37 / 89
第二章
32.予期せぬ来訪者(1)
しおりを挟む
「今開けるわ」
おそらくリタだ。
アルヴィスの荷造りを先ほどまで手伝っていた彼女は明日までの延長分の宿代と、時間外で湯を沸かしてもらった分の料金を支払いに階下に降りていた。それが終わって戻ってきたのだろうと扉の方に歩み寄る。
部屋には内側から鍵をかけていた。彼女が室内の安全を気にして、そうするよう強く念を押したからだった。
扉の方に近づくと、壁を挟んだ廊下側からリタの声がした。誰かと何かを言い合うような声に、またエヴァンスが無茶でも言ったのだろうかと鍵を開けて開く。
「リタ」
「ですから、お嬢様は救護にあたっていただけだと何度言えば―――、お嬢様!」
眦を吊り上げて顔を真っ赤にして抗議しているリタの横顔が強張ったようにこちらを向いた。
リタの叫びと同時に、軍服をまとった男たちが勢いよくアルヴィスの部屋へなだれ込んできた。彼らの靴音が床を叩き、部屋の空気が一気に緊張に包まれる。
有能な侍女は男たちの間をすり抜けて、アルヴィスの体を抱きしめるようにして部屋の奥へと引き込む。
「無礼者!」
リタが怒声を上げるが、男たちは意にも介さず部屋の中へとずかずかと踏み込んできた。重い軍靴が床を踏み鳴らすたび、静謐だった宿の一室が無遠慮な侵入者たちによって乱されていく。
その中で落ち着き払った様子の一人の男がアルヴィスに向かっていま一歩進み寄る。鋭い眼差しと軍人特有の無駄のない動きに、ただ事ではないことが起きているのを感じさせる。
アルヴィスはリタに後ろ手で守られながらも、動揺した素振りを見せることなく、冷静な瞳で男たちを見据えた。
「何の真似です?」
問いかけに応える者はいない。
無遠慮な視線が部屋の隅々を舐めるように動き回り、寄り添って立つリタの肩が震えているのを目にした時、アルヴィスはすう、と心の芯が冷えていく心地がした。
「どういうことですか?」
リタは隣からくっきりと聞こえた抑揚のない声を耳にして青ざめた表情でお嬢様を見つめた。いつも穏やかで控えめな彼女の自慢の主の、聞いたことがないような底冷えする声。
アッシュブラウンの前髪の間からのぞく灰緑の瞳が、怒りを孕んだ強い輝きを放っている。
「お嬢様……」
か細い声でリタが呟くが、アルヴィスは彼女を背中で庇うように一歩前へ進み出、毅然とした居住まいで相手を睨視する。
やがて一人の男が、冷徹な顔でアルヴィスに向けて一枚の紙を掲げ、声を張り上げた。
「アルヴィス・セレスティーナ・クロフト・ファロンヴェイル子爵令嬢。貴女を昨晩、ラスフォード邸で発生した毒物事件の容疑者として、ただちに身柄を拘束し、軍本部へ連行する」
「毒物事件……?」
アルヴィスの眉がわずかに動く。
爆発事故ではないのか、と一瞬の困惑が瞳に宿る。
男は何の感情も込めぬ平坦な声で、続けざまに罪状を読み上げた。
「貴女には爆発物に毒を仕込み、ラスフォード男爵夫妻および会場に居合わせた多くの者の生命を危機にさらした嫌疑がかけられている」
その言葉は、夕陽が暮れ始めた部屋の薄暗い室内に冷たく響き渡る。
アルヴィスの瞳は微動だにせず、冷静な光を宿したまま、軍人たちをじっと見据えていた。
「抵抗せず、大人しくご同行ください」
「お嬢様、いけません」
アルヴィスがゆらりと動くのを見て、リタはとっさにその腕を掴みそうになるが、その横顔を見て考えを改めた。伸ばした手を引き戻し、指をきゅっと握り込む。
静かに空気を切るような声が響き渡った。
「ファロンヴェイル子爵令嬢として尋ねます。私が関与したという確たる証拠はあるのですか?」
おそらくリタだ。
アルヴィスの荷造りを先ほどまで手伝っていた彼女は明日までの延長分の宿代と、時間外で湯を沸かしてもらった分の料金を支払いに階下に降りていた。それが終わって戻ってきたのだろうと扉の方に歩み寄る。
部屋には内側から鍵をかけていた。彼女が室内の安全を気にして、そうするよう強く念を押したからだった。
扉の方に近づくと、壁を挟んだ廊下側からリタの声がした。誰かと何かを言い合うような声に、またエヴァンスが無茶でも言ったのだろうかと鍵を開けて開く。
