーロン茶を触手で丁寧に受け取って持ち直すとたちどころに飲み干した。

「それに、ヤス、お前。仕事もうまくいってるんだろう。俺なんて、俺なんてなぁ」

 どんよりと主任の頭上に雲が立ち込みはじめた。

 パチパチと火花というか、小さな静電気が束になったような閃光が少しずつ黒い雲の塊の中心で爆ぜている。

「お、おいおい主任! ここで魔法発動すんなって! 店の迷惑だろ。落ち着けよ」

「ハッ!」

 ふと我に返った主任は、「ごめん」と小さく謝ると、空になったグラスの底に映る自分の姿を見下ろした。

「まぁまぁ、お前が何を悩んでいるのかは知らないが、仕事ってのはさ。いい部分も悪い部分もあるよ」

 ヤスは黒い瞳をどこか遠い次元の向こうに飛ばしながら、手元のビールジョッキに視線を落とした。

「お前に偉そうなこと言ってるけど俺なんてさ。駆け出し冒険者の為の初心者の館はじめてのおへやなんてもんを運営してっけど、ここ10年、いや15年はマジでアレれだぜ。課金システムとか、ガチャの導入によって、強くてニューゲーム無双がほぼ当たり前と勘違いしてるようなやつらが押し寄せて来るんだ。たった50そこらのレベルでラスボス挑んで呆気なく返り討ちに遭って、初心者の館に戻されるような奴らが俺に何て言うと思う?「コォレ、ラスボスちょぉ硬すぎるんですけどッ」「マぁジでゲームバランス最悪級!」「詐欺運営、どうにかしてくれませんかねぇ。つか、チートって当たり前っしょ。主人公最強が~、今どきの~、流行りなんでぇ~」とか言われてみ?」

「れべる、ごじゅう…」

 俺なら小指の先でぺーんだな、と主任が呟く。

 ヤスはうんうん、と腕を組んでそれに応じ、げんなりとした胡乱な瞳でさらに続けた。

「本人の希望と、女神とか、神とか、精霊とか、世界の管理者とかが求めてる求人票と、そいつらを資料を読み込んで念入りにチェックしてから、こっちは慎重にマッチングしてるのにさっ。――あいつらときたら、「やっぱ、あの世界、自分と合わなかったみたいなんでェ、変えてもらっていいですか?」とか「え?変えられない?そんな契約してないですよね?そっちの勝手な都合を押し付けないでください。それってあなたの感想ですよね」とか、なんかむかつく顔で反論してくんだヨォ。それにさ、せっかく引き合わせてやったのに、神やら女神やらが仲介料ぼったくり過ぎじゃね、とかあんな使えないの送ってくるな、とか、せめて礼儀作法を教えてから転送してきてよねとかメンチ切ってくるんだよぉおおおおお」

 礼儀作法なんて知らねぇえよおおおおお。

 親御さんのしつけのせいでしょぉおおおおおお!

 大声でわーんと泣き始めた無精ひげのいい年のおじさんの背中を、大きな紫色のタコがそっと撫でて宥める。

 ヤスはくすん、と目尻に微かに滲んだ涙をそっとぬぐうと、銀色の箸でママお手製の極上角煮に箸をつける。

 照りよく、生姜がわずかに乗ったその小鉢からは甘辛い、食欲をそそる香りがする。

 箸の先端でそっと割入れれば、肉の繊維の向きに従ってほろほろと崩れ、小鉢の底にたまった油がぽわん、と浮いた汁の上にゆっくりと浸っていく。熱々のごはんの上に乗せて掻き込んでもおいしいんだよなぁ。

「あ、すみません。ノンアルコールビール、1つ追加で。あと白米七つに角煮を四皿」

 ガーゴイルの店員に、主任は7本の指がある右手を上げてオーダーを済ませる。

「お? 今日はノンアルいっちゃうんですか~?」

「ノンアルだから、帰りは送ってやれるよ。いつものホテルでいいんだな?」

「いや、今日はこの後タクシーで空港行こうって思ってたからさ」

「空港!?」


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