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2.腹ペコ魔女は仕事がしたい。

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 小さな頃から「魔女」になりたかった。

 けれどその夢を両親や兄や姉に話すと、彼らは血相を変えてルシアンを必死で説得し始めた。

 曰く、魔女なんていう人の心の暗部に触れるような仕事はホーネット家の娘には相応しくないとか。

 曰く、辛い肉体労働を伴う可能性のある仕事は貴族の令嬢としてあるまじきであるとか。

 曰く、そこまで魔法を使う仕事をしたいのなら、安定した収入と社会的地位が確約された魔術学院の教師になればいい、とか。

 曰く、そもそも仕事をする必要すらなく、邸にこもって他の令嬢と交流を持ちながら、相応しい家柄の相応しい男性と結婚して家庭を持つべきだ、と。

 そしてそもそも、選ばれた一握りの人間でしか「魔女」という特殊な職業で安定した生活を築くことはできないのだ、と。

「思い出す度に腹が立つったら」

 眉間に浮かび上がる青筋を指の中指で揉んでほぐしながら、ルシアンはふっと自嘲気味に笑った。

 土にまみれた手のひらを頬に当てながら、風一つない澄み渡る湖とその向こうに見える濃い緑の木々に目を向ける。

 両親と姉の計略によって強制的にお見合いをさせられそうになった十五歳の春の宴。会場を抜け出して、以前から目を付けていた魔法使いに着の身着のままで弟子入りしたのが遠い昔のようだ。

 紆余曲折を経て、なんとか修行を終えることができ、一人前として独り立ちを許してもらい。

「館ももらっちゃったしねぇ」

 背後にそびえる蔦に覆われた白い館を見上げながらルシアンは小さく息を吐く。

 独り立ちする弟子へのお祝いだと、半ば強制的かつ強引に押し付けられる格好で譲り受けたこの湖畔の館。かなり強力な特殊な魔術が施されており、許可なく普通の人間が館に侵入することはできない。

 一人暮らしの女の子は何かと大変だからと、せめて身辺を護る程度の魔術をかけたと言っていたが、何事にしてもやりすぎ感のある師匠が、それで終わるはずがなかった。

 まさか館だけでなく、この湖畔一帯に特殊な魔術が張り巡らされているとは。

 そのおかげで森に巣食う野党や、敵意を持つ人間は近づくことすらできないが、弾く対象が多すぎて一般の人間すらこの湖畔に近づけないのだからかなりの営業妨害である。

「それにしても、早く何とかしなくちゃ。じゃないと、このままだと、金銭的に、死ぬ!」

 薬草を集めた籠を両手に勢い良く立ち上がり、ルシアンはぐーっと情けなく鳴り響く腹部に片手を彷徨わせた。

 パンと薬草スープだけでない、肉のある普通の食事をいい加減摂取したいものだ。

 依頼が来ない以上、依頼以外で食い扶持を稼がなければならないのだが、いかんせん魔女特製の粉末薬や液体薬、貼り薬や軟膏を作って売るだけでは日々の生活を支えるに十分な日銭を稼ぐことは難しい。

 さらに言えば。

「早く都市部に行って仕入れ先を探さないと、ジリ貧どころじゃなく、今度こそ強制的に実家に回収されて嫁がされちゃう」

 それだけは何としても阻止したい。

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