「リタ」
「ですから、お嬢様は救護にあたっていただけだと何度言えば―――、お嬢様!」
眦を吊り上げて顔を真っ赤にして抗議しているリタの横顔が強張ったようにこちらを向いた。
リタの叫びと同時に、軍服をまとった男たちが勢いよくアルヴィスの部屋へなだれ込んできた。彼らの靴音が床を叩き、部屋の空気が一気に緊張に包まれる。
有能な侍女は男たちの間をすり抜けて、アルヴィスの体を抱きしめるようにして部屋の奥へと引き込む。
「無礼者!」
リタが怒声を上げるが、男たちは意にも介さず部屋の中へとずかずかと踏み込んできた。重い軍靴が床を踏み鳴らすたび、静謐だった宿の一室が無遠慮な侵入者たちによって乱されていく。
その中で落ち着き払った様子の一人の男がアルヴィスに向かっていま一歩進み寄る。鋭い眼差しと軍人特有の無駄のない動きに、ただ事ではないことが起きているのを感じさせる。
アルヴィスはリタに後ろ手で守られながらも、動揺した素振りを見せることなく、冷静な瞳で男たちを見据えた。
「何の真似です?」
問いかけに応える者はいない。
無遠慮な視線が部屋の隅々を舐めるように動き回り、寄り添って立つリタの肩が震えているのを目にした時、アルヴィスはすう、と心の芯が冷えていく心地がした。
「どういうことですか?」
リタは隣からくっきりと聞こえた抑揚のない声を耳にして青ざめた表情でお嬢様を見つめた。いつも穏やかで控えめな彼女の自慢の主の、聞いたことがないような底冷えする声。
アッシュブラウンの前髪の間からのぞく灰緑の瞳が、怒りを孕んだ強い輝きを放っている。
「お嬢様……」
か細い声でリタが呟くが、アルヴィスは彼女を背中で庇うように一歩前へ進み出、毅然とした居住まいで相手を睨視する。
やがて一人の男が、冷徹な顔でアルヴィスに向けて一枚の紙を掲げ、声を張り上げた。
「アルヴィス・セレスティーナ・クロフト・ファロンヴェイル子爵令嬢。貴女を昨晩、ラスフォード邸で発生した毒物事件の容疑者として、ただちに身柄を拘束し、軍本部へ連行する」
「毒物事件……?」
アルヴィスの眉がわずかに動く。
爆発事故ではないのか、と一瞬の困惑が瞳に宿る。
男は何の感情も込めぬ平坦な声で、続けざまに罪状を読み上げた。
「貴女には爆発物に毒を仕込み、ラスフォード男爵夫妻および会場に居合わせた多くの者の生命を危機にさらした嫌疑がかけられている」
その言葉は、夕陽が暮れ始めた部屋の薄暗い室内に冷たく響き渡る。
アルヴィスの瞳は微動だにせず、冷静な光を宿したまま、軍人たちをじっと見据えていた。
「抵抗せず、大人しくご同行ください」
「お嬢様、いけません」
アルヴィスがゆらりと動くのを見て、リタはとっさにその腕を掴みそうになるが、その横顔を見て考えを改めた。伸ばした手を引き戻し、指をきゅっと握り込む。
静かに空気を切るような声が響き渡った。
「ファロンヴェイル子爵令嬢として尋ねます。私が関与したという確たる証拠はあるのですか?」
1
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」
公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。
忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。
「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」
冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。
彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。
一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。
これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる