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3.貧乏魔女は安定した生活を送りたい。

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 魔女になることを強く反対していた実家はルシアンが音を上げるまで「泣くまで待とう」作戦とばかりに、その権力と情報網、潤沢な資金力を駆使して様々な方面に圧力をかけてきた。

 本来なら魔女として十分職務を発揮できる仕事の全てを奪い、決してその仕事を請け負えないように手を回してきたのである。

「なんて卑怯な」

 独り立ちし、師匠の手を離れて現在、一人前の魔女としてルシアンが請け負った仕事はゼロである。

「くそがっ」

 だすん、と拳で地面を叩きルシアンは奥歯を噛んだ。

 貴族の令嬢としてはあるまじき言葉遣いであることは十二分に承知しているのだが、いらだちを解消するすべがなくついつい悪態をついてしまう。ここには自分以外の人間がいないのだから、別段気にせずともよいのだが、育った環境の品の良さが恨めしい。

 そもそも、とルシアンは手元にある数種類の特殊な薬草の葉っぱを見聞するように持ち上げて太陽に翳す。

 もこもことした白っぽい葉全体に白い産毛のような繊毛がそよいでいる。

 希少種の薬草を煎じた高位魔女謹製の薬は、町の人間が手にするには価値が高すぎ、効果が強すぎるようだった。

 館に移り住んで、一番最初に精製、あるいは製作した薬を知覚の町の薬屋に持って行った際、「薬に見合った仕入れ値をうちでは捻出できない」という理由で販売を断られてしまったのだ。

 卸先が見つからない状況で山ほどつくった薬は不良在庫となってしまった。

 現在は屋敷の工房の隣の客間を在庫保管室にしているが、そろそろそちらも溢れそうである。

「何事も最高を知っておくと応用が利くって言ってたのはわかるけど、どぉしてやり過ぎちゃうのよ」

 師匠から学んだ薬の作り方は十ほどの種類があるが、そのいずれも民間レベルでは効果効能が強すぎて一般的でないものばかりなのだ。下手に薄めたり、効果を弱くしようとすると薬を精製する時の魔力の調節にムラができ―――。

「爆発させるわけにもいかないし」

 派手な花火が上がるくらいの事態は覚悟しなければならない。

 一人前になったのに、魔女として仕事をし経験値を積むこともできない苛立ちを解消しようと、せめて薬を作って生計を立てようとすれば「高価が強すぎて使えない」「効能が良すぎて値段が高すぎる」から仕入れてもらえないなんて聞いてない。

 それならばと効能を弱めたり薄めて新しいレシピで作ろうとするのだが、失敗ばかりだ。

「はー。もう、どうにかしなきゃだわ。いい加減、原材料売るだけはもう卒業したい」

 希少種の薬草をはじめとしたこの湖畔や盛で採れる薬草をごく少量、町の資材屋に行って売ることで現在は生計を立てているが、そもそも希少種の薬草を買い取っても調薬できるレシピと技量がなければ宝の持ち腐れなんて信じられない話だ。

「この間は運が良くて、たまたま王都からの調剤師が資料用にって買ってくれたみたいだけど、いつも売れるわけじゃないし」

 ああ、普通に食事がとれる安定した生活を送りたい。

 いや、現在切望している。

 先日届いた姉からの手紙では、いい加減目を覚まして一緒に春の社交に出ようと記されていたし、新しくドレスを新調させたとも書いてあったっけ。

 父からの手紙には、母が毎日寝台から起き上がれないほど憔悴していて大変であることや、そんなに結婚が嫌ならずっと実家にいてもいいということを切実に訴える内容の文章が連ねてあった。多分母が寝込んでいるというのは真っ赤な嘘である。

 一番面倒くさい兄からの手紙は仕事が忙しいのか届いていなかったことにほっとし、ルシアンはぼーっと空を見上げる。

 魔女になりたいという夢が、周りの人を不幸にしているような気がしたのだ。

 ほんの一瞬、ぐらりと揺らいだ胸の内をねじ伏せるようにしてルシアンは首を横に振った。



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