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4.魔女は兄の親友を追い返したい。
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湖側に面する一階の物置部屋でルシアンは冴え冴えとした瞳で目の前の人物を見下ろしていた。
正確には物置部屋などではなく、来客を迎えるための客間なのだが、現在は在庫品の薬品瓶や煎じた飲み薬の入った大瓶と、張り薬用の清潔な布地と軟膏を保管するための備品室と様変わりしていた。
東からの陽が一番入るアーチ状の窓を避けるようにして左右に棚や机が設置され、部屋の中はかなり薬草の独特な香りが充満している。
「用は終わりましたよね。帰ってもらえない…でしょうか」
片頬を痙攣させながら必死で愛想笑いを浮かべようと努力するが結局失敗し、ルシアンは歪な表情を椅子に座って優雅に紅茶に口を付ける金髪碧眼の青年に向けた。
ダークグレーの薄手のロングコートに、濃紺色のシャツにスラックス姿の男性はルシアンの視線に気づいていながら、全く意に返すこともなく悠然と構えているようだった。
「あの、聞いてますよね?聞こえてますよね?聞こえないふりしないでいただけませんか、アルバート様」
しびれを切らしたようにやや棘を含ませて上げた声音に、アルバートは長いまつげを震わせながら至極嬉しそうな表情で碧色の瞳をルシアンに注ぐ。
「ルシアン。この間の件は君が怒るのも無理ないくらい、非常にに申し訳なく思ってるんだけど、君の一番上のお兄さんがねぇ」
「悪いと思っている風には全く聞こえないのですが」
別段悪びれることもなく、ふんわりとした笑みを零しながらアルバートは机の上にそっと茶器を置いてルシアンに目の前の椅子をすすめようとして苦笑した。
「随分な生活ぶりだけど、大丈夫なのかい?」
「これで大丈夫だと思われますか?」
幼い頃からの旧知の仲である兄の親友であるアルバートは、ルシアンの家族が彼女を魔女にさせないようにありとあらゆる手を尽くして妨害していることを知っている。
気心が知れていると言えば聞こえがいいが、この前の男はそれを面白がっている風だ。
「まあ、素朴というかなんというか。自由で野性的な暮らしをしているということだけは伝わるよ」
どうぞ、とアルバートは自分の目の前にある菓子の入った箱を指差した。
「う」
ぐぅうう、と情けない音が腹部から轟きルシアンは恥ずかしさのあまり耳を覆ってしゃがみ込みたくなる。
「せっかく君のために買ってきたのだから、君が食べなさい」
苦笑しながら自らが手土産に持ってきた茶菓子の入った白い包みをそっと取り上げる。薄い紙をつまんで綻ばせれば、中から木の実がいっぱいに入った焼き菓子が現れた。
視界に入れつつも躊躇して手を伸ばせないでいるルシアンに強情だなぁとからからと笑う。
それからむっつりと唇を尖らせて困ったような顔をしている妹分の唇に一つ押し込んだ。
「むぐっ」
「ここに置いてあるから、好きなだけお食べ。あと、保存用の干し肉と今朝採って来させた鶏肉と、野菜と、後はパンだったかな。厨房に運ぶように言っているから後で確認してご覧」
「いつもすみません」
しょんぼりと肩を落としたまま口に入れられた焼き菓子をもりもりとかみ砕く。細かく刻まれたナッツが噛めば噛むほど甘みを増し、ざくざくとした触感と共に口の中いっぱいに広がっていく。
一つ食べてしまうと、もう空腹に耐えるのが難しい。
ルシアンはゆるゆると立ち上がって焼き菓子に手を伸ばし、申し訳程度に注いでいた自分の紅茶を手に取ると作法もまるきり無視して一息にあおった。
アルバートは令嬢らしからぬ行儀作法を注意することもなくゆったりと笑みを返す。
「対価だからね。いや、こちらがもらいすぎかな。今回はこの部屋にあるもの全部と言っていたけれど、全部持ち出してしまって構わないのかい?」
アルバートが見渡せば、部屋の入り口で困惑したように指示を待っている従僕と視線が合った。
広くはないが狭くもない客間のほとんどを占領している「魔女」手製の特別な効果や効能を持つ薬類に彼はため息を吐く。
例えば近くにある茶色の遮光性の瓶に入っている塗り薬だが、希少種の薬草で作られた上、魔女の特別な魔力が注がれている。都市部の薬屋でもこれほどの品質のものを手に入れようとすればかなり骨が折れる。流通がないことはないが、一部の特権階級に独占されがちで、中流以下の貴族の手にはなかなか落ちてこない代物だ。
塗り薬一つでいったいどれほどの財が動くのか考えただけで、アルバートは末恐ろしくなった。それがこの部屋をほとんど埋め尽くすほどの量ともなれば。
「どうせ売りたくても売れなくて不良在庫になってましたからね。持って行っていただけるのなら部屋も部屋らしく使えますので、とても助かります」
「…、そんな粗大ごみを押し付けるような顔をしながら言うものじゃないよ」
くすくすと笑ってアルバートは手際よく従僕に指示を下す。
その様子を眺めながら、ルシアンはほうっと息を吐いた。ともかくも目下の食事には困らなそうだ。
正確には物置部屋などではなく、来客を迎えるための客間なのだが、現在は在庫品の薬品瓶や煎じた飲み薬の入った大瓶と、張り薬用の清潔な布地と軟膏を保管するための備品室と様変わりしていた。
東からの陽が一番入るアーチ状の窓を避けるようにして左右に棚や机が設置され、部屋の中はかなり薬草の独特な香りが充満している。
「用は終わりましたよね。帰ってもらえない…でしょうか」
片頬を痙攣させながら必死で愛想笑いを浮かべようと努力するが結局失敗し、ルシアンは歪な表情を椅子に座って優雅に紅茶に口を付ける金髪碧眼の青年に向けた。
ダークグレーの薄手のロングコートに、濃紺色のシャツにスラックス姿の男性はルシアンの視線に気づいていながら、全く意に返すこともなく悠然と構えているようだった。
「あの、聞いてますよね?聞こえてますよね?聞こえないふりしないでいただけませんか、アルバート様」
しびれを切らしたようにやや棘を含ませて上げた声音に、アルバートは長いまつげを震わせながら至極嬉しそうな表情で碧色の瞳をルシアンに注ぐ。
「ルシアン。この間の件は君が怒るのも無理ないくらい、非常にに申し訳なく思ってるんだけど、君の一番上のお兄さんがねぇ」
「悪いと思っている風には全く聞こえないのですが」
別段悪びれることもなく、ふんわりとした笑みを零しながらアルバートは机の上にそっと茶器を置いてルシアンに目の前の椅子をすすめようとして苦笑した。
「随分な生活ぶりだけど、大丈夫なのかい?」
「これで大丈夫だと思われますか?」
幼い頃からの旧知の仲である兄の親友であるアルバートは、ルシアンの家族が彼女を魔女にさせないようにありとあらゆる手を尽くして妨害していることを知っている。
気心が知れていると言えば聞こえがいいが、この前の男はそれを面白がっている風だ。
「まあ、素朴というかなんというか。自由で野性的な暮らしをしているということだけは伝わるよ」
どうぞ、とアルバートは自分の目の前にある菓子の入った箱を指差した。
「う」
ぐぅうう、と情けない音が腹部から轟きルシアンは恥ずかしさのあまり耳を覆ってしゃがみ込みたくなる。
「せっかく君のために買ってきたのだから、君が食べなさい」
苦笑しながら自らが手土産に持ってきた茶菓子の入った白い包みをそっと取り上げる。薄い紙をつまんで綻ばせれば、中から木の実がいっぱいに入った焼き菓子が現れた。
視界に入れつつも躊躇して手を伸ばせないでいるルシアンに強情だなぁとからからと笑う。
それからむっつりと唇を尖らせて困ったような顔をしている妹分の唇に一つ押し込んだ。
「むぐっ」
「ここに置いてあるから、好きなだけお食べ。あと、保存用の干し肉と今朝採って来させた鶏肉と、野菜と、後はパンだったかな。厨房に運ぶように言っているから後で確認してご覧」
「いつもすみません」
しょんぼりと肩を落としたまま口に入れられた焼き菓子をもりもりとかみ砕く。細かく刻まれたナッツが噛めば噛むほど甘みを増し、ざくざくとした触感と共に口の中いっぱいに広がっていく。
一つ食べてしまうと、もう空腹に耐えるのが難しい。
ルシアンはゆるゆると立ち上がって焼き菓子に手を伸ばし、申し訳程度に注いでいた自分の紅茶を手に取ると作法もまるきり無視して一息にあおった。
アルバートは令嬢らしからぬ行儀作法を注意することもなくゆったりと笑みを返す。
「対価だからね。いや、こちらがもらいすぎかな。今回はこの部屋にあるもの全部と言っていたけれど、全部持ち出してしまって構わないのかい?」
アルバートが見渡せば、部屋の入り口で困惑したように指示を待っている従僕と視線が合った。
広くはないが狭くもない客間のほとんどを占領している「魔女」手製の特別な効果や効能を持つ薬類に彼はため息を吐く。
例えば近くにある茶色の遮光性の瓶に入っている塗り薬だが、希少種の薬草で作られた上、魔女の特別な魔力が注がれている。都市部の薬屋でもこれほどの品質のものを手に入れようとすればかなり骨が折れる。流通がないことはないが、一部の特権階級に独占されがちで、中流以下の貴族の手にはなかなか落ちてこない代物だ。
塗り薬一つでいったいどれほどの財が動くのか考えただけで、アルバートは末恐ろしくなった。それがこの部屋をほとんど埋め尽くすほどの量ともなれば。
「どうせ売りたくても売れなくて不良在庫になってましたからね。持って行っていただけるのなら部屋も部屋らしく使えますので、とても助かります」
「…、そんな粗大ごみを押し付けるような顔をしながら言うものじゃないよ」
くすくすと笑ってアルバートは手際よく従僕に指示を下す。
その様子を眺めながら、ルシアンはほうっと息を吐いた。ともかくも目下の食事には困らなそうだ。
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